幌尻岳(ぽろしりだけ)    94座

(2,052m、北海道/日高)


戸蔦別岳の登りから見た幌尻岳と北カール(右)。左手前が七ツ沼カール。


幌尻岳・戸蔦別岳縦走

2002年8月3日(土)

羽田−千歳−振内(泊)

 幌尻岳は日高連峰の最高峰であり、「ポロ・シリ」とは、アイヌ語で「大きい・山」という意味だそうである。
 私は、この山は日本百名山の中でも「最もやっかいな山」だと思っている。
 それは、まず第一に徒渉が多く、雨が降ると沢が増水して登下山できなくなってしまうことである。そのため、予備日と予備食を多めに持たなくてはならない。

 第二は、交通の便が悪いことである。登山口までバスがないため、タクシーかレンターカーで行くしかない。タクシーの場合は雨が降ると下山できなくなるので事前に予約するのは難しい。
 第三は、ヒグマがいることである。

 そんな訳でこの山は思いつきなどでは登れない。それなりの計画と勇気と覚悟がいる。それゆえに、この山を「百名山の聖地」という人もいる。

 私は2年前に羊蹄山と幌尻岳を登ろうとして出掛けて行きながら、400ミリもの大雨で入山さえ出来なかった。先月は航空券やレンタカー、民宿などすべて予約しながら台風のため前日になってキャンセルした。
 そんな訳で今回は3回目の挑戦であり、何が何でも登らねばならない。
      *
 羽田発10時25分の飛行機に乗り、予定より10分ほど遅れて千歳へ着いた。飛行機から降りると外は小雨まじりで寒かった。空港からレンタカー会社のリムジンバスに乗り、「北海道の天気は下り坂」と聞く。どうしてこうもついていないのだろうか。

 初めて運転するオートマのレンタカー(マイカーはマニュアルなので)に乗り込んで、さっそく振内(ふれない)へと向かって行った。途中、道に迷ってウロウロしながら、やっと日高道に乗った。今日は振内泊まりなので急ぐこともない。インターネットによれば羽田を朝一番の飛行機に乗れば、その日の内に幌尻山荘へ着けるらしいが、私は日没と争いながら沢を登りたくなかったので、振内に宿を予約しておいた。

 途中、富川のハッピーワンというホームセンターでガスコンロのガスボンベを買い込んだ。


2002年8月4日(日)
振内の宿520−720ゲート730〜918取水場〜1225幌尻山荘

 夜中に大雨で目が覚めた。「こんな大雨では額平(ぬかびら)川は登れないかもしれない」、と思った。
 4時に起きた時、雨は止んでいた。沢が登れるかどうかは分からないが、とにかく出かけるつもりで朝食のパンを食べているとまた雨が降り出してきた。この雨の中を大きな荷物を背負って沢登りをするのは大変だ。しかも雨は本降りである。出発を遅らせ、様子を見ることにした。

 5時の天気予報で晴れるといい、雨も小降りになったので出かけることにした。
 振内の民宿を5時20分発。
 幌尻登山口の標識を右に曲がって林道を進んで行く。しかし、車は一台も見当たらない。途中に豊糠(とよぬか)という集落があり、そこで缶ジュースぐらい買いたいと思ったが、自販機どころか酪農家が2、3軒あるだけだった。(別の道を行けば集落があったのかもしれない)。

 とにかく人影のない砂利道を進んで行く。クマが出ないかと心配だった。たとえ車に乗っていても安心は出来ない。クマは車に体当たりして来るというからだ。

 林道を1時間20分も走ると、路肩に駐車している車が現れるようになって来た。
 ゲートの前にはすでに10台以上もの車が止めてあり、駐車できずに200メートルほど引き返した所に止めた。まずは人が大勢いたことと無事に駐車できたことで安堵した。それに雨も上がっていた。

 私が荷造りしている時、隣へ大宮ナンバーの車が駐車した。その人も単独だった。やはりここへ来るまで不安だったと言い、「一緒に行きましょう」とい言われる。私の荷造りがうまくいかず、見かねて手伝ってくれた。二人で7時20分に出発。

