under the sun 1












 朝からルフィがゾロにべったりで気持ちが悪い。
 そう感じているのはどうやらナミだけではないらしい。二人が寄り添って歩く後には決まって嫌な雰囲気が漂って残る。
 ナミはそれをどう感じていいのか迷って顔を顰めた。
「なんだ、ゾロは二股か?」
 一番見晴らしのいい前甲板に広げた基地拡大図の端に足を突っ込み、仁王立ちするナミに目もくれず、ウソップは一心不乱だ。しかし先ほどから
仇花を振りまいて、辺りを剣呑な雰囲気に巻き込んでいる二人のことは流石に気になっていたらしい。指先の器用な動きは変わらないが、そこに
は会話をはさむ余地がある。
「…再会一ヶ月にして倦怠期?」
「俺に聞くなィ」
 あんたが話を振ったんじゃない。憤慨して言えばウソップはひゃあっと肩を竦めた。
「どっちにしろ、昼飯時には一騒動おきるぜ〜」
 航海は長く、海は広い。他の海賊船にも海軍にもぶつからない日々はまったく退屈だ。皆気味の悪い沈黙を守っていても、内心はいい退屈しの
ぎが見つかったと大いに喜んでいるに違いない。それはどうやらウソップも例外ではないらしく、あと半時で始まる血生臭い騒動を思って胸をときめ
かせている。
 そんな風に単純ではないナミは、空を見上げてあーあ、と声を上げた。
 青い空には「とばっちり」という字が浮かんで見える。あるいは「八つ当たり」だ。
「…夕飯がパン一つにならなければいいけど」
 立ち去り際に言い捨てれば、ウソップがレンチを投げて慌てて立ち上がった。













「テメーら、どういうつもりだ」
 先ほどからキッチンの入り口からラウンジにかけて異様に騒がしい。
 元々キッチンは料理人の聖域だと言って憚らないサンジだ。流石に中にまで入って来ることはないが、真剣勝負の最中に外野がうるさくてはか
なわない。そもそも普段はサンジの機嫌を損ねない為、メシ時の声がかかるまでラウンジに入らないのが暗黙の鉄則だ。
 それが今日に限ってどうにも騒がしい。幾人かはキッチンの入り口からサンジの様子をあからさまに伺っているのがありありだ。
 確かにここのところ浮かれていて、料理に手心を加えたこともあったが、内容的には豪華になる一方だけに不平不満を漏らす輩も見当たらない。
今更いったい何の抗議行動だとサンジは額に青筋を浮かべた。
 次、顔をのぞかせた奴を蹴る。
 サンジは一旦携えていたレードルを置き、靴のつま先を臨戦に備えてタントンと床に数歩打って拍子をとった。
「よ〜大将!今日の昼飯は何かな〜?」
 その途端に顔を覗かせたのが、あろうことかウソップであった。
「悪ィな、ウソップ」
「は?」
 意味もわからず謝られ、頭上に?を飛ばしたウソップに、サンジはゆっくり足を上げた。
「俺は一度決めたことは、覆さない男なんだ」
 次の瞬間、観音開きのラウンジの扉は、左右に見事に弾け飛んだ。












「だからおめーはよぉ。やることが極端なんだよ」
 後頭部にたんこぶを作る程度で平然としているウソップに、こいつもずいぶん鍛えられたと思いながら、サンジはふんぞり返って座ったウソップの
前に粗茶をだしてやる。
 ウソップはふんっと鼻を鳴らしてそれを飲んだ。しかしすぐに口の中の傷に染み、「ぎゃあっ」と牝牛を屠殺したような声を漏らした。
 サンジとて別段機嫌をとるつもりも、謝るつもりのないのだ。
「キッチン周りをウロチョロするのが悪い。俺は悪くない」
 こちらも負けずにふんぞり返って腰掛けて、タバコをふかすサンジにウソップはハイハイ、と適当な返事を返す。
 このままサンジの機嫌を損ねたままでいるのはいただけない。策士たる者、常に数歩先を見越して計画を立てるものだ。
「まーそれは俺が悪かった。でも別にお前の邪魔したわけじゃないだろーよ」
「ムサい存在自体が、悪だ」
 確かにラウンジをウロウロとしていたところでサンジを邪魔したとは言い難い。しかしチョコチョコ意味もなくキッチンまで覗かれては珍獣になった
気分で気が散るのだ。
 普段から穏やかとは言い難い顔を格別凶悪に変え、サンジは眉間にしわを寄せた。
「で、いったい何の用だ」
 一応昼食の下ごしらえは終えており、後は直前に用意すればいいようになっている。それももうサンジが指示を出せば、他のコックでも出来る程
度の話だ。
 ここ数年ですっかり人の使い方を覚えたサンジは、既に料理長の風格だ。
 口にくわえたタバコをぷらぷらと上下に振りながら、ウソップを促して顎をしゃくった。
「いや、用はねェんだが…」
「何だって?」
 ピクリと一度は引っ込んでいた額の血管が顕著に現れる。途端に目が釣りあがった。
「用もねェのに俺の邪魔してくれてんのか。お前らは」
 剣呑を通り越し、凶悪を遥かに超えてサンジの体の周りを殺気が漲り始める。これには流石のウソップもウッと体を引いた。
「いや、いやっ!ちょっと待て!ちょっと待ってください、サンジくん!」
「問・答・無・用!」
 もう弾け飛ぶラウンジの扉はなかった。

























(03/11/09)

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