過去ログ67(2000年〜4月30日)


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ひさし 投稿者:きんたろう  投稿日:04月30日(日)00時23分05秒

ぶりに世界不思議発見を見ました。
あれってかなりの長寿番組ですよね??!!
でも当時の朝鮮半島の勢力色分け地図に高句麗がぽっかり抜けているのは不自然だと思いました^^;;
それに新羅が大きすぎたような??^^

kitunoさん、神話について詳しい説明を有り難うございます^^



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インドラ神の飛礫 投稿者:kituno-i  投稿日:04月29日(土)23時09分46秒

読みました。

「ヤマタノオロチ退治」伝説は、インドの他に中国、インドネシアにも見られるそうです。
ギリシャ神話では、ペルセウスがアンドロメダが海の怪物の人身御供にされるところを救
うという神話があるので、これらの国の神話は「ペルセウス・アンドロメダ型神話」と呼
ばれています。

大陸の騎馬民族、太平洋を黒潮にのってやってきた海洋民族、東南アジアや中国南部から
列島に稲をもたらした民族などの異なる民族の伝承に日本古来の伝承を含み、体系化して
いったものが日本神話なのだと思います。

そういう伝承を日本で最初に学び、日の神を皇祖神としたのが「聖徳太子」だったと思っ
ています。^^;

ペルセウスもアンドロメダも秋の星座。
今は、北斗七星が7時〜8時に天頂近くに雄大な姿を見せています。
春は、星座が少ない時期ですが、北斗七星は今が一番きれいに見えます。



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「世界ふしぎ発見」見ましたか? 投稿者:kituno-i  投稿日:04月29日(土)22時33分44秒

「天寿国繍帳」に描かれている「亀」と飛鳥で発見された「亀」との関連について放送していました。興味深かったです。

乙姫さん
>それと、テレビ東京の「世界遺産〜」の本、私はTVで録画して見ました。
 それを見て、相互関係が少し分かったんです。本も出たんですね!

そうです。テレビ東京のスペシャル番組とテ−マを共有するジョイント企画として作られた本です。
番組ではあまり詳しく触れることの出来なかった「法隆寺の謎」や「藤原鎌足」の役割などについて補足されています。
...と言っても、私は番組を見ていないのです。
放送の翌日、友達に「当然見たと思った!」と言われ、呆然!^^;



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無題 投稿者:きんたろう  投稿日:04月29日(土)19時20分53秒

勇者ロトさん、有り難うございます^^
これは突然の閃きに依るものです。
具体的に言えば今週の月曜日帰宅するまでの間200近い稲妻を見ている内に浮かんできたものです。
かなりすごいものをいくつか見ました。
あんなにもたくさんの稲妻を見たのは初めてのことがったかも知れません。
とてもよく見えたのです。
本当に巨大な蛇=竜のように見えてしまいました^^;;
コンマ何秒かの時間差で同じところに落ちた稲妻も見ました。
かなり怖かった経験です...^^;;



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神話の系譜読ませていただきました 投稿者:勇者ロト  投稿日:04月29日(土)15時21分52秒

とーっても面白かったです!

インドとスサノオは仏教伝来のアトヅケなのかもしれませんが、
「縁」が深いように思います。

スサノオ生誕と同じく、貴神が鼻から生まれるというパターンは、
インド神話にもあるようです。

このように考えると、記紀神話の神代の特に前半部分に弥生期に起こった
事実の反映が含まれる確率は薄いように思えてきます。

日本列島での民族の記憶よりもっと以前、国という意識が何処にもほとんど
なかった時代の人間の記憶を反映しているような気がしてきます。



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何という 投稿者:きんたろう  投稿日:04月29日(土)13時04分16秒

偶然!!
タイミングの良さなのでしょう^^
先ほど新聞を読んだばかりなのですが出雲の出土物はものすごいようですね!!
昨晩アップした内容は祝砲^^になりそうで嬉しいです。

MAKOTOさん、不思議なくらいこの一週間は雷が多かったですね。
柴又の帝釈天にお参りにでも行こうかなと思いました^^



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こんにちは 投稿者:MAKOTO  投稿日:04月29日(土)11時41分26秒

きんたろうさん、毎晩雷さんがホント多かったでしたね。
一個大きいのが落ちましたが、幸いボヤで済みました。
そうか台風1号より雷一号の呼び名がいいですね。
ところで雷神さんてのは何なのでしょうか?

http://www.kawamata.co.jp/



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安部さん 投稿者:きんたろう  投稿日:04月29日(土)02時56分25秒

私は酔っぱらいから回復しつつあります^^;;

金曜日は「くいず」という番組を楽しみにしていたのですがすっかり忘れていました^^;;
ところで久しぶりにアップしてありますでご覧になって下さい。
タイトルは「インドラ神の飛礫」です。

http://www.net-ibaraki.ne.jp/kintaro/vajra.htm



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バルには 投稿者:きんたろう  投稿日:04月29日(土)02時52分59秒

ブラウザ機能もあるのですか!!
ますますすごいですね!!
掲示板に書き込みが出来るということはインターネットの画面を楽しめるという事なのですよね??