 ゲートの前まで来ると、駐車している車から顔を出して、「こんなに早く行くんですか」と声をかけられた。春日部ナンバーだった。この人としばらく話し込んだ。

 ゲート発7時30分。
 今日は荷物が重くて大変である。2日分の食料と予備食2日分、それに缶ビールだけでも5本も入っている。
 大宮の人には先に行ってもらい、のろのろと林道を歩いて行く。

 8時を過ぎると下山して来る人がいた。天気と沢の状況を聞くと、「昨日はカンパレでしたよ」と言われ、私はワンテンポおいてから、「完璧な晴れをカンパレと言うのか」、と思った。

 それに沢の徒渉は「膝上10センチぐらい」と言われたが、その人は背丈があるので短足な私では膝上20センチぐらいかも知れない、と思った。水量は登った時と同じだったと言うから、今朝の雨ぐらいでは増水しないようだ。

 30分ほど歩くと右手に二段の滝が現れた。二ノ沢かも知れない。
 途中で薄日が差してきた。バンザーイ。まだ白い雲が覆っていて「完晴れ」とはいかないが、このまま晴れてくれることを期待する。

 林道は砂利道で歩きやすいが、重い荷にあえぐ。道端に流れ込む沢水で喉を潤す。
 9時ごろになると、続々と下って来る人に会った。取水場へ9時18分着。

 ここからは沢沿いの道となる。取水場から1、2分で高巻きになり、鎖とロープがあるが、特に問題はない。

 青空こそ見えないが、時々薄日が差すようになって来た。

 河原に降りると、これから登る人と下って来た人達が着替えていた。いよいよここからが徒渉である。私はジャージーのズボンに運動靴に履き替えた。


(まずは沢沿いの道を行く)

(靴で歩けるのはこの辺まで)

(ここで徒渉ルックにお着替え)

 徒渉は、石の上は滑るので、濡れるのを覚悟して砂の上を歩いた方がよい、と聞いていたのでジャブジャブ歩いて行った。沢水は夏といえども冷たい。
 後から来た人は、石の上に乗って転んでしまったと言い、全身ずぶ濡れだった。

 徒渉を何度も繰り返す。股間のすぐ下まで水に浸かり、ザックの底が濡れないかと心配したがスレスレでセーフ。
 足元ばかり見ていたので、青空が広がってきたのに気づかなかった。

 12時ごろになると続々下って来る人に会った。今朝、小屋を早く出発して幌尻岳を往復して来た人達だろうと思った。

 憧れの幌尻山荘(写真)へ12時25分着。さっそく持って来た缶ビールで喉を潤しながら、濡れたものを着替える。

 小屋は、定員50人となっているが60人ぐらいは入れるという。今日の予約者は57人。予約しないで来る人もいるだろうから60人以上になるだろう。私は早く着いたので二階の奥へ寝床を確保できた。寝床さえ確保すればもう安心である。缶ビールを沢へ浸しておく。

 夕方になって小屋の屋根越しに幌尻岳の稜線が見えた。二度も嫌われてしまった幌尻岳であるが、やっとその一部を見ることが出来て嬉しかった。その幌尻岳の稜線を見ながら缶ビールを飲み、夕食を摂った。


(小屋の屋根越しに見える稜線)

 食後は大宮から来た人と、岐阜から来たというご夫婦と山談義となった。

 小屋の中はストーブが焚かれ、暑くて寝付かれなかった。徒渉で衣類が濡れてしまったため、管理人の好意でストーブを焚いているのだが、二階は暑くてたまらなかった。


2002年8月5日(月)
山荘355〜550稜線〜902幌尻岳945〜1240戸蔦別岳1300〜1500六ノ沢〜1640山荘

 2時40分に起こされた。私も3時起床と思っていたが早立ちの人が多くガサガサとうるさい。
 私も3時になるのを待ってアタックザックだけを持って外へ出た。連泊のため大きなザックと寝床はそのままにしてある。
 ヘッドランプを点け、雑炊とコーヒーで朝食。
 3時55分出発。
 空はわずかに白んできたが、樹林帯の中はヘッドランプがないと歩けない。トドマツの樹林帯の急登をひたすら登って行く。

