高妻山(たかづまやま)    69座目

(2,353m、 長野県・新潟県)


九頭龍山から一不動避難小屋へ下る途中から見た高妻山。すきっとした山容が美しい。


戸隠山〜高妻山縦走


1998年 9月11日(金)

相模原500−相模湖IC−須坂長野東IC−戸隠村−奥社入口930〜八方睨1420〜1630一不動避難小屋(泊)

 高妻山と聞いて、この山がどこにあるか分かる人は少ないかも知れないが、それが戸隠連峰の最高峰と聞けば、大方見当がつくに違いない。

 私は戸隠山も登りたかったので、一不動の避難小屋へ一泊する予定で、朝5時に車で家を出た。
 中央高速から長野自動車道へ入る。天気予報では、「今日は全国的に快晴」と報じていたが、途中の鳳凰三山や甲斐駒、八ケ岳などはモヤがかかってスッキリとは見えなかった。「今日は一日パッとしないのかな」と失望感が漂った。

 須坂長野東インターで降りて、バードラインを通って戸隠へ行く予定だったが、道を間違えて飯綱高原スキー場の方へ行ってしまい、途中で地元の人に道を尋ねながらバードラインへ入った。

 戸隠村の近くまで行った時、正面にノコギリの歯のような戸隠山が見えて来た。慌てて車を止めて写真を撮った。


戸隠村からの戸隠山

 奥社入口の駐車場へ車を止め、9時30分に出発する。
 入口の石門を潜ると「奧社まで1、9キロ」の表示があった。入口からは樹齢何百年という巨大杉が生い茂った中に、幅4メートルほどの真っ直ぐな道が延びていた。道の両脇はコケむした石の水路になっており、良く整備された参道を歩くだけで、古い歴史を感じる。

 道は次第に勾配がきつくなり、やがて石の階段になった。長い階段を登って、奧社で安全祈願をした。神社の屋根の向こうに、鳥も止まらぬような断崖絶壁が垣間見えた。


奥社への参道

戸隠神社奥社

奥社から見る絶壁

 ここから本格的な登山道になった。樹林帯の中の急登である。一歩一歩あえぎながら登って行く。20分ほど登って振り向くと、眼下にスキー場が見え、遠くには浅間山らしいものが見えた。

 とにかくこの登りは苦しい。今日は荷物が重いことや陽差しが強くなったこともあるが、身体がいつもより重く感じる。五十間長屋までコースタイム50分の所を倍近くもかかってやっと着いた。
 五十間長屋は、切り立った岩壁の中腹が、人工的に掘った道のようにくびれていた。(写真左)

 百間長屋も同じように岩壁の下がくびれていた。そこに地蔵が奉ってあった。ここは雨の日などは格好の休憩場になりそうだった。

 ここからはクサリ場が現れて来た。そして、右手には奧社から垣間見えた岩壁が、屏風のように立ちはだかって見えてきた。

 上から老夫婦が降りてきた。今日、初めて会った登山者である。老夫婦は、「途中まで行ったが難所が多いので引き返して来た」と言った。

 私は、「引き返すほど難しい所ではないだろう」と思ったが、胸突き岩といわれる垂直に近い15メートルほどのクサリ場は、さすがにクサリにぶら下がらないと登れなかった。

 このクサリ場を過ぎると、剣ノ刃渡りといわれる稜線へ出た。幅50センチほどの岩の稜線で、両側が切れ落ちた絶壁になっていた。


これ、どうやって登る?

「ここが本当に登山コースだろうか」と不安になった。周りを見渡してみたが、ここを行くしか術が無いようだ。先程の老夫婦は、この稜線を見て引き返したようだ。

 私は「とにかく行くしかない」と思い、中腰になって進んでみたが、2、3メートルも行くと四つん這いになってしまった。荷物が重いので、もしバランスを崩すと取り返しがつかないことになってしまう。なりふりなどかまっていられない。

 両手両足を着いて馬のようになって進んだが、動く度に荷物が左右に振られるので、今度はひざをついて進んで行った。しかし、ひざが岩角にすれて痛い。それに靴が岩に当たって、なかなか前へ進まない。

 2、30メートルも進むと、一人が立てる程の窪地があった。そこから右下にクサリがぶら下がっていた。そのクサリを使って降りてみたが、それはここへ来るまでのエスケープルート(巻道)だった。こんな道があったなら、この道を来ればよかったと思った。

 ここからは、もうエスケープルートはなかった。ここからは、「蟻ノ戸渡り」といわれる難所だった。やせた岩尾根はさらに細くなって、とても歩ける状態ではなかった。仕方がなくその岩尾根をまたいで両手でズッて行く。もし、こんな所に雪が付いたり、雨の日に風にあおられたらたまらないと思った。今日は天気も良く風もないのが何よりだった。

 この難所を乗り越え、さらにクサリ場を越えて、やっとピークの八方睨(にらみ)へ着いた。八方睨は、この主稜線の最高点で1911メートルと刻まれたコンクリート製のケルンが建っていた。そこに荷物を置いて、しばらく放心したように座り込んでいた。


蟻ノ戸渡りから見る山は険しい。西岳方面

必死で辿り着いた八方睨は意外と広い

 今まで登った槍ケ岳や穂高、剣岳にも、こんな緊張する所はなかった。私が知っている限り、最も緊張した尾根だった。荷物が少なければ少しは楽なのだろうが、今日は寝袋やマット、食料などフル装備だったのも影響している。こんな所をフル装備で登るヤツはバカだと思った。
 この道をもう一度下れと言われても、もう下りたくなかった。今日は一不動の避難小屋泊まりなので、あとは稜線を歩くだけだと思うと、少し心に余裕が生まれてきた。

 そして気が付いてみると、正面の谷を挟んだ対岸に待望の高妻山が聳えていた。まるで富士山のように美しい山裾が、天から谷底へ向かって延びていた。山頂部分には少し雲がかかっていたが、実に美しい姿だった。戸隠連峰は、この八方睨から左側に半円を描くように延びているため、高妻山が左正面に見える。そして、高妻山の左手奧には北アルプスが見えた。

 振り向けば、今、渡って来たばかりの蟻ノ塔渡りを私と同じようにまたいでいる人がいた。私は自分が臆病者なのであんな格好で渡って来たが、他の登山者も同じようにまたいでいるのを見てホッとするものがあった。

 遠くには富士山や八ケ岳、中央アルプスなどが見え、目を少し左に移すと上信越の山々が見えた。