ところで国宝展はいつまで開かれているのですか??

月子さん、ずいぶん長引いていますよね。
風邪も体力が減退しているときには堪えますよね。
安静にしているのが一番ですよね。

千波子さんの話はとても面白いです。
過去の書物もいわゆる玉石混淆だとよく分かりました。
書かれている内容が整合する史実かどうかというふるいにかけて見る必要があるという事なのですね??^^

乙姫さん、ますます良かったですね!!
ろぐは見つかりましたか??



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自分だった(爆) 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月29日(土)02時21分03秒

酔ってるなあ。もう寝ます。お騒がせしました。



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鎌倉仏教は 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月29日(土)02時20分14秒

ユニークでいいですよね。
道元禅師は調べた事がないのでよく分かりませんが,
私としては法然上人と,栄西上人が好きです,理由は・・・
岡山出身だから!!!

特に法然の何だかよく分からないところがいい。
彼らの後を継いだ親鸞,道元になると少し私には行き過ぎのような気もしてしまう。
どの宗教の2代目というのはそんな感じがないでもないですが。

また短時間禁止だ,これで3回目,今度は誰かな?



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? 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月29日(土)01時59分40秒

文章を読んでいると私は,
その人がどういう人間かわかる人と,
読めば読むほどどういう人間か分からなくなる人にわかれます。

千波子さんの場合まさに後者に属して,読めば読むほど,
性別,年齢,職業などわからなくなってきます。
不思議です。

P.T.Aとは本当に存在するのですか?
何だか最近はP.T.Aからの引用と千波子さんの意見が混合して何だかよくわからなくなってきました。

すみません,中臣氏のことには私は全く興味がないので,新しく来た人がどんな人なのかなあ?という興味しか持っていないのですが・・・不思議な人ですね。



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千波子さん 投稿者:勇者ロト  投稿日:04月29日(土)00時29分22秒

説明していただき、ありがとうございました。中臣氏の鹿島発生という
可能性も十分ありうるということですね。よくわかりました。
ありがとうございました。

ところで、出雲大社はやはり、実際に大きかったようですね。
流石、出雲。まだまだ何かが地中に埋まっているような気がします。

http://kigaru.gaiax.com/home/dragon_suplex20c



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Σ(@_@)びっくり! 投稿者:乙姫  投稿日:04月28日(金)23時49分48秒

みなさん、こんばんは!乙姫です。
kituno−iさんの行かれた「日本国宝展」、私も是非行きたいと思いました。
それと、テレビ東京の「世界遺産〜」の本、私はTVで録画して見ました。
それを見て、相互関係が少し分かったんです。本も出たんですね!
国宝展は何処で開催されてるのかな?今度、ふらっと1人で行こうかな。(^o^)

千波子さんの記事、とっても楽しみに読ませて頂いてます。えーと、転載しても
いいのですか?わーい!わーい!P.T.Aの方などの許可もあるだろうから、
転載は難しいかな?と躊躇しておりましたので、とっても嬉しいです。HPに是非転載させていただきますね。(^O^)/

http://www09.u-page.so-net.ne.jp/zb3/tatibana/



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本の紹介と日本国宝展 投稿者:kituno-i  投稿日:04月28日(金)22時42分52秒

kitunoのトピックで話題になったこと、井沢BBSで論じてきたことの総集編のよ
うな本が祥伝社より出版されました。

−テレビ東京編「世界遺産 飛鳥・法隆寺の謎」−です。
4月10日に出版されたばかり。

聖徳太子のことは勿論、3月に話題になった飛鳥の亀形石物、斉明天皇、天智・
天武天皇、そして藤原鎌足のことなど、興味深い話題が満載です。
とても読みやすく解説してありますので、2時間あれば読めます。

今日、国宝展を見た後、法隆寺宝物館で伎楽面をじっくり見てきました。
かつて松本清張が「斉明天皇とゾロアスタ−教の関わり」を論じられていました
が、法隆寺には、ペルシャの影響を受けていると思われる宝物が、たくさん存在
します。そのよい例が「伎楽面」です。

