蔵王山(ざおうさん)    60座目

(1,841m、 山形県・宮城県)


蔵王を代表するお釜。


1997年10月3日(金)

刈田駐車場〜お釜〜熊野岳〜刈田岳〜刈田駐車場


相模原400−(東北道)−白石IC−エコーライン−1000刈田駐車場〜熊野岳〜刈田岳〜1205刈田駐車場−大井沢(泊)

 蔵王はスキーや観光で有名になり過ぎたせいか、登山の対象としてはあまり魅力を感じないが、やはり一度は登らなくてはならない山である。
 今回、朝日連峰へ行くので、その帰りにでも寄ろうと思っていたが、天気の都合で蔵王へ寄ってから朝日岳へ行くことにした。

 相模原の自宅を朝4時に出て、国道16号線で東北道の久喜インターへ出た。今日は平日なので高速道路も、蔵王エコーラインも順調だった。

 エコーラインの紅葉はまだ始まったばかりだった。4分か5分程度だろうか。山の紅葉は稜線から始まって中腹へ下り、そして山麓へと下ってくる。その間隔は5日から1週間程度だが、これも山の高さやその年の気候によって異なってくる。
 今回は、朝日岳の稜線沿いの紅葉に合わせて来たので、エコーラインの紅葉にはまだ早いだろうと思っていた。

 刈田駐車場へ10時に着いた。ここにはマイカーが10数台と観光バスが2、3台止まっていた。

 駐車場の隣にあったレストランで、うどんを食べてから出発した。レストランを出て4、50メートルも行くと刈田岳と熊野岳の分岐で、あまりにも近すぎて驚いた。標識には右が刈田岳、左が熊野岳、正面のガレ場を下るとお釜と書いてあったが、いずれもガスがかかって見えない。観光客はお釜の方へ降りて行くが、私は蔵王の最高峰である熊野岳を目指して行った。

 10分ほど歩くと、右下のお釜の方がガスが切れて来た。縦走路からはずれてお釜の方へ降りて行くと、ガスの中からエメラルド・グリーンの水を湛えた火口湖が見えた。しかし、ガスが流れているため写真を2、3枚撮るのが精一杯。すぐにガスの中に消えてしまった。

 カメラをザックにしまっていると、親子3人が降りて来て、「何も見えませんね……」と声を掛けてきた。私は、「ガスの流れが早いから、またすぐに見えますよ」と言って別れ、熊野岳へ向かって歩き出した。
 ここは馬の背といわれる所で高低差はほとんどない。

 しばらく行くとガスが切れて視界が利くようになった。左手にどこが最高点か分からないような山が横たわっていた。その平らな稜線上の右(北側)の方に三角形をした避難小屋が見えた。登山道は登り口で二手に別れ、右手の道が避難小屋へ続き、左手の道が熊野岳山頂へ行く道で、その道を今、5、6人が降りて来るところだった。


(あの避難小屋を右手に見て登って行く)

(熊野岳から下って来る人達)

 熊野岳の頂部は広い溶岩の台地になっていた。神社へ着いた時はガスが濃くなり、視界は5、60メートルぐらいしか利かなかった。
 早速、鳥居を潜って行くと、一人の登山者が大きな声でお祈りをあげていた。月山で見かけた白装束の修行者のお祈りのような本格的なお祈りだった。邪魔をしてはいけないと思って、すぐに鳥居の所へ引き返した。

 鳥居から2、30メートルほど先に三角点があった。霧の中で山頂の写真を撮り、霧が晴れるのを待っていると、さっきお祈りをしていた登山者が来て、シャッターを押してくれた。


(熊野岳山頂と神社)

 帰りは同じ道を引き返し刈田岳へ行ってみたが、あまりにも観光化されてしまい味化なかった。
 車道のように整備された広い道を、スカートをはいたツアーのご婦人達がゾロゾロ歩いて行く。しかも数分で着いてしまう。これが本当に山の山頂か? と思いたくなるような整備された大地。山はやはり登山道を登って汗をかかなくてはいけない。

(馬ノ背から見た刈田岳。左下にお釜がある)

12時5分、駐車場着。ここから朝日岳へ行くため、寒河江市へ向かってエコーラインを下る。紅葉はこちらの方が少し進んでいるようだが、それでもまだ一週間ぐらい早いようだ。

 途中で昼食を摂った。このまま行くと今日の宿である大井沢の民宿へ15時ごろに着いてしまう。民宿のおばちゃんから「昼間は留守だから夕方に来てくれ」と言われていたので、車の中で1時間ほど昼寝をしてから出発した。

 大井沢という集落は、平家の落人が住んでいるような小さな山村だった。民家は4、50軒しかないのに、民宿が5、6軒もあった。こんな山の中でどうして民宿経営が成り立つのだろうかと思って、おばちゃんに聞いてみると、「山菜を食べに来てくれるお客さんが多い」と言う。

 それに、冬は月山でスキーをする客が泊まりに来てくれるという。ここから月山のスキー場まで車で20分位だそうだ。最近は登山ブームで朝日岳へ登る人もだいぶ増えたという。夕食には山菜料理が8品も出てきたので驚いた。

朝日岳へ続く