過去ログ210(2003年〜10月31日)


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黒人 投稿者:太田守人  投稿日:10月31日(金)12時55分34秒

黒人のズングリムックリ体系ですが,あの体系は,表面積が小さくなるそうです。そこで,太陽の強いアフリカでは,皮膚からの蒸発等で,もっとも良い形だそうです。
アメリカ大陸のオルテガ文明だったかで,黒人の形をした石像があるそうです。
人類の最初は黒人で,黒人がヨーロッパに渡り白人になり,その白人がアジアに来て,黄色人種になったそうです。黄色人種は,アジアに適応した体型だそうです。



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きんたろうさん 投稿者:太田守人  投稿日:10月31日(金)09時47分10秒

>人類もアフリカの女性にたどり着けるという事なのでしょうか??

そうです。現存の人類の親だそうです。日本人は,9人の母親がいるそうです。これを9人のグレート・マザーと言います。
アルコールがまるっきりダメな人がいますが,このような人は,黄色人種だけで,5,000年前だったかに,中国にいた女性の遺伝子を引っ張っているそうです。



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ガラパゴス 投稿者:太田守人  投稿日:10月31日(金)08時17分56秒

ガラパゴスには,海イグアナもいますね。イグアナが海に居るのは,ガラパゴスだけだそうですね。
環境による進化が多数を占めるそうですね。進化論では,突然変異による進化もあるとか・・・。
進化論は,一時否定されたこともあったそうですが,現代は,総合的進化論というか,新進化論が主流をしめるそうです。
それと,生物の発生には,海と隕石と雷が重大な作用をしたとか・・・。隕石に付いて来た,アミノ酸が海中に落ち,そこに落雷があり,生物が発生したと言う説がつよいそうです。宇宙には,大量のアミノ酸があるそうです。



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サラブレッドは 投稿者:きんたろう  投稿日:10月31日(金)02時26分08秒

血統を遡れば3頭にたどり着く(名前は忘れました^^;;)と言われています。
人類もアフリカの女性にたどり着けるという事なのでしょうか??

黒人と白人の骨格は似ているような印象を持っています。
でも肌の色はこちらに置いたとしても、首から上の部分が全く違っていますよね。

モンゴロイドの場合は同じ四つ足動物でも、ライオンと馬ほどの違いがあるような感じがします(;^_^A



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環境の変化 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:10月30日(木)21時41分46秒

で突然変異がありますよ。
確かガラパゴスかどこかでは、陸の動物が海に入ったとか(その逆?)、
オスがメスの性質も持ち始めたとか聞いたことがあります。

ボノボという種は、人間の言葉も理解するなど、知能はかなりのものと。
アメリカではボノボを使って言語を覚えさせる実験もやっています。
いつだか日本の中学生が、衛星回線でこの実験に参加したのですが、
彼らの英語が聞き取れなかったか何かで、実験のボノボはやがてツムジを曲げ、
この企画は残念な結果に終わってしまいました。

淘汰・進化というと、テレビで翼竜の模型を作る実験を見ました。
様々な翼の形の翼竜を作り、空を飛ばせる。
しかし何種かは飛ぶことなく墜落していった。これが淘汰でしょう。
空を飛んだものを、それぞれまた少しずつ改良していくと、
だんだんと能力差が開いてくるから、最優秀のものだけが残っていくのです。
また改良方法が違っても優秀な奴は出てくる。これが別種誕生なのでしょうね。

改良も初めは大きな変化を加えなければならなかったが、
代を経るごとに改良は小さくなっていくそうです。



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核戦争より 投稿者:太田守人  投稿日:10月30日(木)16時47分39秒

核戦争より怖いのが,紫外線です。地球上の生物は,ショウジョウバエを除き,紫外線に反応しないそうです。それは,紫外線がオゾン層により守られているからです。
紫外線は,放射能より怖いです。恐竜の滅亡に,オゾンホールにより,紫外線が降り注ぎ,紫外線により,恐竜初め地球上の殆どの生物が絶滅した,大絶滅になったという説もあります。
ショウジョウバエですが,紫外線に敏感に反応する為,地球上の生物でなく,太古に宇宙船に乗ってやってきた,地球外生物だという説もあります。



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太陽 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月30日(木)16時26分04秒

赤外線や紫外線など太陽光線による遺伝子の変化というのも有りかもしれません。
太陽系を司る太陽に生命体は支配されているのでは。
これ、太陽信仰に近い思想ですが。

それこそ、核戦争で放射能を浴びれば遺伝子情報も変化するのではないでしょうか。



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ネッシー 投稿者:太田守人  投稿日:10月30日(木)12時15分44秒

スコットランドのネス湖のネッシーですが,ここに水生恐竜か水生爬虫類がいたとしたら,数10頭だったか十数頭いないと種の保存が出来ないそうです。ネス湖に,巨大生物を,これだけ生かすだけの餌があるんかいな?という疑問があるそうです。
もっとも,ネス湖は地質学的には新しい湖で,恐竜華やかなりし頃は,まだネス湖自体が存在していなかったとか・・・。
しかし,学問と言うのは,夢を壊しますよねー。月も,ウサギさんが餅つきしていた方が,良かったかもしれませんね。(爆)



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(無題) 投稿者:太田守人  投稿日:10月30日(木)09時43分16秒

>誰がするんですかという話になりますよねぇ?

主なる父,つまり神様です。ハイ。(爆)

私は,人類水中進化説が,今のところ一番無理がないかなーと思っています。ただ,この説にも重大な欠陥があります。もし,水中で進化した場合,なんで性毛ろ腋毛だけ残ったのか?ということです。
頭髪は,息継ぎの時,太陽等から守る為に残ったという説明がつきますが,性毛と腋毛は説明がつかないと思います。
生物学でも,人間の性毛と腋毛は最大の謎だそうです。



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遺伝子操作 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月30日(木)08時54分53秒

完全に太田さんに嵌ってますが(笑)

太田さんのお話を聞いていたら、猿人から人間の進化論にも突然変異説にも無理があるように思われてしまいます。

だとしたら、残された手段は人工的な遺伝子操作ということになりますが、
誰がするんですかという話になりますよねぇ?