そんなことを考えながら何気なく寄った上野駅の書店で、上述の本を発見しま
した。列車の中で一気に読み切ってしまいました。
斉明天皇とゾロアスタ−教との関わり、道教思想の影響、藤原不比等が日本書紀
の編纂に関わっていたことの立証など、わかりやすく書かれています。
いわゆる「トンデモ本」ではありません。
是非、一読なさってみて下さい。

千波子さん、詳しい説明ありがとうございます。
さっそくkitunoのファイルにコピ−させていただきます。

鎌足は落馬による下半身不随でなくなったのですね。
髪の毛からはヒ素の反応も出たそうですが、骨格のしっかりした人物だったそうです。

日本国宝展は5/7まで。
西都原古墳出土の馬具、藤原道長の関白日記、稲荷山古墳出土の鉄剣、法隆寺
金堂の吉祥天ほか仏像ファンにはたまらない道成寺の仏像などが、展示されて
います。道元の自筆の書は、純粋で真っ直ぐな性格を表しているようでした。



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大鏡と鎌足 V 投稿者:千波子  投稿日:04月28日(金)22時08分57秒

kituno_iさま、みなさま、こん@@@。 またまた大鏡のつづきです。

「この四家から多くの国王・大臣・公卿が出て栄えたが、北家の系統が今も広がっているので、その続きだけを述べよう。系統の絶えたのは言わない。大した出世をしなかった人もいるのだから。藤氏といえば、藤原と人はいうかもしれないが、本末をしっておくことも大切だ。

一、内大臣鎌足の大臣、藤原の姓を賜った年の十月十六日に没した。没年は五十六歳、大臣の位に二十五年だった。紀氏の人は、『藤のかかった木(紀)は枯れてしまう。いまに紀氏は滅びるだろう』といったが、本当にそうなった。
この鎌足の殿が病気になったが、昔はこの国に仏法が広がっていなかったので、僧も充分いなかった。聖徳太子が(仏法を)つたえられ、この頃は生まれてまもない稚児でも、法華経を読むといっても、読まない者もいる。(だから)百済国より渡来した尼に維摩経供養をさせたが、御心がすこし良くなったので、この経を尊んで、今も維摩会を行っている。
(中略)
一、内麿の大臣の三男冬嗣の大臣は、左大臣にまでなった。贈太政大臣。

この殿より次ぎは、色々あるので細かには言わない。鎌足の世より栄え広がった子孫も、だんだん衰えて、冬嗣の頃は心細くなっていた。その時には源氏だけが、さまざまな大臣・公卿になった。
この殿が、南円堂を建て、丈六の観音像を置いた。
(中略)
一、道長大臣の御太郎、ただいまの関白左大臣頼通の大臣である。
(中略)
この四家の君たちは、昔も今も沢山いるが、道絶えず勝れているのは、このようである。その鎌足の殿が生まれたのは常陸国なので、そこの鹿島という所に、氏の御神を置いて、その世より今まで、新しい帝・妃・大臣が立つ時は、幣使がかならず立つ。天皇が奈良にいたときに、鹿島は遠いとして、大和国三笠に遷座し「春日明神」と名づけて、いまも藤氏の御氏神として、公家、男使、女使を立てている。后宮・氏大臣・公卿みなこの明神に仕えて、二月・十一月上申日の御祭には、様々な使いでにぎわう。」

*この源氏に関する部分も事実とは相違しています。

*大鏡と鎌足(4/26)該当部分の原文は、以下のとおりです。

「ただし、この御時、中臣の鎌子連と申て、内大臣になりはじめ給。そのおとどは、常陸国にてむまれたまへりければ、三十九代にあたり給へるみかど天智天皇と申、そのみかどの御時にこそ、この鎌足のおとどの御姓、藤原とあらたまり給へる。・・・」

文脈が不自然であるため、「そのおとど・・・むまれたまへりければ」は、後世の注釈の一部が混入したととする意見があります。

*また上記該当部分の原文は、以下のとおりです。

「そのかまたりのおとどむまれ給へるは常陸国なれば、かしこに鹿島といふ所に、氏の御神をすま しめたてまつり給て、そのよゝりいまにいたるまで、あたらしきみかど・きさき・大臣たちたま ふおりは、幣の使かならずたつ。みかど奈良におはしましゝ時に、鹿島とをしとて、大和国三笠にふりたてまつりて、「春日明神」となづけたてまつりて、いまに藤氏の御氏神にて、・・・」

ここにいう「御神をすましめたてまつり給て」という言い方からは、鎌足が鹿島に氏の御神を「住まわせた」とも読めます。この誤りの多い歴史物語から何を読み取るかって、とっても難しい問題です。

*それから後段で、光明皇后についても問題が蒸し返され、聖武の母なのか妻なのかが議論されています。この作者は、あまり正史の類を読んでいないのかも?

