Over The End Of Story

 朝の空気が冷たい、緑濃い森の奥。
 同じ色に浸された灰色の遺跡がひっそりと佇んでいる。
 その前に、トリスは立っていた。
 壁に触れてみると、凍りつきそうなくらいに冷たい。
「…………」
 小さな声で何事かを呟くが、応じるものはない。
 トリスの口元が歪んだ。
 手を激しく壁に打ち付ける。
 冷たさと痛みに構わず、吐き出すようにして言葉を紡いだ。
「ネス……アメル……待っててね」
 開いた手を壁の上でゆっくりと握り締める。
 眉を詰めながら言葉を続けようとするのを、背後からの彼女を呼ぶ声が妨げた。
 トリスはのろのろと背後に振り返る。
 トリスを呼んだのは、ルウだった。
 ルウだけではなく、彼女の背後には旅で出会った仲間達がいる。
「ここにいたのね。どっか行ったのかって思っちゃったじゃない」
「……心配かけてごめんね。皆」
 ルウは更に何か言おうと口を開いたが、うまい言葉が見つからなかったらしく、首を横に振ってトリスに並んだ。
 先ほどまでトリスがしていたのと同じように遺跡を見上げる。
「大丈夫?」
「?」
 トリスは疑問符を浮かべてルウを見る。
 ルウはトリスに横顔を見せたままだったが、そこには気遣いの色があった。
「半巡り。たったそれだけでキミは凄い魔力を身に付けて帰ってきた。どこで何をしてたかは知らないけど……そんな膨大な魔力が安定するのって、かなり時間がかかるでしょ。なのに、それを待たないなんて無謀だわ」
「……でも、そんなの待ってたら、ネスもアメルも助けられないよ」
「分かってる筈よ。不安定な力を使って下手したら、二人を助けられないどころか、キミもタダじゃすまされないんだよ?」
「大丈夫だよ。失敗しないから」
 その言葉にルウは眉を上げてトリスの方を向いた。
 トリスは微笑を浮かべていた。
 快さよりも、力と決意を感じさせる。そんな微笑を。
「失敗なんてしない。絶対成功させるわ」
 微笑と視線に力を込め、トリスは皆を見る。皆もトリスを見た。
「悲しい結末なんて認めない。
 もしあたしに、本当に調律者という運命の糸を律する力があると言うのなら。
 その力全部を使って、新しい物語を始めてみせる。
 悲しい結末を覆す物語を」
 一対複数の視線が交錯する中、緩やかにトリスは手を胸の前に掲げる。
「皆、力を貸してくれる?」
 皆の反応はそれぞれ違ったが、ただ一つだけ、皆は同じ行動をとった。
 トリスの手に皆が手を重ねる、ということを。

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