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2足歩行 投稿者:太田守人  投稿日:10月30日(木)08時36分23秒

陸上で進化する限りは,4足歩行から2足歩行に移行するメリットが少ないと思っています。エテ公は,森で生活してますが,類人猿は草原に出てきたといいます。草原の方が,天敵に襲われやすいし,4足歩行の方が早く逃げれます。更に,体毛があった方が,寒さに強い。陸上で進化したとすれば人類は,進化論から外れています。
それと,突然変異ですが,その突然変異した種が持続するには,1頭だけでは生殖できません。複数突然変異しないと,種が持続しません。私は,種が持続するだけの同時突然変異は,ありえないと思います。又,突然変異した種は,生殖力が低下していることが多いそうです。勿論,人類突然変異説もありますが,これには同意しません。ただ,遺伝子操作等で,人工的に突然変異させれば話はべつですがね。
確か象さんと鯨は,親戚だとか聞いた事があります。そこで,象は鯨が再上陸して,進化したのではという説もあるそうです。アフリカ象は,体毛が濃くありませんので,ありうるかなーと思っていますが,鯨みたいな大きなものが,陸上に上がると,浮力がなくなります。相当短期間で,骨格構造が変わらないと,内臓に大きな負担がかかり,進化できないとは思いますが・・・。



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HPの作り方^^ 投稿者:きんたろう  投稿日:10月30日(木)04時39分03秒

確かに以前はhnさんの言われるように、HPを作るのはなかなか面倒だったように思います。
タグで囲って自力でhtmlにするのは労力が大きすぎました。
また、それだけ時間を掛けても何故か表示されないとかトラブル??もあったようです。
これは殆どが設定ミスだったと思いますが、なかなか見つけられないものですよね。

でも今はかなり簡単にHPを立ち上げることが出来るようになっています。
一番簡単なのは。。。
gooとかガイアックスの簡単ホームページを使うことだと思います^^
これだと1分で「マイ・ホームページ」が完成するからです。

HPスペースがあっても、何を訴えたいのかというものが無ければ、HPの意味はありません。
でもhnさんや太田さん、菊池さんは膨大な知識を持っているのですから、HPを作ったら何を載せるかという点を既にクリアしているわけです^^

ちなみに私は作成にHPBを使っていますが、これは使いやすいのでお奨めですよ。
編集済



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ヒトの発生 投稿者:hn2602  投稿日:10月29日(水)23時11分12秒

現在の人類の起源については、アフリカの大型類人猿と共通の根幹から進化したことは定説となっています。ただ、類人猿とmacaca属(macacus)即ち日本猿や赤毛猿などの真猿類の祖は、アジア起源説もあり(京大霊長類研などが、ビルマ=ミャンマーなどで古い猿の化石を発掘した)、まだ完全に決着がついたとは言えないようです。

類人猿の内、ギボン類(テナガザル)とオランウータンは、東南アジアに棲息しており、真猿類から、類人猿がアジア南部で発生したと考えて矛盾はありません。ラマピテクスなどの古い類人猿の化石も出土(インド)しますから。
しかし、人類のアフリカ起源については、人類に最も近いとされる現世大型類人猿のゴリラとチンパンジー(以下チンプと略)が、アフリカ産であり、その祖とされる化石も出土(ドリオピテクス類)することから、確実でしょう。まず、ゴリラ・チンプ・ヒト共通の祖から、ゴリラの祖先と、ヒト・チンプ共通の祖先が分岐し、次いでヒト・チンプ共通の祖先から、500〜600万年前に、ヒトと、チンプが分岐したと考えられています。チンパンジーは、更に現在の「ナミチンパンジー」と「ボノボ(ピグミーチンパンジー」の近縁の2種に分岐しました。チンプは、ゴリラよりもヒトに近いと考えられることから、霊長類学者の中には、チンプを類人猿ではなく、「亜人」と呼ぶ人(江原昭善氏)もいます。

勿論、最初の人類は、ヒト属(Homo属)でもなく、オーストロピテクス属に分類されています。アフリカで進化して、ホモ(ヒト)属になった後、出/脱アフリカ(第一次)を果たしたのが、北京原人や直立猿人に近いグループですが、このあたりの分類はややこしく、ホモ・エルガスターとかホモ・エレクトゥスとか、あるいはヨーロッパのホモ・ハイデルベルゲンシスとか、もう少し整理して欲しい種名が並んでいます(まとめて「原人」とすることが多いようです)。

これら世界各地に進出した「原人」の内、アフリカで進化し(20〜30万年前)たのが、我々現生人類の属する「ホモ・サピエンス」(新人)であり、このグループが、第二次出アフリカを果たし、ヨーロッパ人やアジア人(モンゴロイド)になったとされています。

ミトコンドリアDNAの共通の祖(ミトコンドリア・イヴ)や、Y染色体の現世人類の共通の祖(アダムというべきでしょう)の生存年代は、大体15〜20万年前とされています(先ず30万年前より古いということはなさそうです)。



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進化ではなく自然淘汰では 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月29日(水)21時51分57秒

だんだん、考えが変わってきました。

人が水中で生活を始めたら、子供や孫の毛が少しずつ少なくなっていくものなのでしょうかねぇ?
私は環境に適合しない生物が滅びていくだけだと思うので、ダーウインの新化論には正直疑問を感じています。
環境の変化で自然淘汰した中での生き残った生物が進化したように見えるのではないでしょうか?

古くからいた猿人が滅び人間が生き残ったといった具合で。
だいたい、恐竜も環境の変化があった時進化出来ず滅びたのでは。

遺伝子による突然変異は認めます。
ですが、環境の変化によるものなのでしょうか。
親がいくら勉強したり、スポーツを頑張った所で子供の遺伝子が僅かに変化を成す訳でもないと思いますし。

人類の起源はチンパンジーから進化したというよりも、
見えざる何かによる、いきなりの突然変異か、突然発生ではないでしょうか?

