いることを理解していない。でもサンジはそんな風に逃げようとするゾロを逃がすつもりはなかった。 自分は全部ぶちまけた。恥も外聞もプライドも関係ない。今の自分の気持ちを正直に、真剣にぶつけたつもりだっ た。大マジだった。 しかし一方のゾロはといえば、そんな風には捉えていなかった。 一体、この男は何を言いたいのだろうか。 やっと動きだしたゾロの頭は最初にそんな言葉をはじき出していた。理解していないのではない。したくないからしな いのだ。しかも目の前の男は至極真剣な表情を崩そうともしない。いくら理解できないといっても、その真剣さまで疑う わけにはいかなかった。 つまり、この目の前の、小動物ならそれだけで射殺せそうな目をした男は、自分に 「・・・・因みに、今のは愛の告白だ」 そいうことなのだ。 頼む。誰かドッキリだと言ってくれ。誰かウソップを呼んで来てくれ。 しかし、ドッキリは遠い過去の話しだし、キャプテンウソップはぐっすりと夢の中だ。 ああ、これが嘘だと言ってくれるのなら、ここから落ちて甲板に頭をぶつけて、その上海に落ちて風邪を引いても悔い はねえ。ついでにナミに借金しても構わない。そう思うも、やはり辺りを包むのは風の音、波の音。それ以外にはあり得 なかった。 ゾロはそんな風にどうにか現実逃避を続けながらも、もう一方で目の前の真剣な表情をした男の本気を、こんな風に 誤魔化す訳いにはいかないのだと分かっていた。 そんなことは、出来るはずがない。 それにしても往生際が悪く、縁の向こう側からウソップが「なーんてな!」と言いながら現れてくれるのを期待している自 分が少々情けなく思いながらも、それでは一体自分はどう答えていいのか、ゾロには皆目見当も付かなかった。 先ほどより幾分か穏やかになったとはいえ、見張り台の上は風が強い。それに煽られたサンジの金の髪が煽られて いる。それに呼応するようにゾロは自分の胸のうちが奇妙にざわめくのを感じていた。 それを不思議な心持ちで感じながら、ああそうか、と妙に納得してしまった。 目の前の男の言葉には全く嘘がない。それが分からないほど自は鈍感ではなった。 良かった。こいつの本気を取り落としてしまわなかった。 それが嬉しかった。 こいつの言葉を、この、一見殺気だった、でも本当は緊張で死にそうな男の言葉を笑わない自分で良かった、と。 「おい、聞いてんのかよ」 こちらをじっと見つめたまま何も言わなくなってしまったゾロに、サンジはもしかして目を開けたまま寝てる?と訝りな がら、叩き落とされない様にそっと、頬に指先を滑らせた。 冷たい海風にさらされていた表面は冷たく、潮のべたつきも感じさせない感触がサラリと指先を潤した。しかしその奥に 確かなゾロの体温を感じて、ああ、やはり自分はこの男に惚れている、と思った。 ずっと隠していた言葉は、言ってしまえばあっけなく、こんな風に平然としていられる自分が少し驚きだった。しかし緊 張してしまうのは如何ともしがたく、触れている指先が震えないようにする事に物凄い労力を費やした。 「おまえ、もしかして俺が好きなのか?」 しかし、次に発したゾロの言葉に、危うく上体を保つ膝が崩れそうになった。 「おまえね・・・一体何を聞いてたわけ・・・?」 ここまで鈍いと思わなかった。サンジはがっくりと肩を落として俯いた。 もう、これ以上何を言っていいのか分からない。 しかし、このまま倒れて一人儚く散ってしまいそうになっていたサンジの顔は、クスクスと漏らしたゾロの声に引き戻さ れた。 「っゾロ?」 顔を上げた先のゾロは、とても楽しそうに笑ってた。 それがあんまりも優しげで、柔らかで、サンジは呆気に取られながらもしっかりと見惚れてしまっていた。 だって、初めてだったのだ。そんな風にゾロが自分に笑いかけてくれるのは。 「嘘だよ・・・ちゃんと分かってる」 そういってもう一度、柔らかく微笑んだ。 それはどうしたら何時もの仏頂面から引き出すんだ、という位にサンジにとって一生の宝物にでもなりそうな勢いの笑 顔だった。 「ちゃんと分かってるよ」 ゾロは少し目を伏せ、口元を微笑みの形に留めながら小さく呟いた。 ちょっと困ったような、後悔するような、でも諦めたような。そんな笑みだった。 一方サンジは予想外のゾロの反応にこちらこそどう返してよいのか分からず戸惑いに目を凝らした。 だがやはり、 簡単に払いのけられると思われた手は未だにゾロの頬に触れたまま、その存在を許されている。それも、サンジの思 惑が分かっているというのに、だ。 そのゾロの反応と指し示す答えが分からなくて、サンジはこの先一体自分は何を言うべきなのか分からなかった。 そうして戸惑いと恐れと、ほんの少しの期待を込めた眼差しを受けながらも、ゾロは何時もと変わらない冷静さでいる 様にサンジには見えていた。 