under the sun 3 疑った事など、ただの一度もなかった。 ゾロはルフィと行くと言った。「船長」と呼んだのだ。 だからそれはルフィの中で、絶対の言葉になった。 交わされた約束は絶対で、そしてそれを破る事は許されない。 たとえそれが、二人を別つ約束でも。 びょおっと耳元で激しくなる風には雨と嵐の予感が含まれていた。 ルフィは目に沁みるほどの冷たい風を一身に浴び、しかし一歩も引かずメリーに座った。 眼前は真っ黒な闇と黒々とした海だけだ。舳先が切り裂く波飛沫が時折船体を打って太鼓のような音が鳴る。それが風に紛れて途切れ途切れ に夜を深く食んでいた。 どんな強風にでも飛ばないように、麦わらにはナミが紐を通してくれた。それがバタバタと鳴って耳を叩く。天辺を片手で抑えて目を細めた。 暗い航路も、仲間が居れば不安はなかった。 そもそも初めからして見送りもない、たった一人の船出だった。 それに不服はまったくない。望んだものを手に入れるためならば躊躇いはなかった。 馬鹿にされる事も別に苦痛じゃない。同じを場所を見ていないならば、見えるものが違うのも当然だと思った。 そんな時、ゾロと出会った。 それからどんどん光の粒みたいな仲間が増えた。 嬉しかった。 隣ではいつもゾロが笑っていた。 すぐに分かったよ。お前が俺と同じものを見ていると。 でもその時俺は幼くて分からなかった。 だからこそ、別れなくてはならない時がくる事を。 初めて会ったあの日、確かにお前はそう言ったのに。 「ルー」 懐かしい呼び名に振り返る。少し離れたところにゾロが立っていた。群雲が月を隠して灯りが乏しい。表情は夜に隠された。 「落ちるぜ」 「平気だ」 ゾロが笑った。気配だけでそれが分かる。そういうところは変わらない。 ルフィはピョンッとメリーの頭から飛び降りた。 「風が出てきたな」 大股三歩。ゾロの気配はすぐ近くにある。夜目が利くゾロにはルフィの顔が見えているかもしれない。けれどもルフィからは見えない。 昔から、こんな風だったよな。ゾロ。 唇を引き結んだまま、ルフィはじっとゾロの顔の辺りの暗闇を見た。 ゾロはいつでもルフィの事を分かってくれた。理解してくれた。 ずっと見ていてくれたのだ。 だからルフィは迷う事無く思うままに振舞えた。 自分の道をただ進めた。 昔、ルフィは一人だった。 ルフィの夢を誰もが笑った。嘲って罵った。それでもちっとも構わなかった。 お前と俺とは見ているものが違う。望んでいるものが違う。 違う事に罪はない。ただそれだけの事なのだ。 だから一人でも平気だった。 でも今は違う。 自分を分かってくれている人が居る。それがこんなにも大切だと思うから。 もう「一人でも平気」なんてきっと言えない。 「そんな顔すんな」 近づいてきたのはゾロの方だった。大股で三歩。あっという間の距離。ルフィはごしごしと目元を擦った。 「俺には見えねェ。そんな顔って、どんな顔だ」 「…こんな顔だよ」 額に冷たい物が触れた。そのままそれは大きくルフィの頬を覆ってちょい、と耳を引っ張った。 「泣きそうな顔だ」 「泣いてねェ」 「泣いてはねェな」 強がりのセリフをゾロは笑ったりしなかった。 ぽんっと帽子の天辺を叩かれる。そのまま離れようとした手をルフィは捕まえた。 「冷てェな」 「お前もな」 「ゴムだからな」 「…変わらねーよ」 ズルイなあ、ゾロは。ズルイな。そう言うとゾロは何が、と笑った。 「お前が戻ってくるなんて、知ってたよ。知ってた」 「ああ」 「でもお前、スゲェ遅いから、俺」 俯いた。なんだか鼻水が出そうだ。ずずっと、鼻が鳴る。ゾロは黙って聞いていた。 「間に合わねーかと思ってさ」 隣に誰かが居る事の大切さを、嬉しさを、暖かさを、やさしさを、尊さを教えたのはゾロだ。 胸を張って道を行き、わき目も振らず真っ直ぐ走った。 誰もが笑ったその道を「俺もだ」と言ったのはゾロだった。 だからあの時、何も言わなかった。止めなかった。ゾロが想う道を想うまま行く事を望んだのはルフィ自身だ。 『行ってくる』 そう言ったゾロを、見送ったのはきっと戻ってくると知っていたからだ。 信じていたからじゃない。 ゾロが絶対に約束を違えないと、知っていたからだ。 だってゾロは、ルフィと行くと言ったから。 ゾロは黙ってルフィの麦わらを取ると、もう片方の手でぐしゃぐしゃと頭を撫でた。 「遅くなった」 ゾロの顔はすぐそこだった。闇に慣れた目がようやくゾロの顔を捉える。 「ルー」 そう呼ぶ時、決まってゾロはやさしく微笑んだ。 ずっと一緒だった。ずっと一緒だと思い込んでいた。でも本当はいつか離れてしまう事を恐れていた。 「ずっと一緒だ」 「ああ」 「どっか行ったら許さねェ」 「ああ」 「大剣豪は、海賊王の仲間なんだからなっ」 「…了解、船長」 野望の一歩を果たしたゾロは、今度こそ一緒に居る「約束」をした。 |