もしかしたら、科学というより神話なのかも知れないですね。



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チンパンジー以外の… 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:10月29日(水)20時22分13秒

人間とチンパンジーの間には

ボノボ

という種がありますね。
こちらのほうがチンパンジーよりも有力かと思っています。



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トンデモ説で・・・ 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)17時18分53秒

>突然、神が人間を造ったという訳ではないと思いますので、

ところが,この説を唱える学者もいます。天地創造説という奴で,結構居るそうです。
因みに,神は宇宙人で,宇宙人がチンパンジーを捕らえてきて,遺伝子操作をやり,自分に似せたエテ公を作った。ところが,遺伝子操作にミスり,そのエテ公を捨てていった。それが人類だと。
十戒に,神が肉を焼けと下世話なことを言ってます。それと,人間の女性と神が姦通したと言う話は,中東あたりに沢山転がってるそうです。そこで,この遺伝子操作の説になるわけです。
人類水中進化説の都合のいいのは,エテ公から人間に進化するのに,水中で進化した為,このミッシング・リンクの化石は,全て海中にある。ということだそうです。
この人類水中進化説は,イギリスの自然科学の分野では大変権威のある,ネーチャー誌に載りました。この雑誌は,まず神話は載せません。この雑誌に載るということは,相当信憑性があるということだそうです。
ただ,ネーチャーは,第2次大戦の時,バトル・オブ・ブリテンで,レーダーについて載せた事がありましたが,この時は,風見鶏が警告を出せる間は,イギリスは負けない。という訳の分からない文書で書いてあったそうです。このネーチャーを見て,不思議に思った学者や技術者が,相当いたそうです。



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(無題) 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)16時59分10秒

ただ沖縄の港川人が日本列島にきたのでは?という説には魅力を感じています。中国から日本に来るには,沖縄の列島線を海流から考えると,どうしても通らなければなりません。
まず,沖縄で一休みして,日本に来た。と言うことは,充分ありえると思います。



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菊池さん 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)16時46分30秒

>猿の段階で世界各地のバラけた可能性についてはどう思いますでしょうか。
そうだとしたら、猿は温暖な所に集中すると思われますので、
九州にも猿人がいたかもしれないと思います。

これはないでしょう。エテ公が人類に進化したのは,アフリカというのは,人類学の現代の定説のようですよ。
ただ,エテ公から人類に進化したことを証明する化石はなく,ミッシング・リンクだそうです。
もっとも,大きな謎が2点あります。
1.何故速く走れる4足歩行を止め,2足歩行に移行したのか?確かに,2足歩行になったことで,脳の容積は大きくなれたそうですが,その前に,2足歩行なら移動のスピードは確実に落ち,かつ,脳が重くなった為,バランスがとり難くなるそうです。こうなると,天敵にやられ,種の保存が難しくなるそうです。
2.何故体毛が消えたか?体毛が消えたお陰で,衣服等がないと寒さに弱くなります。
以上が,進化論に相反している謎だそうです。
そこで,出て来たのが人類水中進化説です。天敵に追われた,チンパンジーの一群が海に逃げ込んだ。海中で進化したため,体毛が消え(体毛があると水中抵抗が増えます。),2足の方が4足より,深いところに立てます。そこで,2足歩行になった。そして,その後水中で進化した人類の一部が上陸した。水中に残った人類が,人魚や河童という水中人類であった。と言う説です。
人類がチンパンジーから進化したのは,間違いないそうです。チンパンジーと人間の遺伝情報の差異は,数パーセント(約5%だったと思います。)だそうです。
チンパンジー以外のエテ公から,進化したとはその遺伝情報の差異により,現代の学問では絶対ありえないそうですよ。



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科学か神話か? 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月29日(水)16時08分30秒

猿の段階で世界各地のバラけた可能性についてはどう思いますでしょうか。
そうだとしたら、猿は温暖な所に集中すると思われますので、
九州にも猿人がいたかもしれないと思います。
もしかしたら、そこが天孫降臨地だったりして。

ですが化石が発見されたという話は聞いてないので、完全に空想の世界です。
突然、神が人間を造ったという訳ではないと思いますので、
やはり、猿から猿人、猿人から人間と進化したのだと思います。

でも、遺伝子自体は何百万年も前から何億年後の形・情報が決められていると思いますので、
環境変化による進化というのも科学的ではなく、
あらかじめ、なにかの所以で遺伝子情報が設定されていたとするならば、
誰が遺伝子情報を設定したのかという話になり、むしろ神話的ですけどね。

人類の根源の話の行き着く先は科学なのか、神話なのか?

編集済



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DNA鑑定 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)13時45分30秒

人類の先祖は,200万年前だったか,アフリカの大地溝帯に住んでいた女性だった。と言うことが,確認されているそうです。この女性は,グレート・マザーと言われています。
アフリカが人類の発祥で,そこから各地にバラけたというのが,今の定説だそうです。当時は,地中海は,盆地で人類はこの盆地を通って,ヨーロッパに行き,アジア等に移住したそうです。
ただ,この女性の親が,人類だったかは不明だそうです。



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菊地さん 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)13時37分35秒

弥生時代の話です。縄文人は,先住民族で先にいたと思います。
喜界カルデラという大噴火が縄文時代にありました。鹿児島のシラス台地は,桜島より,この喜界カルデラの大噴火が元になったそうです。
そこで,九州は喜界カルデラの噴火で,全滅したように思います。そこで,縄文人は北と南から来たが,この噴火で,九州を離れたのではないでしょうか?この喜界カルデラの火山灰は,三内丸山にも積もっているそうです。
この噴火が落ち着いてから,九州に人が住んだように思います。



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原住民 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月29日(水)13時09分53秒

5000年前の遺跡で青森三内丸山遺跡がありますが、
倭人は、縄文時代にはむしろ東から西に流れて来たという可能性もあるのではないでしょうか?

