十勝沖地震

マグニチュード7.5 1968年(昭和43)5月16日 9時49分発震

地震概要

< 「理科年表 2015」 より >

M7.9

青森県東方沖:『十勝沖地震』:青森を中心に北海道南部・東北地方に被害。死52、傷330、建物全壊673、半壊3004。青森県下で道路損壊も多かった。津波があり、三陸沿岸3~5m、襟裳岬3m、浸水529、船舶漂流沈没127、コンクリート造建築の被害が目立った。[1]

最後の[ ]内は今村・飯田による津波の規模

被害状況とその特徴

鉄筋コンクリート造建物の被害

函館大学の鉄筋コンクリート造4階建て校舎の1階が完全につぶれました。その他、むつ市庁舎、八戸市庁舎、三沢商業校舎などの耐震性が大きいと考えられていた鉄筋コンクリート造の建物が被害を受けました。鉄筋コンクリート造の建物の被害は注目とともに大きな衝撃を与えました。

地震前の降雨と地震被害の増大

青森県では地震の前日までの3日間に100mm以上の大雨が降り、地盤が緩んでいたことから、青森県の尻内~五戸間および北海道函館の恵山山麓などを始めとして斜面の崩壊が多発しました。

その他

地震動によってマイクロ回線のアンテナの方向がずれ、一時通信が完全に停止しました。地震時に有線である電話が不通になるのは当然としても電波による通信が不能になるという新しい経験でした。

十勝地震以後

十勝沖地震が契機となって、次のような対応がみられました。

  • ・鉄筋コンクリート造建物の構造上の問題や地盤との関係が見直されました。
  • ・昭和46年に建築基準法が改正され、鉄筋コンクリート造の構造規定が強化されました。



参考資料

宇佐美龍夫 新編 日本被害地震総覧 東京大学出版会 1996

藤井陽一郎 日本の地震学 紀伊国屋新書 1967

編者 宇津徳治他 地震の事典 1987