しかし実際のゾロの脳内会議は、蜂の巣を突付いた呈で騒然となっていた。 たった今、この仲間であるはずの男に愛の告白を(幾分ストレート過ぎるきらいはあったが)された瞬間の行動を、無 意識に決定していた自分に戸惑っていた。正直こんな風に勘違いした輩や、趣味を疑うような男を目の前にするのは 始めての事ではない。 そういった時、本来ならばこんな風に男に何がしかの好意の意思を告白され、それが性的意味あいを持ってのことで あれば、この腕や、眼力で持って容易に跳ね除けて来た。 しかし今の自分はどうだろう。こんな風に言われて、その意味合いをはっきりと示されても、拒絶しようという気が全く 湧いて来ない。 しかもその手でもって頬に触れる所作をしたところで全く咎める気にもならないし、果てはこんな風にまるで承諾のよう に笑ってしまった。 冗談じゃない。こんな自分は知らない。 相変わらずの冷静さの表面の中、ゾロは焦る自分をはっきりと感じていた。 ふざけんな。どうして俺はこんな奴に。 ゆっくと目を上げ、不安そうにこちらを見返してくるサンジをを見つめ返す。その顔にゾロは、やはり自分が感じている 正直な感情を隠せず、諦めるように目を閉じた。 どうして俺は、こんな奴に。 愛しさ、なんてものを感じてしまっているのだろうか。 しかしサンジはそういったゾロの胸の内を知り様もなく、ただそうして沈黙を守るゾロの様を果たしてどう取ればよいの か困惑に胸を突かれた。ただ、あまりにも呆気無く、或いは暗黙の内に拳で返事を返されるのでは、と思っていたサン ジにとってそれは想像を超えた未知の世界だった。それは言い様によってはラッキーであると言えなくもなかったが、だ からといってサンジの本願が成就するわけでは決してない。その事実はサンジの胸を酷く痛ませた。 今もまだ、ささやかな微笑みの断片を口元に残して、サンジをまっすぐと見上げてくるゾロの目のその意味はサンジに は分からない。 ただ、自分の疑い様もない本気を、ゾロは誤魔化したりせず、きちんと受け止めてくれた。 それだけは確かなのだった。 それが驚くほど自分を満たすのにどうやら本当に本気でこの男にのめりこんでしまっているのだと、サンジは心の中 で苦笑を漏らすほかなかった。 何の望みも、可能性もない。気づいた瞬間に終わってしまうような恋だと思っていた。 だから何も言えず、気づくのにさえ恐れを抱いた。 「ゾロ・・・」 掠れて、危うく聞き取り損ねるほどの小ささで、サンジが名を呼ぶ。 ああ、今風が吹いていなくて良かった、とゾロは思った。そうでなければ、今の言葉は力を失ってどこか遠くへ消えてし まっていただろう。それに安堵して、誤魔化し様もないほどに認めている自分に、図らずもサンジと同じくゾロは内心で 苦笑した。 この変わりようはどうだろう。この男相手に、こんな感情を持余す日が来ようとはいもよらなかったことだ。 ゾロは認めたくなかったが、本当はその前兆がなったわけでもない。 おそらくはナミにだけ、気づかれていた自身の杞憂。 ナミを、ルフィを、雪崩から身を挺して庇った話を聞いた時に思った。 サンジのそれは、自分やナミの様な生き方とは違う。 それは、自己犠牲の情だ。 それを知った時、ゾロは我知らずぞっと心を竦ませた。 この船の中、皆口をそろえてゾロの事をそんな風では長生きできないと言うけれど、ゾロは違う、と思っていた。 それは、サンジの方だ。 (あんな生き方をしていたら・・・) それを誰かに言ったことはない。ナミに気づかれたのは、ナミ本人もそう感じているからこそだ。 ましてやこんなこと、サンジ本人に言ったことはなかった。 おずおずと差し出された手の平で、両頬多い尽くす様に包まれ、ゾロは目を細める。肌を滑るサンジの体温が心地よ かった。 (ああ、生きている) 不意に浮かんだ言葉に、ゾロは想像以上に心が揺れて、まるで祈るように目を閉じた。 さもなくば、泣いてしまいそうだった。 その行為が、サンジにとってどういう意味合いになるかは、最早承知の上だった。 それでも、構わない、とゾロは思った。 ゾロとサンジとでは、生き方も考え方も辿って来た道も違う。これから駆け上る先も或いは二つに分かれて行くだろ う。 それでも、今、頬に触れる体温は紛れもなくサンジ自身の命の暖かさだ。 それをゾロは、悔しくも愛しい、と感じてしまうのだから。 「ゾロ・・・」 その視線を覆う目蓋に、サンジは浮ついてしまいそうになる声を抑えるのに精一杯だった。 どうしてだ、許されているのか。頭の中では出口のない言い争いが続く。 目の前では、すぐ傍にゾロの吐息があった。 今、サンジが言った事も望んでいることもゾロにはもう分かっているはずだった。 