太田さんの言われる二つのグループの他に、
もう一つの大きなグループとして、
5000年前には既に列島原住民がいたのではないかと思います。

それとも、人類発生地に日本列島は含まれていないのでしょうか。
猿は日本にも生息してますよね。
これらが突然変異で進化して猿人そして日本人になったという可能性もあると思います。

突然変異って誰が決めるのでしょうか?
実に不思議な現象です。

編集済



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倭人 投稿者:太田守人  投稿日:10月29日(水)12時12分24秒

私は,日本列島に来た倭人は,大きく2系統あると思います。ひとつは,金官・伽羅辺りから来たグループと中国江南から来たグループです。
黄海は,山東半島辺りから黄海を一周する海流があります。また,山東半島から直接,金官あたりに行く海流もあるそうです。朝鮮半島の先に,このような倭人のテリトリーがあったと思います。
私は,まずこの朝鮮半島の連中が,出雲から越辺りに来て,その後,中国江南の連中が,秦の焚書坑儒により渡って来たと思います。そして,後者の中国江南辺りから来た倭人が,大和朝廷を建てたように思っています。



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HPなんてとんでもない 投稿者:hn2602  投稿日:10月29日(水)00時28分08秒

きんたろうさん、HPなど全く考えていません。
ロトさんは良くご存じですが、パソコンの初心者(それも超々々々がつきます)なので、HPなど「夢のまた夢」といったところです。時間と金ができれば、何れはと願っていますが、貧乏暇なしで、おまけに、医者の不養生、紺屋の白袴、ということわざ通り、健康面も自信がありません。

宝くじでも当籤すれば、時間が出来、パソコンに詳しい人にでも個人的に習って、HPに挑戦したいと思いますが、、、、。



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ペギラさん 投稿者:きんたろう  投稿日:10月28日(火)22時16分58秒

タイトルに注目されているのは流石ですね(^o^)
まさにその通りで、書こうとしているのは「野望」なんですよ、笑

太田さん
タイトルこそ最も訴えたいことを端的に表しているものですから、要するに結論部分なのですが。。。笑
ここに達するまでに枚数がかかりますので、もう少し待って下さい。

菊池さん
>hn2602さんの倭人北方起源説に洗脳されていましたので(笑)
>きんたろうさんの説が新鮮に観じてしまいました。

おお^^
それはありがとうございます。
hnさんの説はかなり壮大なスケールですから、そろそろHPを立ち上げる段階に入ったような感じを持っています。

皆さんが理解されているように、人の交流の事実があったという事ですよね。

hnさん
HP立ち上げの予感がするのですが??
どうなんでしょうか??
ドンピシャリですか??^^

話は飛んでしまうのですが。。。
金春秋の親(だったかな??)は葛文王文興(=龍春)です。
これを見てピンと感じたのは、「龍樹」という言葉でした。
何しろ、龍樹=ナーガですから、笑

思いっきり仏教的な名前になっているところから考えると、これはかなりアヤシイような気がしています、自爆かも(;^_^A)
編集済



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早速 投稿者:きんたろう  投稿日:10月28日(火)22時14分46秒

ありがとうございました^^

>日本の「支配層」というか、皇祖は朝鮮半島からの一族であるという考えに思いっきり捕らわれているitunoです。^^;

>きんたろうさんはもし日本の支配層が朝鮮半島からやってきた一族ではない、と考えるとしたら、では「日本の支配層」はどのように培われて行ったと考えておられるのでしょう?
>「天孫降臨」や「天之日矛」・「都怒阿羅斯等」伝承はどのように解釈されますか?
またスサノオと新羅の伝承については?
>私など神話を読めば読むほど、皇祖と百済というより新羅との関わりが気になり、いろいろ想像し空想の世界に浸っています。

皇祖についていろいろと想像されるのは楽しいと思います。
でもいくら「オフィシャル」だとはいえ、やはり他人様の先祖ですから、桓武天皇のような例であれば別ですが、始祖を朝鮮系であると勝手に決めつけるのはどうかな??と思っています。
何しろ、本当に本貫地が朝鮮半島であるなら、それを隠す必要性など全くないからです。

約2000年前くらいの、日本の歴史時代が始まった時には、既に日本語が出来ていました。
ここから考えられる結論は、既にこの時点では日本列島内の集団がある程度のまとまりや「力」を持っていたであろうというものです。

神話についてですが、これは独立して在るものではないと考えています。
ですから、民族だけのものも存在するのかもしれませんが、似た伝承を各部族に取り入れられない方が不自然だと思います。

天の日矛については、書かれているように、そのような人がいたという事だろうと思っています。
これ以上想像力を発揮することは可能ですが、結論を1つに持っていこうとするのは難しいように思っています^^;;

また、スサノオの異伝にしても同様であると考えています。

「海の向こうに在る」はずだと心を躍らされるのはよく分かります。
でもそれを検証するためには、例えば朝鮮半島の歴史や状態をよく知る必要があるのではないでしょうか??
海の向こうには「この世の楽園」在るはずだと思ってみても、それは思いこみの中にだけ存在するものであり、現実に存在するのは遙かに過酷な環境の荒野だったのかもしれません。
編集済



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宝皇女 投稿者:太田守人  投稿日:10月28日(火)12時14分25秒

皇極・斉明というより,宝皇女といったほうが好いと思いますので,こちらを使いますが,私は,非常に可哀相な女性だったと思います。中大兄という欠徳の人物の母親だった為,翻弄されたのが,彼女の一生だったと思います。
彼女が起こした,大土木工事も,私は中大兄一党の巳支の変の反動だったのでないでしょうか?
私は,宝皇女が高向王との間に設けた,漢皇子こそが後の天武だったと思っています。高向王は,蘇我入鹿でなかったかと考えています。自分の夫(だったかもしれませんが・・・)を,息子に見ている前で殺されたのですから,その寂しさを埋めるのが,土木工事だったように思います。
また,巳支の変後も蘇我の隠然たる勢力があり,そのため,中大兄皇子がすぐ即位出来ず,風除けに母親を使ったのだと思います。
これは,私の妄想ですが,壬申の乱で大海人に味方したのに,結構,蘇我本宗家の勢力がいたように思います。
きんたろうさんには,そのようなご趣旨はないのかも知れませんが,斉明の野望というより,同情すべき斉明と言う方が,私は良いように思っています。



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菊地さん 投稿者:太田守人  投稿日:10月28日(火)08時21分21秒

韓国の考古学者で,数年前金官・伽羅は,出雲が建国した。という説を出し,韓国内で大騒ぎになったことがありました。
私は,金官・伽羅と倭は同一人種だったと思ってます。半島の倭人のテリトリーが,後世の任那日本府だったと思いますよ。
私は,出雲の最大版図(というか勢力圏内)は,諏訪辺りまであったと思っています。そこで,但馬にしても,半島の倭人と同じ民族が居たと思います。