(これでおわります。ツカレタ! なお千波子カキコの、引用や転載等はご自由に!
ダァーレモ 使ってくださらない? そんなこと言わないで!!! )



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中臣鹿島連・・ 投稿者:千波子  投稿日:04月28日(金)21時53分46秒

勇者ロトさま、Kituno_iさま、みなさま、こん@@@。

「中臣鹿島連」についてですが、新撰姓氏録という古書によると中臣XX連と呼ばれている中臣複姓氏族は40以上もあるということです。勇者ロトさまのおっしゃっていた。いわゆる氏族連合体ですね。(徳川時代のXX松平姓が、もっと広がったようなもの?)

彼らは一応「アメノコヤネ」の子孫と称し、祭祀官の家柄となっていますが、中臣本家からどの時点で分岐したのか、本当の血縁か擬似血縁かは判断出来ないと思われます。

この中で、比較的有力なものとしては、中臣伊勢連、中臣宮処連、等があるようですが、中臣鹿島連も名を連ねているようです。またご承知のとおり、中臣氏の一派(或いは本家そのもの)がト部と称していた可能性も否定出来ないそうです。(鎌足曾祖父の常盤の代に改称?)垂仁二十五年条の中臣遠祖大鹿島から、鹿島発生を推測する考えももあるようですね。

ご本の論旨は分かりませんし、中臣鹿島連も、鎌足以前か以降かは分かりませんが、鹿島神社の神官として定着した中臣支族と思われますので、これをもってトンデモとはいえないと思います。

P.T.Aも鎌足の近しいご先祖が、中臣本家再興のため地方(常陸)の近親分家から養子としてむかえられた可能性は、充分ありうるのではないかと言っています。
(鎌足自身が幼年期をその分家で過ごしたとしても、おかしくないとも言っています)

ということで、あまりお役に立たなくってすみません。



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ダウンしました(;^_^A アセアセ 投稿者:月子  投稿日:04月28日(金)20時14分40秒

風邪ぎみとは、言っていたのですが、とうとうダウンしました(T.T)
一昨日の夜から,今日の夕方まで、寝つづけましたよ〜。
非常にしんどかったです。でも、寝つづけたお陰か(?)、回復に向かっております。
よって、ネットしちゃったりしているんですが(^^;;; 
でも、今日も、安静に寝る予定です。
風邪は、引きはじめが肝心って本当ですな〜。



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国立博物館から 投稿者:kituno  投稿日:04月28日(金)14時56分42秒

パルで送っています。
国宝展すごいです。道元の書、法隆寺の玉虫厨子、
石上神宮の七支刀、中宮寺の天寿国繍帳など、
kitunoが見たかったもの勢揃い!
鳥肌が立ち、涙が出るほど感動です!



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さて 投稿者:きんたろう  投稿日:04月28日(金)01時15分32秒

そろそろ寝ます^^

下書きが出来上がりました。
明日アップできると思います。
かなりアバウトな内容ですが月曜日の帰りの車の中で思いついた内容です。

履歴を見ていたらもう1月くらいアップしていなかった事に先ほど気が付きました^^;;



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中臣連と中臣鹿島連 投稿者:勇者ロト  投稿日:04月28日(金)00時40分08秒

千波子さんこん@@は。もしご存知ならお教えいただきたいのですが・・・・。

中臣氏関係はまだまだ不勉強なので困ってしまっています。

実は今日、本屋で立ち読みしていたらとある古代史本で中臣鹿島連というのを見付けたのですが、これは何者なんでしょう?
簡単な系図によると、コヤネの裔ではあるようですが??鎌足、不比等らとは関係があったのでしょうか?
ちょっとトンデモ系ぽい本だったのですが、中臣本流からの分家は相当昔に行われたような事が書いてありました。まだ中臣連の姓が決まる前のように書かれてました。

やっぱりトンデモなのでしょうか?

