岩手山(いわてさん)    96座目

(2,039m、岩手)


盛岡から馬返しへ向かう途中から見た岩手山


2002年10月5日(土)

馬返し〜岩手山〜焼走り登山口

東京−盛岡929−(タクシー)−1020馬返し〜1030一合目〜1155二合目1215〜1257四合目1305〜1335五合目〜1510八合目避難小屋

 岩手山は、4、5年前に登ろうとしたが、火山活動で入山禁止になってしまい、日本百名山も99座で終わってしまうのではないかと心配していたが、やっと昨年から一部のコースが解除された。すぐにすっ飛んで行こうかと思ったが、1日に数千人が登っていると聞いて諦め、1年待ったのである。

 4日前に日本列島を襲った台風21号も去って天気は心配なさそうだが、せっかく色づいた紅葉が散ってしまったのではないかと心配だった。

 朝一番の新幹線に乗って盛岡へ向かった。車窓からほとんど稲刈りが済んだ田園風景を眺めていると、北上川の水が黒く濁っているのが見えた。首都圏は昨日は雨など一滴も降らなかったが、この辺は大雨が降ったのかも知れない。

 盛岡へ9時29分着。すぐタクシーに乗り込んで岩手山の柳沢コースの登山口である馬返しへと向かった。途中、岩手山が見えるところで車を止めてもらい写真を撮った。しかし、モヤがかかってスッキリとは見えなかった。

 馬返しへ10時20分着。広い駐車場にはざっと100台ほどの車が止まっていた。ほとんどが日帰り登山者だろうと思った。

 トイレの脇を登って行くと、噴水のようになった水場があった。そして、そこに「八合目は水が少なくなっています。ご注意下さい」と書いてあった。一瞬躊躇したが、「涸れている」とは書いてないのでそのまま進んで行った。
 登山者カードを書いて、いよいよ登山道へ入って行く。

 色づき始まった樹林帯の中は、木漏れ日で明るい。薄手の長袖シャツの腕をまくって、さわやかな汗をかきながら登って行った。

 35分で分岐へ着いた。右の新道を登って行く。明るい樹林帯で、風はほとんどないが、時々頬をなでる微風が心地よい。やっぱり秋山はいい。

 1時間かかってやっと一合目へ着いた(10時30分着)。

 一合目を過ぎると、突然山頂が見えた。そしてブナやミズナラなど淡い黄葉から、カエデなどの紅葉が多くなった。
 二合目へ11時55分着。瓦礫の斜面で眺望がいい。真っ紅に色付いたナナカマドの奥に山頂が見えた。

 しかし、ポツンポツンとある真っ紅なナナカマドに、つい「もっと密集していれば最高なんだがなあ‥‥」と、思わずにはいられなかった。

 振り向くと、左手遠方に端正な三角錐の山が見えた。標高はそれほど高くないが、あれだけ目を引く山だからきっと名のある山だろうと思った(後で調べたら姫神山だった)。

 二合目の標識から少し登った所で昼食にした。
 私が弁当を食べていると、大きなザックを背負った10人ぐらいのパーティーが登って来て、すぐ上で昼食を摂りだした。こんな大勢が避難小屋へ泊まると寝床がなくなってしまうのではないかと心配だった。ゆっくりと食事もしていられない。12時15分発。

 だんだん紅葉が見事になってきた。そもそも岩手山は紅葉は期待していなかったので、こんなに紅葉しているとは意外だった。岩手山の紅葉も捨てたもんじゃあない。

 カメラを首にぶらさげ、紅葉の写真を撮りながら登っていくと四合目へ着いた。12時57分着。ここで一服。下りの人も多くなった。今朝早く出発した人達だろう。
 13時05分発。

 紅葉がますます見事になってきた。五合目13時35分に通過。四合目から五合目付近は紅葉真っ盛り。「紅葉は旧道の方がいいですよ」と下って来た人が言う。


(新道から旧道の尾根を見る。確かに紅葉が綺麗だ)

 六合目からはハイマツや落葉したダケカンバなどになり、紅葉は期待できそうもないのでカメラをザックの中へしまい込んだ。

 ここは東斜面なので陽が沈むのも早い。まだ3時前で陽も高いのだが、うねった道を登って行くと陽が頂稜に隠れ、夕暮れと日没を繰り返す。

 鉄塔が建った平坦地へ着くと、そこが七合目で、新道と旧道の合流点だった。旧道を下って行く人が大勢いた。新道を登って来た私は、どうりですれ違う人が少なかった訳けだ、と納得した。
 ここから1、2分も歩くと、八合目の小屋が見えた。