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早速 投稿者:きんたろう  投稿日:10月28日(火)02時20分55秒

読んで頂いて有難うございました。

また、色々と参考になりそうな意見を有難うございます。
今回の分のプロットは出来上がっているのですが、まだどうなることか分かりません(;^_^A)
今日は遅くなってしまったのでまた明日^^



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ツヌガアラシト 投稿者:hn2602  投稿日:10月27日(月)22時55分45秒

やアメノヒホコが、新羅(の前身)の支配層の出身で、日本に移住し、但馬その他に部族国家を形成したことについては、私は史実の反映と考えています。前にMinnstrelさんの掲示板で、多少論議したことがあるかと思いますが、半島南部に地歩を確立した(遼河方面より南下した)倭人集団の内、慶尚北道方面の倭人は「シロ(斯盧、日本語の『白』の音を写したと考えられる)」国を建国しますが、後続の韓族集団の南下に押され、倭人の残存部族は、列島に入り、残存者は、韓族に同化される運命を辿ったものと思われます。三国史記新羅本紀によれば、新羅王家は、朴氏→昔(積)氏→金氏→朴氏と三姓が交替していますが、中国史書などで現れる王家は、「金氏」であり、新羅末期になって、「朴氏」が王位につきます。これらの事実から、新羅王の最初の三代の「朴氏」の諸王は、実は、新羅末の朴氏の金氏からの王位簒奪を正当化するとともに高句麗や百済よりも新羅の建国が古いことを主張するためのもので、到底史実の反映とは考えられません。

それでは、第四代脱解尼師今に始まる「昔氏」の伝承はどう解釈すべきか?脱解が、倭人であると考えられることが、重要な意味を持ってきます。脱解は後代の史料も併せると、「倭国〜女王国」の東北千里の「多婆那国、竜城国、花廈国(他略)」の出身とされています。三国史記では、昔(積)氏は列島から半島に渡ってきて、朴氏の王の女婿となって、王位を継承したとされていますが、朴氏が新羅最初の王家でない以上、金氏に先立って、「昔氏」が王位にあり、しかも倭人であるという伝承があったということになります。昔氏が、「多婆那国」(但馬?)あるいは、「花廈(かか)国」(加賀)の出身だという伝承は、「倭人の昔氏王朝」の子孫が、但馬(多婆那国?)あるいは出雲(出雲国加賀郷)あるいは古志(加賀国)に移住して行ったという情報〜伝承が、新羅側にあったからでしょう。



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太田さん 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月27日(月)22時05分55秒

私としても出雲が新羅の影響を受けていたことに関してはその通りかと思います。

新羅皇子天日矛が但馬の豪族の祖とされてるわけがわかりません。

新羅皇子が新羅で即位せず日本に居を構えるということは、
・天日矛が亡命者だったとすると、列島内で但馬国主として勢力を張れないと思います。

・天日矛が新羅王家亜流で日本の但馬国主の豪族への婿入り。
そんなことあるんでしょうか?
但馬の者が外国人の血統を正統にとりこむことには地元が猛反対するかと思います。
但馬が新羅に敗れたというならわかりますが、
その反対の場合の可能性は無いと思います。
それとも新羅のもつ文明が予想以上に歓迎されてしまったのでしょうか?

あるいは、大和と新羅の折衝の末の成り行きで、但馬に有無をも言わせぬ異変を起こさせたのでしょうか?



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野望? 投稿者:ペギラ  投稿日:10月27日(月)18時44分57秒

野望というタイトルからして、朝鮮半島進出を企てた?かな??

このあたり、超トンデモ説を暖めていますが、
ひさびさに出張ってきましたので、面白楽しく少々。

どうして、百済再興の為に援軍を送ったか?
超斜めに見ても、不思議なことです。

結論から、
舒明=余障(武王)
皇極・斉明=武王妃
天智=翹岐
天武=余豊
トンデモ物語
その1
日本書紀、舒明三年(631年)に王子豊章という記述。
三国史記、632年義慈王が太子となる。
豊というのは、余豊
章というのは、余障(武王)
豊章という記述は、おかしなものである。
まさか、百済の歴史を日本書紀作成当時の編纂者たちが知らないはずはない。
人質としてやってきたのは、武王(章)と豊ではないだろうか。
義慈王に追放処分になった可能性はないだろうか。

日本書紀、舒明十三年(641年) 舒明崩
三国史記、641年武王崩御

その2
飛鳥庭園建造物
日本では、むちゃくちゃ画期的なもの。
斉明さんの時代と推定。
これと同じようなものが百済にある。
三国史記 634年
池を宮南に掘って、水を二十余里引き、周囲の岸辺に楊柳を植え、
池の中に島を作り、方丈の仙山になぞられた。

武王妃(斉明)は、翹岐といっしょに来た人か?
翹岐が日本に来たのは、皇極元年(642年)

その3
舒明・皇極(斉明)は即位していない(たけ説)

その4
百済滅亡後、日本にいた百済王家(余善光)の扱いは、
諸王と全く変わらない扱い(従三位)

などなど、
上記の人達をこのようにしてしまえば、
百済復興の為に兵を送ることは当然と言えば、当然。

歴史を新しくつくらないと難しい話ですが、
物語としては、結構面白いと思っています。



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元伊勢神宮 投稿者:太田守人  投稿日:10月27日(月)17時12分57秒