http://kigaru.gaiax.com/home/dragon_suplex20c



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大鏡と鎌足 U 投稿者:千波子  投稿日:04月28日(金)00時01分33秒

kiyuno_iさま、みなさま、こん@@@。

大鏡、ご参考になりました? それでは、もう少し続けます。

”しげき”が言うには「大織冠が、どうして『淡海公』か、大織冠は大臣の位に二十五年、五十六才で亡くなった。お前のいうことは、天の川を流すようだが、時々おかしな部分がある。といっても、誰がこのようにすらすら話せようか。まるで維摩居士のようだ。」

”よつぎ”がいった。「むかし唐国に孔子という物知りがいったが『智者でも千に一つは間違うものだ』とあるから、私が百歳をはるかに超え、二百歳に近くなって、このように問わず語りするのは、昔の人にもおとらないと思っている」といえば、”しげき”も「そうだそうだ。
・・・・・・」

*このように、”しげき”と”よつぎ”の掛け合いで話が進みます。『淡海公』についてのツッコミがあるように、歴史書というより物語の色合いが強い部分もあります。

「御子の右大臣不比等の殿は、実は天智天皇の御子だが、鎌足の殿の次男となった。この不比等の殿は御名をはじめ、ふつうではない。『ならびひとしからず』とつけられた文字である。
この不比等の大臣には、男児が二人いた。長男は「武智麿」といい、左大臣になった。次男は「房前」といって、参議になった。この不比等の大臣には、女児も二人いた。一人は、聖武天皇の御母光明皇后といった。もう一人は、聖武天皇の女御で、女親王を産んだ。この女児を聖武天皇は、女帝とされた。この女帝を『高野の女帝』といった。二度位につかれた。」

*聖武天皇の母は藤原宮子、皇后が称徳天皇の母である光明皇后ですから、これも信じられない明らかな間違いです。

「さて、不比等の殿は、男児二人と、弟二人を四家と名付けて、家門とした。武智麿を南家、房前を北家、弟の宇合式部卿を式家、麿を京家といって、藤氏の四家とした」

*宇合、麿が弟ではなく、実子の誤りであることは、既にもうしあげたとおりです。
(もすこし、つづけていいですか? 鹿島神宮の由来も出てきます。)



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平安時代って 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月27日(木)23時14分11秒

特に摂関政治の頃は歴史物語と日記くらいしか史料がないから,
古代と同じくらい真相は闇かも?

きんたろうさん,雷神様の出べそでも掴んだんでしょうか(笑)



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「大鏡」 投稿者:kituno-i  投稿日:04月27日(木)22時15分17秒

って、そんなに間違いだらけのほんだったのですか?
知らなかった〜!

千波子さん、いろいろ教えてくださりありがとうごさいます。



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津波がやってくるぞー 投稿者:憑依状態の源さん  投稿日:04月27日(木)21時36分23秒

阪神9連勝!
前回、雹が降るといって当たったから、今度は津波がやってくるぞー!

なんか、一人だけ浮いているような感じなので、この辺でおさらばします。



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ショックな出来事^^;; 投稿者:きんたろう  投稿日:04月27日(木)21時17分28秒

アップする予定の原稿を調子よく書いていたら突然の停電に合ってしまいました。
ちなみに雷神様について書いているところでした^^;;

JUNAさん、よろしくね^^
このホームページは一年ちょっと前から立ち上げています。

ラザニアン三世さん、こんばんは。
よくいらっしゃいました^^
ところでラザニアンとはどのような意味なのですか??

安部さん、買いかぶってもらっては困ります^^;;
そんな難しい本など開いた途端に気絶してしまいそうな気がします。
そう言えばヒートアイランド大阪の保湿性舗装工法のことを思い出しました^^
(意味もなく突然に...笑)  



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リンク確認しましたぁ! 投稿者:JUNA  投稿日:04月27日(木)17時19分39秒

ありがとうございます♪ 私の方もリンクしてますよ。
今後とも宜しくね。
ところでカウンターの数字が凄いんですけど、いつから開設してるんですか〜?

おっ!下にラザさん発見!!

http://www08.u-page.so-net.ne.jp/dg7/mako-jun/top.htm



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あいさつ 投稿者:ラザニアン三世  投稿日:04月27日(木)02時32分13秒

JUNAさんのところから遊びに来ました。
って今日は挨拶だけなんですけどね。
また近いうちに来てみますね。



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寝不足で 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月27日(木)01時26分46秒

下の投稿変な文章になってますね。
すみません。

藤原氏の話が盛り上がっているみたいですね。
要するにキングメーカーということなんでしょうが,
あれだけ命脈を保った貴族というのも珍しいですね。
天皇家と言うのも世界史上の不思議な現象ですが,
(アッパース朝のカリフが似てますが,それも400年くらいしか続かなかった)
藤原氏もそれに負けず劣らず不思議な存在ですね。



