愛×3・その1


大きく窓の開いた部屋で、目を瞑って、気持ちよさそうに、
彼はピアノを弾いていた。
パチパチと手を叩く音に気づいたのか、彼が私のほうを見た。
黒い瞳を瞬かせる。
「マジック総帥?」
「エリーゼのために、だね。」
近づき彼の髪に触れる。
「はあ。いつから聞いていらしたんですか?」
「少し前からかな。上手いものだね。ピアニストとして生きていけるんじゃないかい?」
私の言葉に彼は微笑んだ。
「ピアノの才能も歌の上手さも、全てあなたたちのため、ですから。」
聞かなければよかったと思った。
彼の、自覚のない、哀しい笑顔を見たかった訳ではない。
「…なにか一曲、私のために弾いてくれないかい。」
「じゃあ…これを貴方に。」
そう言って彼が弾いた曲は、私の知らないものだった。
「何という曲だい?」
「知りません?なら秘密です。」
いたずらっ子の様に彼は笑う。
「酷いな。」
「当てたらもう一度、気持ちを込めて弾いて差し上げますよ。」
謎掛けのように、彼は笑った。
応えて私は彼のこめかみにキスを落とした。
彼はくすぐったそうに首を竦めた。




25年前の話し。


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