部屋に戻ると既に室内は暗く、明かりはとうの昔に消されていた。それもそのはずで時刻は夜半を過ぎ、室内に響くの はただ繰り返される小さな寝息だけだ。それを横手に聞きながら、ゾロは自分にあてがわれたベットに静かに腰を下ろ すと、小さく息を吐いた。 船が島に着岸したのは、寄航するには少し遅い時間だったらしく、それほどに小さくないはずに街の宿屋はどこも満 員御礼で、何とか確保できた部屋もそれぞれ別の宿屋だった。その中で毎度の事ながら部屋割りにひと悶着して、や っとこの宿にサンジと腰を落ち着けたのは、酒場の賑わいも盛りを迎えた時刻で、お目付け役であるナミの居ないこと をこれ幸いと酒盛りに加わろうとするゾロにサンジが程ほどにしておけと珍しく釘を刺したのはほんの数時間前のことだ った。 しかし同室のサンジはこれまた珍しく彼お得意の甘い言葉を垂れ流しに外へは出なかったらしく、早々に就寝してしま ったらしい。てっきり今夜はどこかでお泊りか、さもなくば相当遅い時間に戻るだろうと思っていたゾロは、少々拍子抜 けした気分だった。 これでは自分の方が随分と遊び呆けていたようだと甚だ心外に思いながら、兎に角明らかに酒びたりの臭いをさせる 自身に流石に辟易して、ゾロは静かな動作でバスに向かった。 水を含んだ髪を乱雑に拭いながらドアを開くと、室内は存外明るかった。うっかり明かりを灯したままだったかと思っ たがそうではなく、幾分か角度を変えた月が、安宿に似つかわしいぼろきれのようなカーテンを通して、部屋を照らして いるのだった。それがあまりにも明るかったので、ゾロはサンジが起きてしまうのではないかと危惧しがた、窓の真下に 頭をおいてベットに横になっているサンジにはその光は掛かってはいないようだった。それに少しほっとして、どうしてこ んな些細なことに敏感になっているのだろうかと不思議に思った。 変わらない健やかな寝息をたてるサンジに、起きる様子は微塵もない。神経質そうに見えて眠りは案外深いらしい男 に、それでも多少の気を使いながらゾロは帰って来た時のようにベットに腰掛け、サンジの寝顔を肴に持ち帰った酒を 少し飲んだ。 シーツだけは随分と気合を入れて洗っているのか、暗い中に無遠慮に浮かぶ白に月明かりが反射して、寝ているサ ンジの頬とその金の髪を照らしていた。それをボンヤリと眺めながら、本当に何もかも自分とは異なるとゾロは少々感 心する思いだった。 髪の色、肌の色、目の色、顔の造り。笑った顔、怒った顔、すねている顔、困った顔。 その一つ一つを思い出してはなぞりながら、そんな風に自分とサンジとは随分と違うけれど、決してこの男を嫌いでは ないのだとゾロは思った。言い合いになることは多いが、それが後に引くことはないし、次に顔を合わせれば喧嘩の内 容など忘れてしまっていた。そういった関係が心地よくて、ゾロはサンジほどにはこうして同室であることを嫌だとは思 わなかった。 ここへ来る前、あまりにルフィがなんやかんやと騒ぐので、部屋割りは安易にくじ引きになった。その時ウソップが、ふ ざけた素振りで、ゾロに言ったのだ。サンジと同室にならなければいいな、と。もちろんそれは直前まで言い争いをして いたゾロとサンジとをからかっての言葉であったのだけど、ゾロはつい素直に、俺は別にサンジと一緒で構わない、と 言った。そうして何気なく隣に立つサンジに目をやると、サンジはこの世の終わりを見たような、ものすごく不可解な表 情で驚いていた。しかしゾロにはサンジがなぜその様な顔をしたのか分からず、お前、顔がすごく変、と言ったらまた喧 嘩になって結局ナミに殴られた。でも、その時のサンジの顔は本当に変だったのだ。 それは曲げられん、と思いながらゾロはまた一口酒を喉に注いだ。