>ツヌガアラシトがなぜ、但馬国主に納まったのか不思議ではありますが、

不思議でないと思います。菊地さんはご存知でしょうが,浦島太郎の元になった,浦の島子伝説がある,篭神社は丹後半島の伊根と天橋立の中間地点にありますが,ここは元伊勢神宮とも言います。鬼で有名な大江山の麓にも元伊勢神宮があります。ここには,天岩戸神社ってものが横にあります。この元伊勢神宮は,祭り方は,伊勢神宮と同じで,内宮は天照,外宮は月読命です。そして,参拝の仕方も伊勢神宮と同じで,外宮から先にして内宮に参ります。
この他,丹後半島には,オーバーな表現を許して頂ければ,元伊勢神宮と言う神社が佃煮にするほどあります。
丹後半島あたりは,皇統の発祥地の一つだったと思いますし,武烈の時,倭彦王を迎えに大伴金村が儀杖を整え行った時,倭彦王は但馬に逃げ,行方不明になったと言います。これも,但馬は武烈に近かったのではないでしょうか?武烈が死んだ場合,まず血脈の近いものから皇統につけるでしょうから・・・。
出雲特有の四隅突出型古墳ですが,これは方墳の変形だと思います。方墳は,矢張り半島の影響だと思います。
越は,石川県小松市からオンドル構造をもつ,弥生時代の民家が4棟出土しました。オンドルは,騎馬民族というか、朝鮮半島から旧満州辺りの民族がこの辺りに住んでいたのだと思います。
私は,住環境と食習慣は,簡単に変えられるものでないと思っています。北海道に入植した時,床下のある日本家屋を作ったそうです。このため,冬季老人や子供が,バタバタ凍死したそうです。
私は,出雲から越にかけては,大陸の影響が非常に強かったと思っています。



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半島人の意識 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月27日(月)14時05分51秒

少々、hn2602さんの倭人北方起源説に洗脳されていましたので(笑)
きんたろうさんの説が新鮮に観じてしまいました。
私も大掛かりな半島からの移住は困難なことのように思えます。

スサノオは新羅の製鉄集団だという説をよくみかけますが、
これは新羅から出雲への侵略とは違い、出雲と新羅の強調政策・親密外交に近いものだったと思います。
結局、新羅の協力があったがゆえに古志からの姫君・朝貢要求を退けることができたのが、スサノオのヤマタノオロチ退治だったのでは?

ツヌガアラシトがなぜ、但馬国主に納まったのか不思議ではありますが、これも記紀神話を眺める限り、新羅からの侵略という風には受け取れないように観じます。

ただ、日本人は半島文化にはあこがれは持っていたと思います。

また、半島人は日本の軍事力に敬意を表していたと思われますが、
日本人の文化や制度は見下していたと思います。

というのは、
半島人は、日本が仏教という世界における普遍的宗教(世界交流の切り札)を導入する以前は、
土着神信仰に根ざした原始的国家といった認識だったと思います。
自分達が日本を教化していくんだといった気持ちでいたのだと思います。

三国史記で任那日本府が出て来ない所?
又、現半島人の見解では書紀に記されてる皇国日本を認めてはいないように感じられます。

只単に半島が日本よりも中国に近かっただけなんですけどね。
編集済



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きんたろうさん 投稿者:太田守人  投稿日:10月27日(月)12時35分53秒

斉明天皇の野望読ませて頂きました。
私は,白村江の戦いをこう想像しています。
西遊記で有名な火炎山の麓にあった,高昌国の国王鞠文泰ですが,この人唐の太宗のときに,家来が朝貢していますが,親父さんが隋の煬帝の時に,国王が朝貢したそうです。その時,煬帝は,ご存知のように見栄坊です。そこで,この時絹の敷物を引いたり,醜い木を絹で覆ったり,汚い民家を取り壊したりしたそうです。ところが,唐の太宗は,そんな無駄を嫌いました。彼は,質実剛健です。そこで,煬帝のように見栄を飾りませんでした。そこで,鞠文泰は,隋に比べりゃ唐なんて屁見たいものだ。逆らっても,ここまで攻めてこれまい。とたかをくくったそうです。そこで,太宗の国王自らの朝貢を断ります。これが,高昌国滅亡の原因になりました。
隋に朝貢してますので,日本もそうではなかったでしょうか?唐など隋に比べれば,屁みたい物だ。戦争すれば勝てる。と思ったのでないでしょうか?もし,倭が陸続きなら,滅亡は免れなかったと思います。
もっとも,先に百済を打つという戦法に泡食ったこともあると思います。唐を世界帝国にしたのは,私は太宗でなく,武則天だったと思います。唐の黄金期の玄宗の治世を築いたのも,彼女が見つけた群臣だったと思います。



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さっそく 投稿者:kituno  投稿日:10月27日(月)12時04分11秒

「斉明天皇の謎1」を読ませていただきました。
斉明天皇の時代については、考古学からも『日本書紀』の記述について裏付けるような発見が相次いでいますから、この時代の「白村江」について検証することは大変意義あることだと思います。

>記録にも伝承にも残されていないにも拘わらず、想像力だけで歴史再構築する事が許されて良いはずがないのです。

日本の「支配層」というか、皇祖は朝鮮半島からの一族であるという考えに思いっきり捕らわれているitunoです。^^;

きんたろうさんはもし日本の支配層が朝鮮半島からやってきた一族ではない、と考えるとしたら、では「日本の支配層」はどのように培われて行ったと考えておられるのでしょう?
「天孫降臨」や「天之日矛」・「都怒阿羅斯等」伝承はどのように解釈されますか?
またスサノオと新羅の伝承については?
私など神話を読めば読むほど、皇祖と百済というより新羅との関わりが気になり、いろいろ想像し空想の世界に浸っています。
古代に関しての史料は大変少ないので、想像力を発揮して歴史の構築を楽しむことは大いに許されるべきかと個人的には考えています。(実際、それを思いっきり楽しんでいます。)

「2」を書かれているとのことですが、王子豊障との関連からの考察も期待しています。
内容に関しての感想は「2」を読んでから。^^



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東の廓,西の廓 投稿者:太田守人  投稿日:10月27日(月)08時18分19秒

金沢には,東の廓,西の廓がありました。西の廓は,御茶屋街として観光地になってますが,問題は,東の廓です。今でも,ポン引きがいるそうです。西の廓は,江戸の吉原のような,一種の高級社交場でしたが,東は本当の売春宿でした。きんたろうさんの行かれたのは,ここでないですか?
それと,私が神戸に行った時,夜迷子になって生田神宮の側を歩いていたら,白人の女性が寄って来て,「私3万円。」と言われました。エイズが華やかなりし頃だったので,さっさと逃げましたがね。(爆)



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はは(;^_^A) 投稿者:きんたろう  投稿日:10月27日(月)00時03分38秒

