夏の奥穂高(3,190m)

涸沢〜奥穂高(ザイデングラード)往復

北穂から見た奥穂高

1977年 8月

 アルプスの朝は早い。3,000メートルの頂きに数条の光が走り始めると、涸沢(からさわ)は活気にあふれ、東稜へ、南稜へ、そしてザイデングラードへと山靴の音が響き始める。

 5時30分。陽はすっかり昇り、雪渓や岩肌がキラキラ光る中を、穂高の主峰である奧穂を目指して涸沢小屋を出発した。

 涸沢のカールの底から一気に白出(しらだし)のコルまで続くザイデングラード。ザイデングラードとは、「やせた岩尾根」という意味だそうだが、有るか無いか分からないような岩尾根に、人がアリのように連なっている。そして、その連なりの上には吸い込まれそうな紺碧の空が広がっていた。

 我々もその紺碧の空を目指して登り詰めて行く。ガレた岩場の急登。一歩一歩登るたびに、左手にそびえる前穂高北尾根のピークが低くなっていく。
 それにしても暑い。ギラギラした真夏の太陽、吹き出す汗。半袖のシャツからこぼれる肌はもう焼き付くようだ。

 しかし、しばらく登るとさわやかな風が吹き渡ってきた。白出のコルである。ここは奧穂高と涸沢岳の鞍部で、信州と飛騨との県境でもある。ここに今田重太郎さんが経営する穂高山荘がある。数年前までは穂高小屋と言っていたが、今は建物も立派になって、小屋から山荘と呼び方も変わった。

 ここでティータイムにした。ここからは今登って来たザイデングラードを一望することが出来る。岩と石ころの中に、ジグザグの道がはるか下のカールの底まで続き、涸沢小屋と涸沢ヒュッテが小さく見える。
 熱いコーヒーを飲みながら、その小屋のすぐ左手にそびえ立つ北穂の上空に目をやると、染み込むような青空の中を、数条のすじ雲がゆっくりと流れていた。

 ここから奧穂高の頂上までは、ほんのわずかな距離だが、すぐハシゴとクサリのいやらしい登りになる。もし、落ちることを望めば一瞬にして天国の人になるだろう。

 奧穂高の頂上は、文字通り360度の展望である。北アルプスの3,000メートルを誇る11座の峰々も、この日本第3位の標高を誇る奧穂高には及ばない。

 すぐ目の前から涸沢岳、北穂高の岩稜が続き、その奧に、ひときわ高く槍ケ岳が天を刺すようにそびえている。その槍ケ岳を中心に、西岳、大天井などの東鎌尾根、その奧に立山連峰まで望むことが出来る。

 さらに西側には頭が丸く、裏側が鋭く切れ落ちた岩の殿堂ともいえるジャンダルムが見え、その奧に笠ケ岳が見える。

 さらに東側を振り向けば、足元のはるか下に涸沢の山小屋と色とりどりのテントが、豆粒のように小さく見える。ここから見るとあまりにも小さくて、まるで小人の国を見ているようだ。

  (写真は奥穂山頂から見た北穂)

 3,000メートルの頂きには夢とロマンがある。この3,000メートルの頂きに立って手をのばせば、そこはもう天空の世界である。

 この晴れ渡った紺碧の空と澄み切った大気。どこまでも続く宇宙空間。その澄み切った大気と大地の匂いを一緒にした自然界の匂いをかみしめながら、我々はゆっくりとお昼の準備に取りかかった。

《写真はいずれも別な日に撮ったもの》

前穂高と明神岳

槍ケ岳

ジャンダルム

 3,000メートルの頂きに腰を下ろし、のんびりとラーメンをすするその足元には、ポッカリと白い雲が浮かんでいた。その白い雲の下には、上高地ののどかな光景があった。

 上高地から見上げる穂高には、人を圧倒するような迫力があるが、ここから見下ろす上高地はなんとおだやかな光景だろうか。
 緑一色に包まれた原生林の中を、蛇行しながら流れる梓川。その梓川は、真夏の太陽に照りつけられてキラキラと光っていた。

 下流では焼岳がのんびりと白い煙をなびかせていたが、いつの間にかその上空に積乱雲が湧き出たようだ。