サンジが起きる気配はやはりない。それでもこん な風にサンジと居るのは悪くない、とゾロは思った。 変な男だ。でも、面白い男だ。ゾロはそう思う自分もまた、悪くないと思った。 「・・・うぅ」 ボンヤリと考え込んでいた耳に、不意に入り込んできた異音にハッとなってゾロは声のした方を凝視した。いつの間に か角度を高く上げた光が、サンジの目元まで届いて先ほどまで窓枠の陰になっていた表情が露になっている。 ゾロは、その顔が激しい苦悶の表情に歪むのを見た。 「う・・・うぅ・・・」 かみ殺すような唸りが、再びサンジの口から零れた。それにぎょっとしてゾロは慌てて傍らの床に静かに酒を置き、そ っとサンジの枕元に近づいた。 どこか痛むのだろうか? ゾロは、サンジがどのように怪我を負ったのかを知らない。本人が知られたくなさそうなものを無理に知ることもないと 思ったからだ。自分だってしつこく傷のことばかりを聞かれたら、快くはないだろう。だから、あえて聞いたりはしなかっ たのだが、もしかしたらその傷が治りきらずにこうして痛んでいるのかもしれない。もしかしたら、今日に限って早寝なの も、そのせいなのだろうか? ゾロは声は漏らさないものの、やはり辛そうなままのサンジの顔をじっと見ながら、自分がこうしていたところでどうし ようもないのだと思い当たって、ひどく居た堪れない気持ちになった。 これが他の誰かであれば、何気ない優しさで傷の具合を慮ったり、治療を施したりできようものを、今日に限って自分し か傍に居ないものだから、サンジはこんな風に苦しんでいるしかないのだ。それが思いの他ゾロの心を重くして、どうし ようかと顔を顰めた。今からチョッパーを呼びに行こうか、それともウソップでも連れて来て、気を紛らわせるような話で もさせようか。 しかしおそらく誰もが寝てしまっている時刻に、誰を起こすのも忍びなく、結局は自分で解決するしかないのかだとゾ ロは腹を括った。 「・・・サンジ?」 そっと起こさないように小さな声で名を呼びながら、手をサンジの頬に滑らせて撫でてみる。すると驚いたことに、サン ジは苦悶の表情を緩め、眉根を弛緩させた。 そうか、人が居れば安心するのかと痛みが原因でないことにほっとして、ゾロは今度はやはり細心の注意を持って手を 頭に置いて、髪を梳くように撫で上げた。するとやはりサンジは呼吸も落ち着き、穏やかな表情を取り戻し始めた。 良かった・・・。 もうそれほどに苦しそうでないサンジに、手を離しても大丈夫なのだと分かったが、どうしても先ほどまでの苦しそうな サンジの表情が目に焼きついてゾロはそこから離れ難く、だからといってこのまま朝まで髪を撫で付けて居る訳にもいく まいと思っていた。その時。 「・・・ん」 サンジが、左手を差し伸べた。 「っと」 ゾロは目の前に差し出されたそれを咄嗟に掴んでしまっていた。するとサンジの手は求めるものを得た喜びからなの か、常にない力でギュッとゾロの右手を握りこんだ。 「サンジ?」 あまりの強い力に一瞬目を覚ましているのかと思ったがそうではなく、やはりサンジにとっては夢の中の出来事なの か、髪を梳くのよりもひどく安心しきった顔をする。どうやら求めていたのはこれかとゾロは知らず安堵した。 しかし、困った。 ゾロはサンジに右手をとられたまま、ぐたりとベットサイドに背を預けた。こんな不自然な格好では、休むことも出来な い。かと言って、サンジのこの手を離せない。しかし程よく飲んだ酒が効き出して、ゾロは大層眠かった。 ゾロは数分逡巡して、どうしようかと迷った挙句、恐らくは明日の朝面倒なことになるかもしれないと思いながらも、覚 悟を決めて立ち上がった。 continued サンゾロ・・・サンゾロなんです・・・サンゾロなんだってば・・・。 |