さては太田さんは怖いお兄さんのいるスナックに入った経験があるのですね、笑
怖いお兄さんといえば、学生の頃金沢で会ったことがありましたよ(;^_^A)

レンタカーで旅行をしていたのですが、民宿と間違えて入ったところが「やくざやさん」宅だったのです。
出てきた女の人が、ヒステリックなスピッツみたいに五月蠅かった記憶があります。
運の悪いことに。。。
その敷地から出ようとしている時に「お兄さん」の高級車が入ってきたのです。
この人達はわざと狭いところに車を止めて、こちらが相手の車を擦るのを期待しているかのようでした。

一見して旅行中の学生が間違った事が分かるのに、何という卑しい態度だろうと憤慨したものです。
正直なところを言えば、プチンと切れて相手が一対一ならきっとボコボコにしていたと思います、笑

多分地元の人たちはその辺のエリアについてはよく知っているのだろうと思いますが、結構危険なゾーンもあるのでしょうね^^

江戸の町には糞尿汲みの仕事があったようですね。
田舎では有機物を簡単に土に帰す事が出来ますが、都市部ではかなり大変だったように思っています。
この話題については以前安部さんが出されていましたが、トイレのデータというものはあまりありませんよね。
でも、衣食住の中でトイレは間違いなく重要です。

フランスパンは堅くて長くて持ち運びに便利ですが、信号待ちの時にパリの石畳に棒(杖)のようにつく人がいると何かで読んだことがあります^^;;



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斉明天皇の野望1 投稿者:きんたろう  投稿日:10月26日(日)18時54分55秒

をアップしました。

本当は1と2を同時にアップしたかったのですが。。。(;^_^A)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~kintaro2/saimei1.htm



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水洗といっても 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:10月25日(土)20時50分40秒

ロンドンの下水はすべてテムズ川に垂れ流しですから、
決して水洗=衛生的ではなかったのです。

※といっても、もちろん現在のことではありません。
編集済



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>お水に注意!!  投稿者:ぶらいと  投稿日:10月24日(金)21時31分10秒

>窓から下の道路に投げ捨てていたと言われていますが、果たして本当なのでしょうか??

私もそのように聞いています。パリの町中変な匂いがしたらしいです。
それで踏んづけないように工夫されたのが女性のハイヒールだとか。真偽のほどは分かりませんが。(^^)

北京は下水道が良くないように聞いています。環境汚染も酷いようです。



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トイレ 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:10月24日(金)20時59分37秒

インドの話、とはいえ正確ではありませんが、尿運搬の仕事があったのです。
つまり水洗ではなく、大きな器に貯めたのをまとめて捨てるのです。
ロシアでも東シベリアで200年位前までこんな感じだったらしいので、
似たようなところは数多かったんではないかと。



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(無題) 投稿者:太田守人  投稿日:10月24日(金)12時09分37秒

>ところで、例えば長安とか北京などの場合はどうだったのでしょう??
世界標準の例に漏れず中国の都市も城塞に囲まれていますが、トイレが水洗だったというような話は聞きませんが。。。??^^;;

私が1985年に中国に行ったとき,空港やホテル,友誼商店(免税店)は全て水洗でした。後は,俗に言うニイハオ・トイレで,仕切りはありませんでした。照明が暗く,夜入った時に,大でしゃがんでいる人に,気がつかず蹴飛ばしそうになりました。
ただ,日本と違い公衆トイレが多くあったと思います。殆どは,ニイハオ・トイレですが,たまに有料トイレがあり,ここは綺麗でした。ただ,入口に相撲取りのようなおばちゃんがいて,しっかり料金を取ってました。



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RE:お水に注意 投稿者:太田守人  投稿日:10月24日(金)08時19分56秒

夜の町のお水にも注意しましょう。怖いおにいさんが出てきて,身包み剥がされますよ。



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お水に注意!! 投稿者:きんたろう  投稿日:10月24日(金)01時36分13秒

尿などを捨てる場合には、このように言いながら窓から下の道路に投げ捨てていたと言われていますが、果たして本当なのでしょうか??

これだとパリ市街はいくら煉瓦造りのビルが建ち並んでいたとはいえ、かなり臭気に覆われていたように思います(;^_^A)
衛生面から見てもかなりきわどいですよね。
だからこそヨーロッパ諸国の人口の1/3を失うベストの大発生があったのだろうと思います。
また、ほど大規模ではないレベルのものはあまり知られていないだけで、大流行以外のものは何度もあったのではないでしょうか??
そのためにパリ市などでは立派な下水道設備が出来たわけですよね。

ところで、例えば長安とか北京などの場合はどうだったのでしょう??
世界標準の例に漏れず中国の都市も城塞に囲まれていますが、トイレが水洗だったというような話は聞きませんが。。。??^^;;
編集済



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飛行艇 投稿者:太田守人  投稿日:10月23日(木)13時06分24秒

英語で飛行艇をフライング・ボートで,空港はエアー・ポートですから,そのままですね。空港を天孫降臨場にしたらどうですかね。(笑)

飛行艇といえば,チャイナ・クリッパーという,アメリカ西海岸から中国まで行く飛行艇の定期航空路がありました。これは,パンナムの創始者が開拓した,空路ですが,このパンナムの創始者が,図書館で世界地図を見ていたら,ハワイとウェーク島の間に,ゴミのような陸地を見つけました。そこで,このゴミのような島を,給油所にすればいいというアイデアが浮かび,このチャイナ・クリッパーが就役しました。
このゴミのような島が,太平洋戦争のターニング・ポイントのミッドウェー島でした。ただ,日本人は,ミッドウェー島と言いますが,正式には,ミッドウェー環礁で,サンド島とイースター島という2つの小島からなる,環礁です。
パンナムは,1920年から約10年をかけ,一番大きな島サンド島に,滑走路や給油所を設けます。パンナムは,約1万ドルの投資を,サンド島にしたそうです。
ミッドウェー海戦も,このサンド島の滑走路の爆撃から始まりました。戦後ミッドウェーは,日本からアメリカ本土行きの旅客機の給油地点になりましたが,今は,アホウドリ等海鳥のサンクチュアルになっていて,10年前までは救難用のコースト・ガードの巡視艇と数機のヘリコプターが配備されていたそうですが,今はいないそうです。ただ,桟橋と滑走路,燃料タンクは,救難用に使用するので,コースト・ガードが時々見回りに来ているそうです。そして,ミッドウェーへの立ち入りは原則禁止で,アメリカ政府の許可がいるそうです。



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きんたろうさん 投稿者:太田守人  投稿日:10月23日(木)11時20分26秒

>飛ぶという単語と蠅が同じであるのは、かつてはそこら中に蠅が飛び回っていた風景が西洋の社会でも見られたからではないでしょうか??

