step to far . 4








 指が少し震えていた。

 それを力を込めて握りつぶし、それでも誤魔化せない心の揺れを諭すように溜息を漏らした。
 
 いずれそうなるだろう事を、ゾロとて考えなかったわけもない。
 想いが通じ合った相手が、こんなにも傍に居れば今まで離れていた分までも相手を強く感じたいと思う。後は必然的に行き着く先など知れいてい
る。
 今まで一人で想う時には考えもしなかったその成り行きを、サンジと再会する事でゾロは初めて意識した。 
 サンジに触れる事。キスをする事。抱きしめる事。抱き合う事。
 そしてその意味も。
 もう一度深く溜息を漏らし、手のひらを強く額に押し付ける。汗ばんだ肌は既にひんりやりと冷えていた。そのまま顔を撫でるように降ろし、口元を
覆う。
 やはり指先は少し震えていた。
 好きだという気持ちは、驚くほど素直にサンジの体温を求めた。
 それはまだ再会のための手紙を綴った時にはなかった感情だ。
 ただあの時は会いたい気持ちが先走り、一度サンジへの気持ちを認めてしまっては尚更に歯止めは利かなかった。
 会いたい
 会いたい
 会いたい
 会って、あの顔が見たい。
 声が聞きたい。
 話がしたい。
 その中に、触れ合うまでの気持ちは多分なかった。
 思いつきもしなかった。
 けれどあの時、再会した夕闇の中で。
 その声よりも先に、伝え合う喜びの言葉よりも先に。
 触れたいと思った。
 
 この愛しい、唯一人の男に触れたいと。

 かあっと頬に熱が集まるのが分かる。誰もいない部屋の温度が急激に上がった気がした。しかしそれに反して背筋の辺りは冷えたままだ。
 感情を殺す事、無表情を貫く事。動揺を悟らせない事。
 生きるために身につけたその必須の意思は、そのまま臆病な心を隠す卑怯な手口になった。
 あさましい自分の感情を、見せたくない。
 もしサンジに気づかれ、サンジの態度が変わってしまったら。
 触れたいと思う事、求める事をただ恥じた。弱みを見せることで失う、尊い立場を優先した。

 覆った手のひらに感じた唇が、自然と自嘲の形を取った。
 ロロノア・ゾロともあろう者が、たった一人の男相手に怯えているなぞ、誰が思う?
 たった一人の男に嫌われる事を、こんなにも恐れているなどと。
 だた平素では考えられないような心の動きに呆然とするのは自分も同じ事だ。
 仲間相手に感情を隠すなど、今までしたこともなかった。
 しかしことサンジ相手になると、どうにも勝手が違ってやりずらい
 なにより自分の感情云々よりも先に、相手がどう思うか、そればかりが気になった。
 もっと素直に、正直に話せばいいのだと思う。
 相手の本気を笑うような、姑息な男でないことは分かっているのだ。
 しかしだからこそ、ゾロが本気で意に沿わぬことを望んだら、サンジの戸惑いはいかほどのものだろうかと考えてしまうのだ。
 
 サンジに嫌われたくない。

 しかしそれ以上にサンジの笑顔を妨げるような事を、一切したくないのだ。

 長く、細く息を吐く。ゆらゆらと揺れるランプはゾロの立ち止まる足元にわだかまり、深く影を穿っていた。

 


 サンジが仕事を終え、ゾロの部屋を訪れる時間まで、あと、少し。


























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(03/06/17)

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ちょっと短いですね。
すみません。