それなのに、その目を閉じるのか。 まるで試されているかのようなゾロの態度に、サンジは戸惑わずには居られなかった。 はたして、自分が望むままに振舞ってよいのかどうか。 本当は今すぐにでも、ゾロのその体を抱きしめ、その唇に口づけたい。髪を梳くように頭を抱え込んで、「好きだと」囁 きたい。 しかし何も言おうとしないゾロに、いったい何を言えるだろうか? 今、こうして触れていることにさえともすれば恐れや戸惑いを感じる臆病な自分が、このまっすぐに人を見据える鮮やか な視線に問うことが果たして出来るのだろうか? いつになく否定的な自分を感じながら、サンジはそれでももう、止めることは出来ないと分かっていた。こうして、目の 前にゾロが存在している。そうして自分の望むまま目を閉じる嘗てない従順なゾロに、いったいどうして抵抗など出来る だろうか? 「ゾロ・・・」 それでもなけなしの理性でもって自分を止める様に囁いても、やはりゾロは許すように目を閉じたまま、じっと自分の 視線に晒されている。それがまたどうしようもなく愛しさを募らせて、サンジはもう何も言わず、この愛しさが伝われば良 いと、余す言葉の代わりに口付けた。 「ゾロ・・・好きだ・・・」 何度も何度も口付けて、余すところなどないほどに口付けて、囁く様にサンジはもう一度繰り返した。それにもやはり ゾロは目を閉じたまま、微かな呼吸を繰り返すだけだった。 「サンジ」 不意に紡がれたのが自分の名であると、意識するよりももう、胸の高鳴りは耳元までせり上がり、笑えてしまうほどに 緊張している自身を知ってサンジは危うく漏らしそうになる苦笑を殺した。その様な失態は、今の状況では死を意味す ると言っても過言ではない。とにかく緊張に震えそうになる指先を何とか押さえ込んで、湧き上がる喉の渇きを誤魔化し た。 「俺は、お前が生きてりゃ、それでいい」 ゆっくりと開かれた目は月夜に映えてまるで金に輝いた。自分でも確かめながらの言葉はひどく掠れている。それに 危うく漏らしそうになるうめき声の様 な感嘆の声を飲み込んで、その目をまっすぐに見据える。 ゾロの言葉は、まだ終わってはいないのだ。 「それ以上は望まねぇよ・・・」 あまりにもそっけない言葉。普段であればなんと薄情な男であろうと自分はゾロに対する落胆と絶望を覚えていただ ろう。 でも。 「ゾロ・・・」 「俺は、それで十分だ」 そう呟いた金に輝くゾロの目からは、信じられないことに大粒の涙が零れ落ちていた。 「ゾロ、ゾロ、ゾロ・・・っ」 これほどまでに溢れ出す感情の波を、一体誰が抑えきれるというのだ。 もう、サンジは自分を抑える術がない事を知っていた。 抱きしめたゾロの体は、細かに震えていた。 思い出して危うくまた緊張に胸が痛むのに苦笑して、サンジはやはりどこにも姿の見えない緑髪の剣士の事を思っ た。 あの時以来、あの夜に囁いた言葉をゾロに言ったことはない。 ゾロもあの夜に漏らした言葉も囁きも、二度と言ってはくれないだろう。 ゾロと自分とは違う。 それはあの夜、互いの体温を誰よりも身近に感じ合いながら出した、サンジの結論だった。 サンジはゾロが好きだった。多分、傍にいて、あの後姿を見ている限りこの恋は続くだろう。 でも、ゾロは違う。 自分を大切にしてくれている。失くしたくないと思ってくれている。でも、それは恋情でない。それなのに、それがサンジ を失わない確かな方法であれば、ゾロは容易に許すのだ。 「でもそれって、ちっと脈アリだと思わねぇ?」 小さく呟きながら、吸いさしの煙草を海に投げ入れる為に船側に寄った。 そこからは後方甲板に集まっているらしいクルーたちの姿が見えた。 その中には、じゃれつく船長を片手であしらう剣士の姿もある。 だってさ、どうでもいい様な男に、黙ってあんな顔見るの許すような天下のロロノア・ゾロじゃねぇだろう? 海に煙草を投げ入れながら、サンジは後方甲板に歩みを進める。 「俺はよ、気は長ぇ方なんだ。その上、諦めも悪いときてる」 覚悟してろよ、ロロノア・ゾロ。お前がそんな風に甘っちょろいなら、俺は意地でもお前をその気にさせてやる。 「そうすりゃお前は俺を失わねぇ」 大満足だろ?大剣豪。 「てめーら!おやつだぜ!」 「おおー!今日はなんだー!」 すかさず振り返った船長の向こうで、つられる様にして振り返ったゾロとばっちり目があった。 それに他の誰にも気づかれない様な小ささで微笑んで、サンジは全まで見ずに踵を返した。 end 両思い大推奨のSoulKitchenですが、初めはどちらも片思いと思い込んで悶々と しているのが好きです。 そんであるとき気がついて「えーまじまじ??」みたいな。 その後はもちろん、ラブラブでね。 |