雨の降りしきる砂浜をぼんやりと歩きながら、雨の吸い込まれていく遠い海を見た。
 どんよりと薄暗く落ち込んだ曇天に、時折思い出し様に遠雷が糸を引く。雷音は聞こえない。ここまでは届かず、距離
はずっと遠かった。それを少し寂しいと感じ、そう感じることが嫌ではなかった。
 一方的に打たれた顔に、ざあっと風が吹き込み、見開いたままだった目に雨を流し込む。それを瞬きで払いながら、
頭をうなだれた。
 本当は、こんな風に落ち込むいわれはないのだ。
 悪いのは自分ではない。自分ではないのに、それでもこんな風に落ち込まないわけには行かなかった。


 坂井が泣いた。
 

 理由は忘れてしまった。多分、いつもとそう変わらない下らない言い合いが発端だったと思う。何か理不尽なことを言
われて、言い返していたのだ。一つ一つトランプを裏返すように分かりやすく反論した。しかし途中で自分でも少し言い
過ぎたと思った時には遅かった。
 

 目の前で、坂井が泣いていた。


 目許に浮かんだだけかと思った涙は忽ち溢れ出し、幾筋も頬に後を残した。もしそれで、泣きじゃくる様に何かを嗚咽
と共に言い募ったなら、こんなにも自分は落ち込んだりはしないのだ。
 それがあまりにも無表情で、あまりにも無機質であまりにも無防備だったものだから、珍しく自分は動揺して、我を忘
れて転げるようにその場から慌てて逃げてしまったのだ。
 坂井もそんな自分を追っては来なかったし、追いつかれても殴り倒していたかもしれない。
 到底冷静になれないくらいに動揺していた。と、思う。
  雨を含んで段々と肩に食い込み始めたコートなど、本当にどうでも良いくらいに、酸性雨で頭を焼かれても気になら
ないくらいに、足元が波に浚われて二度とローファーが使えなくなっても気がつかないくらいに、動揺していた。





 そうして、あまりにも他人に入り込みすぎている自分に、動揺していた。












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