 5時50分、やっと尾根へ出た。ここからは左手前方に幌尻岳、左手後方にはピラミダルな山容をした戸蔦別(とつたべつ)岳が見えるらしいが、どちらも中腹から上はガスって見えない。山裾だけを写真に撮って自分を慰め、カメラをザックにしまって歩き出すと、次第にガスが切れて幌尻岳が見えるようになって来た。

 途中にあった「命の水」は、じゃあじゃあ流れていた。日照り続きの時は涸れることもあるらしいが、滝のように流れていた。口をつけてゴクゴク飲んだ。冷たくて最高にうまかった。

 幌尻岳の山頂にかかっていたガスが少しずつ切れ出した。カメラを持ってガスが完全に切れるのを待っていると、岐阜から来たご夫婦が登って来た。私はしばらく待ってやっと幌尻岳の写真を撮った。


(中央が幌尻山頂)

 私は花の写真を撮り、メモをとりながら歩いているのでなかなか前へ進まない(負け惜しみです)。

 途中で春日部から来た人が下って来た。私の方から、「早いですねえ」 と声をかけたものの、自分が余りにも遅過ぎるので恥ずかしかった。

 北カールを左手に見ながら、ぐるっと回り込んで行く。太陽も薄く顔を出した。
 三角錐をした戸蔦別岳も姿を見せた。絶対にあのピークまで行こうと思った。


(ピラミダルな戸蔦別岳も姿を見せた)

 山頂の50メートル程手前で岐阜のご夫婦とすれ違い、20メートル程手前で大宮の人とすれ違った。皆んな早いなあ〜。
 2年越しの憧れの幌尻岳山頂へついに立った。山頂着、9時2分。


(山頂直下)

(ついに立った憧れの山頂)

(山頂から戸蔦別岳への縦走路)

 山頂にいた単独行のオジさんに写真を撮ってもらう。オジさんはすぐに下山してしまい、広い山頂を一人占め。ゆっくりと湯を沸かしてラーメンを食べ、コーヒーを飲んでくつろいでいると、別の単独行と二人連れのオバさんが登って来た。

 9時45分、戸蔦別岳へ向かって出発。
 ここからは人影は全くなく少々心細い。ほとんどの人が小屋からの往復で、戸蔦別まで縦走する人はほとんどいないようだ。

 右手に東カール、左手に北カールを見下ろしながら稜線を下って行く。
 山頂から見えるピークが肩かと思って写真を撮ったが、それは肩ではなく、右側から巻いて下って行く。

 道は荒れ、不気味な静寂が漂う。クマが出やしないかと周りをキョロキョロしながら歩いて行った。クマ除け鈴もザックからはずして腰にぶら下げ、時々、手でゆさぶった。何しろ七ツ沼カール付近はクマの巣だというから怖い。

(写真左は肩手前から振り返って見た幌尻山頂と東カ−ル)

 肩へ着く直前にガスが流れ出した。
 ガイドブックによれば肩からの下りは要注意と書いてあった。真っ直ぐ、つまり東側へ下らず、北へ向かうこと、と書いてあった。目を凝らして道を確認しながら下って行ったが、左手にもボンヤリと尾根らしいものが見えて不安になった。このまま七ツ沼へ下ってはいけないので、ガスが切れるまで一服しながら待った。


 ガスが少しずつ切れ出し、戸蔦別へのやせた稜線と右下に干しあがった七ツ沼が見えるようになった(写真左、右下が七ツ沼)。

 やせた稜線を進んで行くと、ガスが完全に切れてピラミッドのような戸蔦別岳が見えるようになって来た。思わず「やったー」と声を張り上げた。(写真右)


