安養山 極 楽 寺 | 2009/03/10 |
家紋はカタバミ
(剣カタバミか?)
中村家と刻まれた花立(大)。八百大おばあ様の実家喜多岡家には二人の姉がいて男子はいなかった。長姉は中村重左衛門に嫁し、娘(八百の姪)を実父の喜多岡如兵衛の養女として婿養子を迎えている。
また、錠二の長兄房記が分家した時の由緒帳(明治3年)に東京代判・中村吉十郎と書かれ花押が記されている。中村家は代々江戸御広敷きで乗馬指南役をつとめていて、オバ仲野は天保2年(1831)江戸御広式御次女中に召しだされ、文久元年(1861)年寄り方女中格・文久3年(1863)に宿下がりをしている。この方以外にオバは記載されていない。
中村吉十郎家の由緒帳には「先之丞の亡母は実者のオバ続き」とあるが、実名は判らない
東京に移っても本家(房記家)では八百ばかりか、先妻の150回忌も執り行っていることから八百大おばあ様の実家である喜多岡家と中村家は深いつながりがあるようだ。