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ぷっぷっぷろぐらむ? 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月27日(木)01時16分55秒

どうすりゃあいいのかさっぱり分からない!
C言語って何じゃらほい?
専門の勉強でプログラミングしなければならなくなってしまいました。さて困った。
まあそんなに複雑そうなプログラムではないのですが。
詳しい友達にでも聞くかな・・・

「地震動のスペクトル解析入門」という本を読んでいるのですが,
(それで,地震計の記録の解析にプログラムが必要)
きんたろうさん読んだ事あるんじゃないですか?(どうも建築工学の本らしい)



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トップページ 投稿者:きんたろう  投稿日:04月27日(木)00時27分46秒

からワッツ・ニューのページに入ると更新履歴がありますが勇者ロトさんのページとJUNAさんのページにリンクを貼らせてもらいました^^



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大鏡と鎌足・・・ 投稿者:千波子  投稿日:04月26日(水)23時42分30秒

kituno_iさま、みなさま、こん@@@。

前回は、失礼しちゃいました。でも P.T.Aもさぞ喜ぶと思います。
ところで、「大鏡」についてですが、本棚の奥にかくれていましたので、引っ張り出して、いちおう敬語抜き現代抄訳してみました。(岩波文庫版)ご参考までに、

「神武天皇より三十七代、孝徳天皇の世から様々な大臣が任命された。
この時、中臣鎌子連が内大臣にはじめてなった。その殿は、常陸国に生まれたので、三十九代天智天皇の時に、この鎌足の殿の姓が「藤原」とあらたまった。」

*この辺の文章は整然としていません。一部誤写かも?

「だから、藤氏のはじめは、内大臣鎌足の殿としている。その子孫から多くの天皇・妃・大臣・公卿が生まれた。この鎌足の殿を天智天皇は重用されて、女御一人を譲った。その女御が、妊娠したので、天皇は『妊娠した子が、男なら臣の子、女なら朕の子としょう』と思い、殿に言われ『男ならば大臣の子にせよ、女ならば朕の子にしょう』と約束した。この子が男だったので、内大臣の子となった。」

「この殿には、すでに男一人、女一人の子がいた。この女御もつづいて女二人、男二人を産んだ。この姫君は、天皇の皇子・大友皇子といったが、太政大臣であり同年に即位して、天武天皇となった御門の女御となった。」

*信じ難いのですが、大友皇子が天武天皇になったと誤解しています。

「この殿の長男は、中臣意美麿といって、参議になった。天智天皇の子のほうは、右大臣にまでなって、藤原不比等の殿といった。没後贈太政大臣となった。」

*中臣意美麿は、鎌足の従兄弟の子で、非参議ですから、明らかな間違いです。実際の長男は、出家しています。(定慧)
*不比等を天智天皇の落胤としています。これも疑問ですが、事実は不明??

「鎌足の殿の三男は宇合といい、四男は麿という。それぞれ参議となった。」

*宇合、麿はいずれも鎌足の孫で不比等の子、明らかな間違いです。

「このように、鎌足の殿は天智天皇の時に藤原姓を賜わったが、内大臣の位に二十五年あった。太政大臣にはならなかったが、藤原の初代として没後の諱名を『淡海公』といった。」

*『淡海公』は不比等の諱名ですから、これも間違いです。 (つづく)



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ゴ−ルデン・ウィ−ク 投稿者:kituno-i  投稿日:04月26日(水)23時09分50秒

乙姫さん
写真、確認してきました。お役に立てて嬉しいです。
BBSにも、またお邪魔しています。^^;

きんたろうさん
>kitunoさんの住んでられる所は羨ましいくらいに自然に恵まれているのですね^^

私の住んでいるところは、「北関東の小京都」と言われているのですが、kitunoは、
「北関東の飛鳥」と思っています。甘橿の丘から見た風景と似た風景が、街の中心にあ
る小さな山から望めます。
GWは、大変な人で賑わいます。

皆さんはGWをどのように過ごされるのですか?



