岩元仁平太(嘉永5年1850年没)
男子嫡男がないため断絶した岩元家に谷山松田氏から養子として岩元家を嗣いだ。松方正義の叔父に当たる人
岩元清蔵(安政5年1858年没)
岩元仁平太の嫡男。岩元基、岩元平八郎の父。鹿児島城下高麗町在住の下級武士であろうと推定されている。『鹿児島絵図(文政前後)』
『旧薩藩御城下絵図』に同じ場所に見えている(鹿児島大学法文学部丹羽氏による。ただし、岩元基も清蔵死後は清蔵を襲名しているので、
安政六年の作成とされる『旧薩藩御城下絵図』の岩元清蔵がどちらを指すのか、分からない)。清蔵は安政五年(1858年)琉球にて病没となっている。