 肩から一気に200メートルほど下り、戸蔦別岳へ登り返す。少々しんどいが、最後の登りを頑張るとすばらしい眺望が待っていた。
 戸蔦別岳着、12時40分。

(戸蔦別岳からの幌尻岳)

 戸蔦別岳から見る幌尻岳は最高だった。眼下のやせた岩尾根の縦走路から一気に立ち上がった肩のピーク、その奥にどっしりとした頂稜部、そして右手に北カールと左手に七ツ沼カール。これこそ私が憧れていた幌尻岳の雄姿だった。

 ケルンに腰を下ろし、インスタントのアイスコーヒーを飲みながら、やはり縦走して来て良かったと思った。そして、幌尻岳はやはりデカイ山だと思った。

 こんなすばらしい縦走コースを、どうして多くの人達は敬遠してしまうのだろうか。幌尻岳の魅力はこの戸蔦別岳からの眺望にあると言ってもいい。小屋からの往復だけでは余りにももったいない。

 すっかり満足した私は、カメラをザックにしまって小屋への分岐へと急いだ。戸蔦別13時00分発。
 山頂から下り出して2分もしないうちにガスが流れ出した。そして小屋への分岐の手前で雨粒が混じってきた。

 分岐からは一気に駆け下りた。しかし雨が本降りなってしまい、ズボンを濡らしたくなかったので途中で徒渉用のズボンにはき替えた。

 六ノ沢着、15時ジャスト。沢の水をゴクゴク飲み、顔や腕などを洗った。
 そして、ここで大失態に気づく。徒渉用のズボンと靴下は持ってきたが靴を忘れてしまったのだ。
 登山靴を濡らしたくなかったので、靴下一枚で下った。砂利は足の平が痛く、また巻道の木やササなどで怪我しないように、一歩ずつ地面をなでるように歩き、幌尻山荘へ着いたのは16時40分だった。

 この沢は、日没後にヘッドランプなどでは絶対に下れないと思った。昼間でも所々に付けられた赤いリボンを見つけるに苦労するのに、ヘッドランプの明かりでは2、30メートル先を照らすのは困難である。
 それに、この沢は登りにとるよりも下りに使った方がいい。登る場合は道に迷いやすいが、下りなら沢沿いに下れば必ず小屋があるからだ。


2002年8月6日(火)
幌尻山荘555〜930林道ゲート−振内−日高−糠平温泉(泊)

 夜中の2時に起こされた。外は土砂降りの雨だというのに、ガサガサと出発の準備をしている連中がいた。いくら早立ちでも2時からガサガサされてはたまらない。小屋の中にクマはいないのに、クマ除け鈴をジャラジャラ鳴らすなんて余りにも非常識だ。

 私は下山するだけなので4時過ぎに起き出した。雨は小降りになっていた。
 ゆっくりと朝食を摂り、幌尻山荘5時55分出発。

 昨夜の大雨で沢が下れるか心配だった。小屋近くは2、3センチの増水だったが、下るにつれ水かさは増し、股間まで濡れた。杖を使っても水流に流されそうで怖かった。

 私の前を歩いていた50代後半のご夫婦は、奥さんが川の中でひっくり返って流されてしまい、旦那が泳ぐようにして助けていた。私は何も手伝うことは出来なかったが、川(沢)で転ぶと、まるで亀がひっくり返ったようにザックが下になって流されてしまい、自力ではなかなか立ち上がれないことを知った。(要注意です)

 8時5分、取水場着。

 ゲート9時30分着。
 ゲートの手前で、私の前を歩いていた新潟から来たという青年から、「振内のバス停まで車に乗せてほしい」と頼まれた。もちろん快く引き受け、どうせ私も糠平(ぬかびら)温泉まで行くので日高まで乗せてってやった。彼はこれからバスで帯広へ出て、阿寒岳を登るという。

 私はニペソツ山を登るため、日高から然別(しかりべつ)湖へ出て糠平温泉へ向かって行った。

(写真右は然別湖)


ニペソツ山へ続く