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私は、 投稿者:kituno-i  投稿日:04月26日(水)22時49分44秒

本を読んで、単純に感動してしまう方です。
千波子さんのように、疑問に思ったり、批判したりする心をあまり持って
いないみたいです。

だから、千波子さんの書き込みを読んでも「なるほど」と、ただただ感心
してしまう..。

梅原氏の著書などについてもそうなのですが、支持するとかしないとか、
考えたことないのです。

千波子さんのP.T.A.の方は、なんて感受性が豊かなのでしょう。
>「切ないばかりの純粋性・苦しいばかりの精神性・悲しいばかりの利他性」
私もそのように道元を見つめてみたいです。
比叡山を下りたのは、その切ないばかりの純粋性故でしょうか、「正師」を
求めて中国大陸に渡ったのは、苦しいばかりの精神性の表れでしょうか。
正師を求め、正法を体得し広めた道元の一生は、実に真摯なものであったと
思います。

難解な道元の言葉。人物叢書あたりから学んでみたいと思っています。



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ただいま 投稿者:きんたろう  投稿日:04月26日(水)22時10分49秒

構想中です。
でもショムニを見ながら酔っぱらってしまったので...^^;;

勇者ロトさん、新作が出来上がるのですか!!
楽しみにしています^^



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なんてこったい!(^_^;) 投稿者:乙姫  投稿日:04月26日(水)03時31分48秒

今、勇者ロトさんの「古事記の世界」を見ました、ら、鹿島神宮について
とても詳しく書かれてあったのですね。
これを参考に、私のHPでも載せさせていただいても宜しいでしょうか?
どうぞ宜しくお願いします。m(__)m
それと、kituno−i さんから頂いた写真、やっとアップする事が出来ました。
有難う御座います!これからも宜しくお願いします。(^O^)/

http://www09.u-page.so-net.ne.jp/zb3/tatibana/



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うーん 投稿者:勇者ロト  投稿日:04月26日(水)01時28分27秒

11時オーバーして、引き分け・・・・。えっ何の話かって??
タイガースです。サンテレビのおかげで最後まで観戦できるのは
いいんですが、他のことが出来なくなってしまいました。



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記紀神話と中臣氏 投稿者:千波子  投稿日:04月26日(水)00時31分05秒

kituno-iさま、みなさま、こん@@@。

ご紹介いただいたご本についてですが、この種のご意見についての一番の疑問点は、既に勇者ロトさまにも、もうしあげたところなんですが、
「武甕槌命・経津主命が神代史で重んじられたのは、じつは中臣氏の氏神だったから・・」
という部分だと思います。

これをいうならば、
「経津主命が神代史で重んじられたのは、じつは物部氏・中臣氏の氏神であったから・・」
といわなければなりませんね。この一言をいれるだけで、論旨はまったく変わってくるのではないでしょうか?

さらにいうならば、
「武甕槌命が・・・じつは平城遷都(710)にともない春日神社を創建し、さらに香取から経津主命、枚岡から祖神天児屋命を迎えた(768)ときから、中臣氏の氏神となったから・・・」

あるいは、
「武甕槌命・経津主命が・・・じつは祖神天児屋命を奉祀する枚岡神社に合祀(778)されたときから、はっきりと中臣氏の氏神となったから・・・」というべきかも。

これじゃあ、記紀(720)神話形成についての推測は、まったく別のかたちになるんじゃないかと思うんです。

「八百万の神が高天の原に集まったとき、諸祖神に命じられて天降って来た神と記されている。国譲りの時出雲に降ったのではない。」というのも、どうかと思うんです。

だって「いまより、我が御孫のしらしむべき豊葦原の水穂の国」を平定するために降ってられるんですから、いわゆる国譲りのためだと考えることだって出来ますね。そうして今は、香島の大神として、この地におられると、読むことも出来るのではないでしょうか?

この方が、氏神という言葉をどういう意味でつかわれているのか、分からないのですが、「武甕槌命・経津主命が・・・じつは中臣氏の祖神」という意味ならば、唯一の解釈は、畿内中臣氏(天児屋根系)と関東中臣氏(武甕槌系)を別氏族とされる勇者ロトさまのお考えになると思います。

でも、本来別氏族である関東中臣氏が畿内中臣氏を乗っ取り、関東中臣(藤原)氏に都合の良いよう神話を創作したにとすれば、天児屋根命と武甕槌命を系譜的に結びつける神話を付加すればそれで足りる筈ですね。でもそのような神話は何処にも存在しない。

いつ、どのような形で、乗っ取りが行われたかを論証することも、なさっていません(おそらく困難でしょう)。これでは、妄想のレベルにも達していないような気がするんです。

kituno-iさまが、このご意見を支持しておられるならば、少し言い過ぎたかもしれません。
逃げだす用意を、しなくっちゃ!

