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北茨城民報11月25日号

日本共産党市議団がホームページ開設

日本共産党北茨城市議団は、このほどホームページを開設しました。県内の共産党市議団としては、水戸市、つくば市に次いで三番目の開設です。

今回のホームページ開設に当たって、市議団は「住民との接点が拡がるものは、どん欲に何でも挑戦しょうという精神で行いました。しかし、ホームページの基礎知識が全く無い中での開設であり、当面は不充分な点があると思いますが、将来は住民との交流の架け橋となるようがんばります」と、語っています。ホームページアドレスは下記の通りです。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~jcp-ktib/

市議団がゴミ問題で常陸太田市、ひたちなか市を視察

 日本共産党市議団は、本市が平成十五年度から実施を検討している、指定ゴミ袋の有料化について二十一日に常陸太田市、ひたちなか市を独自で視察しました。

常陸太田市が県内で最も早く指定ゴミ袋の有料化に踏み切ったのは平成四年。有料化と同時に、その財源を利用して小学校に缶ボックスを置き、拾ってきた缶を一個入れれば一円などの補助制度を創設し市民の啓蒙をはかってきました。また、ひたちなか市は平成七年に旧勝田市、翌八年に旧那珂湊市で実施。同市では分別収集を徹底し十八種類の分別を実施。分別を徹底すればゴミは確実に減るとしています。また、同市では、牛乳パックを一定枚数持参すると、図書券と引き換えるユニークな制度を実施しています。北茨城市のゴミ問題を考える上で、多いに参考になりました。

日曜喫茶 自由にエッセイ

私の最終学歴は、「男はつらいよ」大学哲学科卒業です
                  北茨城市議 福田明

 私の正規の最終学歴は、県立日立工業高校機械科卒業である。しかし、機械には、ほとんど興味はなかった。なぜ工業高校に進学したかといえば、中学時代は女性をはじめて意識し始める多感な時期であり、このわずらわしさから離れたいという理由で、男だけの工業高校に進んだように思う。

 しかし、この高校時代、人並みに他校の女性と恋愛もし、飯も喉に通らないような失恋も経験した。そして、当然のことながら興味の無い工業高校の勉強は殆んどしなかった。当時の先生は悠長なもので「君たちは高校を卒業すると就職する。社会に出れば、なかなか好きなことはできない。授業が面白くない者は、今のうちに他の事をしていてもよろしい」という具合である。勉強嫌いな私には、本当に居心地のいい高校であった。

 そういうわけで、工業高校を卒業しても、その専門知識はほとんどゼロに等しい。今でも、「福田さんは、工業高校を出ているから機械に詳しいんでしょう」と、言われるのが一番つらい。

 この高校時代、私が最も影響を受けたのは、映画「男はつらいよ」シリーズである。この映画は、私が中学二年の時に始まり、それ以来、全四十八作すべて見て、笑い涙した。

高校時代、日立の駅を降りて学校へ向かう途中、「男はつらいよ」の上映看板を見ると、足は学校ではなく、映画館に向かった。学校の授業より、よっぽどためになると、自分に言い聞かせて、授業をさぼることを正当化していたように思うが、事実、本当に自分の生き方、ものの考え方に、これほど影響を与えた映画はない。

 私は今後、履歴書を書く機会があれば、最終学歴は迷うことなく、葛飾区立「男はつらいよ」大学哲学科卒業と書きたいと思う。

(2001.11.19記)