関東大震災の跡と痕を訪ねて

番号 : 南房総市 MB-01

南房総市 --- 延命寺断層(地震断層) ---

  • 対象:延命寺断層
  • 所在地:千葉県南房総市本織(旧三芳村)
  • 交通:
延命寺の参道と山門

写真1

長谷山 延命寺の参道と山門

延命寺本堂

写真2 延命寺本堂 建物は関東大震災で全壊

南総里見八犬伝」で知られる里見氏の菩提寺

延命寺断層と案内標識

写真3 延命寺断層と案内標識

案内標識

案内標識(上) 下はその表示方向

断層の方向

写真4

延命寺に至る道路を西側から断層線の方向(東側)を望む

当時はこの道路に亀裂が生じ、向かって右側が下がる変状が生じた。右側の住宅の敷地は嵩上げして道路と同じ高さにしている。(該当住宅の人の話による)
矢印は写真3の案内標識が設置されている位置

断層の方向遠望

写真5

断層線の方向 矢印は写真4と同じ

断層は手前の水田を横切り矢印の地点を経て丘陵を横断していました。
手前の水田地域は大規模な農業構造改善によって地変の痕跡は全く見られません。当時は変状幅20mで階段状に中央に向かって陥没していたという。

撮影:2010/11

1923年の関東地震で出現した地震断層としては、三浦半島の下浦(したうら)断層と房総半島の延命寺断層の2つが有名です。延命寺断層は断層の北側にある延命寺に由来する命名であり、断層線は写真1の反対(後ろ)側約20mを通っています。


延命寺と里見氏

延命寺境内の案内板より

曹洞宗長谷山延命寺(本職2,014番地)

一、由緒
延命寺は、永正十七年(1520)里見四代実尭が開基し、吉州梵貞和尚を開山とする里見氏の菩提寺で、石高217石余。曹洞宗の録所(宗政を司どる役寺)で、多くの雲水僧が修行した禅寺であった。
 裏山には正安三年(1301)記銘の板石塔婆(縣指定文化財)や、里見四代実尭・六代義尭・七代義弘*などの墓があり、山麓には十代忠義の忘れ形見利輝の墓もある。

二、寺宝
 ○ 源寺里見系図二巻(市指定文化財)があり、これは延宝八年(1680)江戸の平山勝岑の編纂したものである。
 ○ 地獄極楽絵図十六幅(市指定文化財)天明四年(1784)江戸の画工江府宗奄によって描かれたもので、例年盆の八月十六日に公開展示されている。
 ○ その他、大魚鼓(市指定文化財)や里見実尭坐像のほか、古文書としては里見義尭・義弘・義康・忠義や、徳川家康・秀忠の書状などがある。また安房国札第二四番観音霊場でもある。

南房総市

*七代義弘
読売新聞の文化欄に「戦国武将の実力」と題するシリーズがあり、2011年10月5日には次のように里見氏の由来や里見義弘の施策が小和田哲男静岡大学名誉教授によって紹介されていいます。

里見氏は清和源氏である新田氏の流といわれている。新田義重の三男義俊が上野国(群馬県)碓氷郡里見郷に住み、郷名を名字にしたという。その子孫が安房(千葉県)に移住し、安房里見氏になった。

戦国時代の里見氏は、稲村城(館山市)を本拠に、上総の一部まで勢力を拡大したが、一族内部の抗争がはげしく、ようやく、義堯(よしたか)・義弘父子のころ、安定的支配が行われている。

義弘の施策として特筆されるのは、房総の海賊衆を掌握したことである。水軍を組織することに成功し、これによって江戸湾の制海権を握ることができた。領国規模からいって全く歯が立たないはずの相模の北条氏と敵対できた要因は、この水軍力であった。

延命寺断層

延命寺の南をほぼ東西に走る地震断層 延長4kmで、水田部では北側に比高約1mの断層崖、丘陵部は亀裂幅3m内外で南に低下(資料1)

延長6km 南落ち 崖の高さは1m~1m足らず(資料2)

既存の断層が地震時に大きく変位することや地震後も変位が継続することは知られていますが、通常時はどうでしょうか。延命寺断層では断層を 挟んで北側と南側にそれぞれ2点の計4点の基点を設け、これらの基線網から断層の動きが調べられました。2年間の4回の観測では測定精度を越えるような変位は観測されませんでした。観測期間が短いことから、長中期的な変動については今後の継続観測に委ねられるとしています。なお、毎年動いているような活断層は日本では知られていません。


延命寺断層は特殊な地震断層

日本で発生する地震は活断層が活動して発生する直下型地震とプレート境界がずれることによって発生するプレート境界型地震に大きく分けけて議論される場合が多く、暗黙の了解として地震断層は活断層が再活動すること(直下型地震)によって発生する断層をイメージしています。ところがプレート境界型地震である関東地震により出現した延命寺断層はプレート境界から2次的に派生した断層であって、通常の地震断層のように震源断層の延長部が地表に現われた断層とは異なります。

なお、世界にはサンアンドレアス断層(アメリカ)や北アナトリア断層(トルコ)のようにプレートの境界が地表に分布しているため、これらはプレート境界そのものが活断層であり地震断層です。
地震断層や震源断層についてはこちらを参照下さい。




参考資料

  1. 1923年の関東大震災と房州断層帯 千葉文化財専門委員、三芳村文化財審議委員 君塚文雄 1974
  2. 杉村新 関東地震と活断層 垣見俊弘、鈴木尉元編集 関東地方の地震と地殻変動 ラティス 1974
  3. 岩崎一雄他 三浦北武、房総延命寺断層の測地測量による変動結果 地質調査所月報 第25巻 第2号