甲斐駒ケ岳を仰ぐ

絵 「春 甲斐駒ヶ岳を仰ぐ」

  • 油彩画
  • サイズなど:F8 横
  • 最終描画:2018年12月
  • 所在地:甲斐駒ヶ岳 山梨県北杜市と長野県伊那市に跨る 
  • 絵のビューポイント:山梨県北杜市武川町山高付近



文 地形地質概要

1. 絵 「春 甲斐駒ケ岳を仰ぐ」

絵は山梨県北杜市武川町山高付近から西南西の方向に屹立する甲斐駒ケ岳を眺めています。これは一気に標高差2,300m近く立ち上がった山体の風景であり、その頂はまさに仰ぐようです。

2. 地形概要

赤石山脈の主脈は北に向かって標高を増すとともに山体の幅は狭くなり、その北端に標高2,967mの峻険な山容の甲斐駒ケ岳があります。甲斐駒ケ岳はピラミッドのような形状で左肩には特異な岩峰の摩利支天を載せています。

甲斐駒ヶ岳は赤石山脈の山としては急峻ですが、他の山の稜線付近はなだらかであることが一般的です。また、甲斐駒ケ岳からその南西方向の仙丈ヶ岳(標高3,033m)には氷河地形の圏谷(カール)があり、両者の間のなだらかな稜線は周氷河地形の発達によって形成されたものです。最終氷期に氷河が存在したことは赤石山脈の特徴的な景観を演出しているといわれています。

赤石山脈は約100万年前から急速に隆起し、100万年間の隆起速度は世界でもトップレベルと言われ、年間3mm以上で現在も進行しています。隆起すればするほど侵食作用が激しくなりますが、稜線付近の地形が緩やかであるということは高山になる前のなだらかな地形(200~300万年前の旧侵食平坦面)が残存しているためであると考えられています。降水量が多く、中小河川が支谷を刻む山脈において、200~300万年の時が経過しても当時の地形が残されているのでしょうか。将来的には飛騨山脈のように刃のような稜線あるいは槍の穂先のような岩峰などが形成されるでしょうが、それにはどのくらいの時を必要とするのでしょうか。

3. 地質概要

赤石山脈の主稜線の地質は白亜紀の地層(堆積岩)である四万十帯(しまんとたい)が分布し、最北部の甲斐駒ヶ岳や鳳凰山周辺では花崗岩が分布します。四万十帯は西南日本の骨格を成す一連の地層の一つであり、九州・四国から紀伊半島を経て赤石山脈まで連続しています。四万十帯もこれに併入した花崗岩もともに赤石山脈の東の糸魚川‐静岡構造線で途切れています。

甲斐駒ヶ岳の花崗岩は約1,400万年前に地下の深い場所(地下5~10km)でゆっくりと冷えて固まった岩石ですが、これが隆起して標高2,965mの現在の山体を形成しています。このことは、マグマが冷えてから8,000m以上隆起し、その上にあった被覆層は侵食されて無くなっていることを示しています。

プレート説によると、赤石山脈は伊豆半島の衝突により約100万年前から急速に隆起して現在の山脈を形成していますが、その前はなだらかな地形であったと考えられています。伊豆半島の衝突の前には丹沢地塊の衝突があり、さらには御坂地塊などのいくつもの地塊の衝突と日本列島への付加があったと考えられています。地下深所で形成された花崗岩が地表に現れさらに現在の山岳として成長するのは主に伊豆半島が衝突した約100万年以降のことでしょうか。それともいくつもの地塊の衝突毎に隆起と侵食を繰り返した累積的な結果でしょうか。

4. 付図及び参考資料

資料1

周辺図 赤○印はビューポイントで矢

印は描画方向

青点線は糸魚川‐静岡構造線の位置

資料2

色別標高図 左図と同じ範囲

参考資料

・湯浅真人 2015 地質で語る百名山 第1回 甲斐駒ヶ岳 CSJ地質ニュースVol.4 No.3

・町田洋他編 2006 日本の地形5 中部 東京大学出版会

・南アルプス世界自然遺産登録推進協議会南アルプス総合学術検討委員会 2010 南アルプス学術総論

・地理院地図(電子国土Web)