 15時10分小屋着。
 立派な小屋だった。アルプスに建っていてもヒケをとらないほど大きく、しかも新しい小屋だった。
 小屋の前には水道管より太いパイプ2本から水が溢れるほど流れており、小屋の後ろには岩手山の平らな頂稜部がドーンと横たわっていた(写真右)。

 さっそく小屋の管理費1,500円を払って寝床を確保してから、外で頂稜を見上げながら持って来た缶ビールを飲んだ。

 夕食後、久しぶりに満天の星を見た。天の川を眺めている時、サーと流れる流星を見て感動した。
 小屋は200人も収容できそうな感じだった。今日の宿泊者は50人ぐらいだろうか。電気もストーブもあり、小屋の中にあるトイレも綺麗で、ペーパーまであった。

 今宵は快適な睡眠が約束されていると思ったが、近くのパーティーが宴会を始め、消灯時間が過ぎると今度は玄関先で大合唱が始まった。山小屋を宴会場と思い、玄関前をキャンプ場と思っている不届き者のために、夜遅くまで寝付けなかった。


2002年10月6日(日)

八合目避難小屋610〜705岩手山710〜平笠不動避難小屋800〜1025焼走り登山口

 4時半に起床。5時になると電気とストーブが点いた。
 昨夜、小屋の管理人が「日没後の温度は8度ぐらいで、朝は氷点下になる」と云っていたが、氷点下にはならなかったが、それでも外は3度しかなかった。

 5時20分にご来光を見るためカメラを持って外へ出た。ここは小屋の前からご来光が見える。東の空が茜色に染まっていたが、少し雲があってイマイチだった。

 6時10分、セーターを着込んで小屋を出発。頂稜部にわずかにガスが流れ始める。
 歩き出してすぐ左手の岩稜の下に2軒の小屋が見えた(写真)。不動平の休憩小屋であろう。寄ってみたかったが小屋は分岐から反対側にあるので、そのまま右手の山頂へ向かった。

 しばらく登ると、砂礫の急登になった。富士山の須走りよりも小粒の砂利で登りにくい。それに、いつの間にかすっかりガスに覆われてしまい、視界は5、60メートルしか利かなくなった。

 頂稜部に出ると、ガスと強風にあおられた。右がお釜で、やせた馬の背のような道には石仏が5〜10メートル間隔で立っていた。その石仏を頼りに進んで行くと、一瞬、山頂らしいピークが見えた。

 ガスに覆われた山頂へ7時5分着。山頂には5、6人いたが、私と入れ替わりにすぐ下って行った。たった一人の山頂でザックからカメラを出していると、若い男性2人が登って来た。その人に写真を撮ってもらった。

 とにかく寒くてたまらない。視界も利かず強風の山頂に長居は無用。5分ほどで下山する。

 分岐まで戻って右手の焼走りコースを下って行く。
 見るものもなく、ただひたすら足元だけを見ながら下って行くと、次第にガスが切れ出し、眼下に小屋が見えて来た。その小屋との分岐まで行くと、山頂で写真を撮ってくれた2人連れが道端で休んでいた。
(写真は平笠不動避難小屋)
 時々、晴れ間が出て、山頂がボンヤリと見えるようになってきた。30分ほど下ると10人位が休んでいたツルハシへ着いた(写真左)。

 ここは眺望が良く、黄葉の中に真っ紅に色づいたナナカマドやモミジなどがあり、休憩するには絶好の場所だった。

 ツルハシから2、3分も下ると砂礫の斜面に出て、右手上部に山頂が見えた(写真右)。

 ここからは砂礫の道となり、足場が悪く下りにくい。登って来る人が多くなったが、登りは足場が悪く登りにくいだろうと思った。

 噴出口は溶岩ドームが固まった岩塊かと思ったが、瓦礫の固まりだった。ここは眺望がいいので一服。

 ここからさらに下って行くと、黄葉した気持ちの良いブナ林になった。写真を撮りながら、写真のタイトルは「早秋のブナ林」が似合うなあ、と思った。

 10時25分、登山口着。
 近くの温泉で昼食を摂り、八幡平へ行くためタクシーで大更駅へ向かった。

八幡平へ続く