ふと目を覚ますと、視界は薄暗がりに包まれていた。一瞬明け方の明るさかと思ったが、それはそうではなく、どうや ら視界をシーツの薄布が阻んでいるせいだと気がついた。それを手で除けながら、やはり室内は既に朝の明るさで、自 分が珍しく寝過ごしてしまったことを知る。 サンジは上手く昨夜のことが思い出せず、ボンヤリと視界に移る室内と、部屋の向こうの壁に沿って置かれたベットを 見やった。 ああ、そうか。 ここが陸地であること、皆とは離れた宿屋に居ること、そして、同じくゾロがいるはずであること。寝ぼけた頭は上手く 回らなかったが、漸くそこまで理解できて、では目の前のベットが空であることの意味はなんでるのかと思い、ああ、ま た逃げられたのかとサンジは穏やかなはずの呼吸が急に忙しなくなるのが分かった。 この部屋に入る前、ゾロは早々に酒場に足を運んでしまい、サンジはあっという間に放り出されてしまった。なんだか それで気が抜けてしまっていつもだったら早速ナンパだと意気揚々と街へ繰り出すところなのだが、昨夜はそのまま部 屋に戻って寝てしまったのだった。幾分か傷の具合が良くなかったせいもあったが、理由の大半はゾロにあった。サン ジとしては折角宿を同じくしたのだから、せめて夕飯くらいは一緒に摂るつもりだったのだ。それなのにあの唐変木とき たらサンジを意にもかえさずひらひらと後ろ手に手を振って酒場へ行ってしまった。全く引き止める間さえ与えずに。そ こまで考えて、少し乱れたシーツに、ゾロがそこへ腰掛けたくらいはしたろうが、就寝した様子はなくどうやら外泊したら しい事が知れて、本当にゾロにとって自分はどうでもよいのだと思い知らされた。同室であることに、意味など一つもあ りはしない。そういうことこだろう。それならば、どうしてあんな風に無駄に期待させるようなことを平気で口にするのだ。 ゾロのあまりの無神経さにいらだって、ボンヤリと眠りに凌駕されていた頭がはっきりとしてくるのが分かった。 ベットに入ったとき、心が沈鬱としていたせいもあったのか部屋は異様に肌寒く感じられ、サンジは一人暖かさを逃が さないように毛布の中で丸くなって眠りについた。その間に多分ゾロが一度戻ってきたのだろう。綺麗に整えられていた はずのシーツが乱れている様でそれが分かる。しかしもう一度見直したその具合にやはり最初の予想どうり、ゾロの気 配はひどく薄く、長らくそこへは居なかったことが知れた。つまり、寝ているサンジなどどうでもよく、すぐに部屋を出てし まったということだ。 そこまで鬱々と昨夜の状態を考えて、しかしそれでも今朝になって気温が上がったらしいことにフト気がついた。寒か ったのはずの体がホカホカと温かい。特に自分と触れている毛布が心地よく暖かかった。そこでサンジはもう一つ奇妙 なことに気がつた。 緩慢に働き始めた頭が、自分の手の先に視線を送った。多分、反射的に。その手には、誰かの手が握られていた。 ・・・・・・・・? 一瞬、自分が無意識のうちに誰かを連れ込んだのだろうかという考えが頭をよぎった。しかしいくら人恋しく思ってい たとしても、まさか同室者の居る部屋に女を連れ込んだりする趣味はない。その上、その相手はゾロなのだ。いくら節 操がないと言われようと、そういった節度にはうるさいほうだという自覚がサンジにはあった。 しかし紛れもない手とその感触に、疑いようもない他人の存在を認めて、サンジは動けなくなってしまった。 それが、どこかで見た覚えのある手だったからだ。 まさか・・・・。 昨日寝た時点では、きちんと布団の上に横になったつもりだった。しかし今の体勢はどう考えても座椅子によりかか るような感じになっている。体に巻きつけられた毛布のせいでよく分からないが、布団ではない柔らかな、けれど確かな 感触と、背中から腰に回された重み。 サンジはおそるおそる首の回る範囲で顔を上げた。 ・・・・・嘘だろ・・・。 そこにあったのは、紛れもなく良く見知った剣士の顔だった。 サンジの様子に気づいた様子もなく、寝入ったままのゾロにサンジは硬直して動けなくなってしまった。一体何故かは 分からない。しかし今、確実に自分はゾロに抱きしめられ、その胸に寄りかかって肩口に頭を乗せ、その上手を握られ ている。極めつけにゾロの左腕はサンジを捉えるように腰に回されている。これでは硬直などしていなくとも、動くどころ の話ではなかった。 今動けば、ゾロが起きる。 元来、ゾロはひどく寝汚い。起こしても起こしても起きやしないし、雪も嵐もゾロを起こすにはいたらなかった。サンジも それで何度手を焼いたかしれない。実際、強引に起こそうとしてそのまま大喧嘩になだれ込んだのも一度や二度では なかった。 しかし、夜の闇の中のゾロは違った。 初めの頃、、いくら傷が深いとはいえ昼も夜もよく寝ていられるものだとあきれていたのだが、時が経つにつれどうし てゾロがあんなにも強固に昼寝をしているのかに気がついた。 夜、皆が眠るその中で、目を閉じているゾロは眠ってはいなかったのだ。一見呼吸は穏やかで、眠っている様にしか 見えなかったが、幾分か本当に眠っている時と気配が違うのだ。