得意先の接待は蹴飛ばした。 本来それが目的で呼び出されたせいもあって、同行した経理の担当者も取引先も大層驚いたけれど、既に時間は逼 迫し、本当にそれどころではなかった。 危うく乗り遅れそうになったぎりぎりの列車に飛び乗って、最悪でも絶対にこの時間に乗るつもりで買っておいた指定 席に息せき切らして腰を降ろす。 それでも本来ならばもう少し早い時間帯に帰れればよかったのだが、それは流石に無理だった。 それでもこの時間ならばどうにか合格点だろうと、やっと落ち着き始めた息を大きく吐いては整える。そこで気付かぬ うちに人目も憚らず頭を抱えそうになって、下村は危うく姿勢を正し背もたれに体を預けた。 今度は呼吸を正すだけではない溜息が漏れ、誤魔化すように目を閉じ顔を擦る。 どうしたってこんな風に思うのはどうかしている。 ざらりとした手袋の感触が汗ばんだ額と頬を荒く弄り、その感触に微かに目蓋が痛んだ。 位置をずらして、いつでも時計が見られる所に移動した。 腕時計はきちんと嵌めている。それでもそれを見るにはどうしたって目は改札口から逸らされるので、坂井は改札を 見たままで時間を確認できるところを選んだのだ。 今はとにかく、一時でもそこから目を離したくはなかった。 しかし時刻は無常にも過ぎていく。 いつの間にか込み合っていた駅構内は人も疎らになり、佳境を迎えた花火の音がけたたましく空気を振動させた。 しかし今の坂井にとって、それもあまり気休めにはならなくなってきていた。 初めこそその美しさや華麗さに目を奪われはしても、それは結局のところ一人であっては意味がない。 ここに、下村がいなければ。 しかしそうは思っても一向に下村は現れず、悪戯に時間ばかりが過ぎていった。 「?」 いつの間にか意識を眠りに攫われていたらしい。 まるで儚い夢のように、閉じていた目の裏に不意に浮かんだ情景がなんであるか一瞬迷った。 それがどうやら空気の振動で喚起されたらしいことに思い至り、下村は慌てて目を開き目的地へとひたすらに向かう 車体から目を凝らした。 前方、暗い空の真ん中に光の穴が穿たれた。 どうやら約束の時間に間に合ったらしい。 まるで無自覚のまま、下村は小さく安堵の息を吐き出していた。 あああ、なんで何で続くの・・・?! |