でしょうね。西洋のペストの大流行は,糞尿やゴミを道路に投棄していたことも,原因のようです。
信長が活躍した時代,日本に来た宣教師達は,台所の綺麗さに驚いてますので。
エリザベス1世は,潔癖症で引越しマニアだったそうです。問題は,トイレだったようで,トイレが汚れると,すぐ引越ししたそうです。水洗トイレになった途端に,お引越しを辞めたそうです。



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崇峻暗殺 投稿者:太田守人  投稿日:10月23日(木)08時23分08秒

黒幕は馬子になってますが,本当にそうでしょうかね?崇峻がイノシシを見て,このイノシシのように気に食わない奴をしたい。と言ったのが10月初め,暗殺が11月初めですから,1ヶ月のブランクがあります。両方とも何をしてたのでしょうか?書紀によると,馬子は一族に根回しをしてたようですが,謀反の謀議に1ヶ月も普通かけます?謀反なんて,拙速を尊びますから・・・。
もっとも,馬子が天皇で,崇峻が大臣なら,まだ分かりますが,それにしても,おかしいと思います。そして,古事記にはありません。天皇暗殺というセンセイショナルな出来事は,いくら記と紀の違いとは言え,もしあったなら,古事記も書いてしかるべきだと思います。
私は,日本書紀がもっとも捻じ曲げたのは,現代史の範疇だと思います。具体的には,武烈以降であったと思います。



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古代からの伝言 投稿者:きんたろう  投稿日:10月22日(水)22時41分04秒

が始まったのですね^^

古代からの伝言は小説方式を採りながら、日本書紀などを踏まえた本格的な読み物としてとても優れていると思います。
それに古代の人たちに対するとても暖かい作者の視点というか感情が良く分かる素晴らしい作品だと思っています^^
早く4冊目が出版されるといいですよね(って気が早すぎましたね、笑)

壬申の乱の行われた時期が白村江の戦いから10年くらい後である事を考えると、日本列島に外敵の押し寄せる可能性が皆無であったことを痛感します。

飛ぶという単語と蠅が同じであるのは、かつてはそこら中に蠅が飛び回っていた風景が西洋の社会でも見られたからではないでしょうか??
場末の食堂などでは今でもたまにありますが、食事中に蠅が入ってくると本当に鬱陶しいですよね。
わざわざ食べている所にやってきて、食べ物に止まろうとするのですから。。。(;^_^A)

話は変わりますが、思いついた単語を忘れないように下に書いておきます。
葛城と書けば「かつらぎ」と読んで、それなりの印象を受けるのですが、「葛」と書けば「くず」なんですよね。

例えば「かつらぎおうじ」ならまずまずの名前だと思うのですが「くずおうじ」ではいくら古代とはいえ、格好が付かないですように思います^^;;
くずの発音だと「国巣、国栖」が有名ですが。。。

「葛藤」は供にツタ系の植物である葛と藤が絡みついている状態。。。
のようなメールを以前貰った事があるのですが、鋭い発想だと感心したものです。

kitunoさんの掲示板でちょっと前に話題になっていた「うさぎ」族の件で思いついたのは。。。
宇佐に「ぎ」がつく形は「しんら」に「ぎ」を付けて蔑称としたパターンにひょっとしたら似ているのかもという事です(間違いなく99パーセント以上トンデモです、自爆)
編集済



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フライ=蝿 投稿者:Toshy(雪狼)  投稿日:10月22日(水)21時47分23秒

>フライと言えば蠅ですから

光陰矢のごとし という格言を英語にすると、

Time flies like an allow.

ですが、これを別の訳し方をすると、
「時間蝿(?!)は矢を好む」になりますね。

実に意味のない話でした(わら



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小惑星 投稿者:太田守人  投稿日:10月22日(水)16時12分46秒

火星と木星の中間の小惑星群ですが,これが,核戦争でぶっ壊れたという話もあります。
地球上の生物は,オゾン層で紫外線から保護されていますので,紫外線に反応しないそうですが,ショウジョウバエだけは,紫外線を当てると。まぶしいなー。というように,顔を背けるそうです。
このため,ショウジョウバエは地球外生物で,太古宇宙船に乗ってやってきた。という生物学者もいます。



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メイ・フライ 投稿者:太田守人  投稿日:10月22日(水)12時36分45秒

第1次大戦で,ドイツのツェペリン飛行船のロンドン空襲があり,イギリスは,メイ・フライ(五月のハエの意味)という飛行船で,迎撃しようとしますが,この飛行船,水素ガス爆発を起こし,完成直後墜落し,以後,イギリスは飛行船を諦め,戦闘機に力瘤をいれました。
うるさいは,五月の蝿(五月蝿)と書いても,うるさいと言うそうですね。



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科学の限界 投稿者:菊池元宏  投稿日:10月22日(水)08時59分15秒

起 ・時・空間の終わりのない無限性。

承 ・科学での解明は不可能。

転 ・今ここに居る自分が不思議でならない。

結 ・考えれば考える程頭がいたい。


みなさんの仰るように私達の住んでる空間・時というのは、ほんの一瞬の可能性の世界なのでしょうね。
編集済



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きんたろうさん 投稿者:太田守人  投稿日:10月22日(水)08時40分11秒

中国は,ヨーロッパのようになっているのが,自然だと思っています。ということは,秦の始皇帝の統一以来,バラケヨウとする力のほうが強かったと思います。そこで,強権を発動し,箍を締めなければならなかった。これが,中国史だと思います。そうすれば,始皇帝とは偉かったと思います。



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