サンジは夜眠れない時、何の気もなく寝返りなどをう ってボンヤリしていることがあるのだが、そんな時、隠し切れない密かな気配を感じたのだ。 あの、研ぎ澄まされた、ゾロの気配を。 恐らく、普段からゾロの気配を追っていた自分だからこそ気がついたものだろう。それはどう考えても眠っている者の 発するものではありえなかった。 日は昇ったといえど早朝はゾロにとっては油断ならない夜の領分だ。安易に動けば忽ちゾロは目を覚ますだろう。い や、そもそも今眠っているのかも怪しい。気配からいって眠っているだろうと思うが、そう言った事に関しては侮れない ゾロのこと、油断などできなかった。 一体、何がどうしてこうなったのか。事の成り行きが全く読めないサンジにとって、この体勢は嬉しいものの、激しい混 乱と動揺を巻き起こした。 居ないと思っていたゾロ。後ろ手に手を振ったゾロ。手を握って、自分を抱きしめているゾロ。どうにも繋がらない。 もしかしてこれは朝方に見る幸福な夢の続きかとも思うが、どう考えてもこの暖かさは本物だ。 しかし、ゾロがサンジに対してこんなことをする理由が見つからなかった。普段から喧嘩ばかりの二人。事あるごとに言 い合った。それでも、昨日、ゾロの言った一言に、自分が嫌われていないと初めて知って、サンジはそれだけで有頂天 だった。同室でも構わないと言った。傍にいてもいいと言ったのだ。それが嬉しくて、でも置いて行かれた寂しさに手足 を縮めて眠った。 何故なら、サンジはゾロに惚れていたから。 それは兎も角、それがどうしてこういう結果に繋がっているのか、まさにミッシングリンクだ。 ゾロの右手を握ったまま固まってしまった左手をそっと解く。本当は離したくはなかったが、あまりにもギュッと握りすぎ てゾロの手が痛そうだったのだ。そうして解いた先のゾロの手に、しっかりと自分の爪あとが残ってしまっていて、どれ ほどの力で自分が握っていたのかが分かった。これではいくら我慢強いゾロとしても痛かっただろうに。それでもその 手を振り解いたりはしなかったのだ。そもそもがゾロの方からサンジの手を取るはずがないのだから、自分から握った のだろうがそれでも普通男に手など取られたら、気味悪がって振りほどくだろう。しかし、ゾロはそうはしなかった。 なんでだ。なんでだよ、ゾロ・・・? もしかしたら、自分は夜中にうなされていたのかもしれない。それを偶然にゾロに見られたのかもしれない。自分では 分からないが、時々うなされることがあるらしいのは自分の声で飛び起きた事が何度もあることからも容易に想像が出 来た。 多分ゾロは、そんな自分を放っておけなかったんだ。素っ気ない癖に、オイシイ所で優しい男だ。それがまた天然なの だから、始末が悪い。恋に落ちるなと言う方が無理な話だ。 まあ、それは本来女の子の話だけどな。 ゾロに惚れているのだという自覚が結構早い段階からサンジにはあった。ゾロの何気ない優しさは確かにそんな気持 ちを更に進ませる助けにはなったが、本当の理由はサンジにも上手く分からなくて、多分聞かれても答えられないと思 う。 ただ、目が離せない。それだけだ。 だから、今までもこれからもそれ以上何かを変える気はなかった。あわよくば、この気持ちをもっと穏やかな感情に、 仲間だという感情に変えて行ければいいと。 でも、こんな風にゾロの方から歩み寄られたら、自分はどうしたらいいのか分からない。抑えきる自信が、ない。 首筋に顔を埋め、ゾロの匂いを吸い込みながら、ああ、やはり自分はゾロの事が好きなのだと思った。それをどうして 自分は止めようと思っていたのだろうか。隠し切ることなど出来るはずもないのに。 「・・・ゾロ・・・好きだよ」 どうやら深い眠りに移行し始めたゾロに、目覚めていないのを確かめて呟いた。今は、これが精一杯の告白だった。 ゾロには嫌われてはいないと思う。こんな風に不安定になっている自分を放っては置けないくらいには認められてい る。それでももう、それでは満足できない自分に気がついてしまった。 ゾロを抱きしめたい。口付けたい。もちろん、それ以上も。 しかし、今の状態では口付けは出来ても、それはただの不意打ちだ。ちゃんとゾロが目覚めていなければ意味はな い。ちゃんと、ゾロの目がサンジを見ていなければ、意味などない。 でも、もう少しだけこの状況を楽しみたい。普段は寄ると障ると喧嘩になるのだ。こんな鼓動も感じる場所を簡単に手 放したり出来ない。 だから、もう少しこのまま、眠らせてくれ。 サンジはもう一度、今度は優しくゾロの手を握り直して、目を閉じた。 昼間には無用心になる剣士は、放っておけばいくらでも眠っているだろう。 「お休み、ゾロ」 呟いて、サンジは目を閉じた。 日は昇ったといえど早朝はゾロにとっては油断ならない夜の領分だ。安易に動けば忽ちゾロは目を覚ますだろう。 眠りに落ちかけたサンジが、薄っすらと開かれた、ゾロの目に気づくことはなかった。 end or continued 寸止め海峡・・・? じれじれしてる男子を書くのがスキです。 これからはもっとゾロにもじれじれしていただきたい。 |