ああそれから、道元さまですが、
「切ないばかりの純粋性・苦しいばかりの精神性・悲しいばかりの利他性」 だそうです。



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マイケルさん 投稿者:きんたろう  投稿日:04月26日(水)00時18分53秒

こんばんは^^
「矢実」さんとはとても珍しい名字ですね!!
私も初めて知りました^^

月子さん、まだ回復されていなかったのですか??
私もほとんど回復しているはずなのですが仕事に行くと確かに熱っぽくなって変な感じです^^;;

JUNAさん、鍵有り難うございます^^
こちらからもリンク貼り付け作業終了しました。
明日報告に行きますね。

kitunoさんの住んでられる所は羨ましいくらいに自然に恵まれているのですね^^

まいむさん、モバイルから早く脱却して下さいね^^
でも焦らず待ってますよ^^

DDTさん、さすが理系ですね。
詳しいです!!
安部さんと一緒ですね。

安部さん、丁寧な説明を有り難うございます。
今は頭が寝かかっていますから明日もう一度読んでみます^^

乙姫さん、過去ログは取っていますよ。
どの部分か教えて下さい^^
ヴァジュラさんもすごいです!!



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我が地方では 投稿者:マイケル  投稿日:04月25日(火)23時26分22秒

我が 地域では初午(はつうま、節分後の初めての午の日)「すみつかれ」というものを作り食します。テレビで見たのですが、たしか 那須方面で 作り方や 材料が同じ物を 郷土料理として 紹介してました。名前は「しもつかれ」だったと思います。それから、我が家では正月3が日には、ご飯を 炊かず うどんを食べる習慣が あります。(貧乏だったからかな?)
「初午には、火を焚くな」とか、だから、子供の頃は、初午の日には お風呂に入りませんでした。(やはり、貧乏だったからかな?) 私の母親の 旧姓は 「矢実」(「やみ」ではありませんヨ、「やざね」と読みます)なのですが、非常にというか ものすごく珍しい苗字だと思います。もし、どなたか ルーツや イワレをご存知でしたら お知らせください。
たとえ、どんなに、恥ずべき ルーツであったとしても 受け止めるつもりです。できれば、
恥じないで済む ルーツであって 欲しいとは 思っていますけど。
岩井市に 親戚が あるのですが、まさか、平 将門公の家臣、家来の末裔でしょうか?なんてね!
それより、ちょっと 歴史は 古そうなんですけど…。よろしくお願いします。

http://members.tripod.co.jp/MIKEL/WebData/index.html



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まだまだっす(^^;;; 投稿者:月子  投稿日:04月25日(火)23時00分48秒

う〜ん・・・。私の体調はまだまだ、いいとは言えません(^^;;;
風邪、長引いちゃいそうで、困っています(T.T)
ニュースでは、誘拐の報道が・・・。無事で良かった(^。^;)ホッ
でも、親戚が誘拐するなんて・・・(´ヘ`;)ハァ  困った世の中ですな(^^;;;
って、なんのカキコだかわかんなくなにっちゃった、すみませーん(;^_^A アセアセ



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こんばんは〜 投稿者:JUNA  投稿日:04月25日(火)21時51分01秒

ご訪問ありがとうございます♪
なんかいっぱい、ページがあってビックリしましたぁ〜。凄いです〜。
今後とも宜しくね〜。(^o^)/

http://www08.u-page.so-net.ne.jp/dg7/mako-jun/top.htm



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山の緑が 投稿者:kituno-i  投稿日:04月25日(火)20時48分05秒

きれいだな〜。
毎日、山の色が変わっている。
こんな、緑と青と白の世界で暮らしていけるのは、幸せ。

もうすぐ大好きな5月。
ホトトギスが「ケキョッケキョ」と鳴き方の練習を始める。
それから、田圃ではおたまじゃくし!かえるの水泳!
茶色の「かえる」が緑色に変わるのももうすぐ..。

我が家の食卓には、ウドやミツバやタケノコ、グリ−ンアスパラが並ぶ
ようになりました。ぜ〜んぶ我が家の山や畑で穫れたもの。
おいしいよ!



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やっほお! 投稿者:魔異夢  投稿日:04月25日(火)15時35分36秒

白熱してますなあ〜魔女っ子シリーズから一気に
世界の情勢にぶっ飛んでいる。。。。
ふむふむ。
ところで、きんたろうさん、げんざいなかなか
モバイル状態から抜け出せなくて……
ぎょめんね!!

http://www3.nsknet.or.jp/~maimu/



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盗聴法も 投稿者:安部奈亮  投稿日:04月25日(火)12時27分03秒

オウムだけではなく、裏にはエシュロンに対する対抗もあるのかもしれませんね。

しかし下の発想グッド!
さっそくやってみようかしら?



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