弾丸FLOWER
+まだ見ぬ君を思う
















 ドンッと打ち鳴らされた空気の振動に、坂井は咄嗟に目を天空に押し上げた。
 辺りは駅とは反対方向に流れる人の川に満ち溢れ、どうにか前に進もうにもその度に誰かに足を踏まれては誰かに
肩を押される始末で、どうにも前に進んだ気がしない。しかしそう急ぐことはないのだと気を持ち直し、坂井は小さく溜息
を付いた。
 花火大会当日に、車で移動を試みるのは無謀に他ならない。坂井も慣例に習い車は自宅に置き去りにし、増発され
たバスを横目に徒歩で駅までやって来た。

 もちろん、横浜から戻る下村を向かえる為だ。

 眼前に迫った駅からは、数え切れないほどの人波が吐き出される。依然としてその波に逆らい構内に入ると、そこは
思うほどには熱くなく、夏の熱気に茹だる空気は爽やかな夕暮れ時の風が優しく攫っていた。それに無意識にほっと
し、坂井は改札を余さず見渡せる柱の前に陣取った。
 構内では待ち合わせのカップルや学生のグループ、遠出をしてきた家族連れでごった返している。
 ちらりと見た壁掛けの時計は、まだ下村との再会が遠いことを示していた。
 激しい人ごみの中に自分の待ち人を見つけては、段々と人が減っていく。驚くほど近く感じる空気の爆発音は、実際
市街地で打ち上げられたもので、手が届きそうなほどにそれは近い。
 下村にはああ言ったものの、坂井も実際駅から花火を見るのは初めてだった。
 ビルとビルの隙間に挟み込まれながらも、鮮やかな光の瞬きが瞬時に咲いては散っていく。
 次々に繰り返される儚くも力強い閃きに、坂井は自然と目を奪われていた。
 明滅と数舜遅れてやってくる、腹に響くような空気の振動。
 それは触れることも叶わず、遥か高みにありながら違わずここに集う誰もが唯一共有する、瞬く光の存在感だった。
 無意識に取り出した煙草に火を灯し、その間も弛まず繰り返される言葉を奪う饗宴に、坂井は大きく息を吸い込ん
だ。
 なだらかな円を描き、ゆっくりと光の尾を引いてハラリと散る花弁が網膜を焼く。
 感嘆の息をつく観衆に、習って坂井も小さく息をついた。

 その数舜の瞬きでいいから、下村とそれを共有したかった。

 たとえばそれは、花火でなくとも構わなかった。ただ単に今は夏で、そうして偶然に花火の光が頭を掠めただけだ。

 その壮大な一瞬の美しさが心に残るように、あの男の中に自分という残像を焼き付けることができるのならば。

 そんな卑しい考えが、不意に坂井の心を甘やかに奪ったのだ。

 時折胸を浸す不安の固まりは、本来であればそんな憂鬱な物思いなど、いとも容易く退ける坂井から抵抗の力を優し
く奪い取った。
 理不尽なほど他人の心にも自分の心にも無頓着な男に、坂井は本当に辛くなることがないわけではない。余りにも行
き違う言葉や態度、考えの空しさに憤りを感じては争いになることも多かった。
 それでも結局、離れることは叶わない。
 それならば、少しでもあの胸の中に自分の居場所を造りたかった。
 眠りに落ちる寸前にふと思い出されるメロディーの様に、季節の折に感じる切なさの様に。
 初夏の匂いの中に、自分を思い出せばいいと。
 しかしそれも所詮無駄な足掻きに過ぎなのだろうと思う。余計に募る心情もあったが何もせずに居れるほど、老成な
ど出来ないのだと坂井は鼓膜を震わす音に耳を預けるように目を閉じた。
 途端に体全体に響く破裂音に胸を震わせ、ああ、早く来いよ、鈍感野郎。と理不尽に罵りながら、大きく煙を吸い込ん
だ。









 でも、本当はこんな些細な日常のやり取りが、どうやったって幸福にしか感じなのだから、大概どうにでもなれ、と思う
のだった。




















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何で続くの・・・?