「始めるのか?」
 背後のトリスにギブソンは振り返った。
 トリスは頷くと、ギブソンの隣に立つ二人を見やった。
「エルジンもカイナもよろしくね」
 トリスの言葉に、二人も肯定を示す。
「ええ、どこまでお力添えになれるかどうかは分かりませんが、私の力、貴女に預けます」
「任せといてよ、お姉さん!」
「本当は、あの方も来られたら心強かったのですが……」
 申し訳なさそうに言うカイナに、トリスは首を横に振る。
「しょうがないよ。短期間に二度もサプレスの魔力がリインバウムに流れ込んだんだもん。それではぐれの悪魔とかが活性化してるんだよね。それでシャムロックも有志を募った騎士団を結成して、色んな所に悪魔討伐にいってるって聞いたわ……サイジェントも魔物が多くて、あの人達も自分達の町を守るので手一杯なんでしょう?」
 二度目はあたしのせいだけど、と肩をすくめたトリスにエルジンが言う。
「お姉さんのせいじゃないよ、あれは。仕方なかったと思う」
「ええ……あんまり御自分を御責めにならない方が良いと思います」
「ありがと」
 心配げな二人の視線にトリスは目を細めてみせた。
 そのトリスの背後から、彼女の頭に誰かが手を乗せる。
「ほらほら、始める前にご挨拶しなきゃいけない人が来たわよ」
 手の主であるミモザはそう言って、トリスの頭を強引に自分の方へ向かせる。
 強制的に後ろを向かせられる体勢となったトリスは、しかし、ミモザの後ろに立つ人に目を見開いた。
「……ラウル師範!」

「久しぶりだの。最後に会ったのは……出発の際だったか」
「……はい」
 そうか……とラウルは感慨深げに頷く。
「随分と昔の事のように思えるが……実際はまだ一巡りも経っておらんのじゃよな」
「……師範」
「ん……?」
「ごめんなさい」
 突然の謝罪に、ラウルは戸惑った顔をする。
「何がじゃ?」
「……ネスのこと……です」
 きゅっと唇を噛んだトリスの頬に、そっとラウルの手が触れる。
「いいんじゃよ。これもまた、あやつの選んだ道じゃ。強いられた不本意な道よりも、あやつには本望だったのじゃろうて」
「……でも」
 トリスは何か言おうと顔を上げ、次に項垂れて力なく首を振り、代わりの言葉を発した。
「……どうしてなんでしょう。ネスはあの森に行く前に、あそこに行くならあたしを殺さなくちゃいけなくなるって言ったんです」
 ラウルは驚いた様子もなく、静かにトリスの言葉を聞いている。
「でも、最後までついて来てくれるっていってくれて……あたしよりネスの方が辛くって、苦しくて堪らなかったのに……あの時、アメルと一緒にあたしを生かしてくれたんです……なんにも知らなかったあたしの事が、きっと憎くて堪らなかったのに……どうして彼はあたしと一緒にいてくれたんでしょう」
 微かにトリスの肩が震える。
 その頭に、ラウルの手がふわりと乗せられた。
「……それは、ワシではなく本人に聞くべきじゃな」
「え……?」
 微かに潤んだ瞳でトリスはラウルを見上げる。
 揺れてぼやける視界の中で、ラウルはただただ透明な微笑を浮かべていた。
「お前は現状を良しとしないのじゃろ? それを変えるために、今ここに居るのではないか……違うか?」
「…………」
「ワシが今お前に言える事は少ない……ただ、これからお前の行く道の傍らに、お前の求める者達がいる事を、ワシは願って止まないよ」
 その言葉を聞きながら、トリスは瞼を閉じた。
 堪えすぎて、熱を失った涙が一滴だけ頬を伝っていく。
 小さく、ありがとうございます。と呟き、トリスは一礼。
 それだけでトリスは頬を拭って瞳から涙を消し、代わりに意思を強く浮かべて戻っていった。

「始めましょう」
 機界ロレイラルの黒いサモナイト石と霊界サプレスの紫色したサモナイト石。
 そして金色の髪飾りと大量の紙片。野菜、眼鏡入れ。
 それらを前にトリスは魔法杖を構えた。

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