なおじは小さな黒猫です。



※この時点でヤバいと思った人は、戻りましょう。









































 なおじはパン屋さんの軒先にダンボールに入れられて置かれていました。
 よく雨の降る日でした。
 なおじは寒くてひもじくて、たくさんの声を出して鳴きました。
 さむいよ。
 おなかがすいたよ。
 でも目の前を通り過ぎていく人間たちは、なおじの顔をかわいそうに見るのに近寄ってはくれません。
 パン屋の軒先は雨と風がぴゅうぴゅう入り込んで、なおじの黒い毛が濡れてますます黒くなります。
 なおじは凍えそうになってぶるぶると小さなしっぽを震わせました。
「捨て猫かしら?」
「そうみたいだな」
 突然なおじの体が宙に浮きました。
 なおじは何がなんだか分からず大変驚いて、体がかちんと固まりました。
 正面から、大きな目がじっとこちらを覗いています。茶色くて大きな目です。なおじはこんなに近くで人間の顔を見るのは初めてでした。やわらか
そうなほっぺたが寒さに桃色に染まっています。なおじはそれがあんまりおいしそうな色なので、にゃあと鳴きました。
「お前、一人か?」
 人間はまるで普通な様子で話しかけてきます。腕の下を持たれてぶらりとぶら下がっている、小さななおじは猫なのに、気にした様子もありませ
ん。なおじは一生懸命にゃあにゃあと鳴きました。なおじは人間の言葉が話せません。
「下村さん、おうちへ連れて行くの?」
「安見のうちへは連れて行けないだろう」
 覗きこんできたもう一人の人間が、やさしく頭をなでてくれます。なおじは雨で体が濡れているから、触られるのは恥かしかったのですが、その手
があんまり気持ちよかったのでごろごろと喉を鳴らして目を細めました。
「このままじゃ風邪引いちゃいそうね」
「そうだな…」
 人間はそういうと、突然なおじを自分の洋服の胸のところへ入れました。
 おなじはびっくりしてまたまた体をかちんと固めました。
「はは、緊張してる」
 けれどもなおじはすぐに体がやわらかくなりました。
 だって人間の体はとても温かくて、さっきまでのダンボールの中とは比べ物にならないくらいやわらかでした。
「ふふ。早速懐いちゃってるわ」
「早くうちへ帰って、あっためてやらないとな」
「じゃあ、私は宇野のおじさまの所へ行くから、ここまでで」
「ああ宇野さんによろしく」
 ぴったりとくっつけた人間の体が、たくさん何か話をしていますが、なおじは暖かくて眠くてそれどころではありません。
 目を閉じて顔を擦り付けると、暖かくてやさしい匂いがしました。とてもいい匂いです。
「さ、帰るか」
 ぽんぽんと小さく体を叩かれて顔を上げると、また大きくて茶色い目がじっとなおじを見下ろしていました。なおじはとても嬉しい気持ちになって、
精一杯にゃあと鳴きました。
 人間はにこりと笑って、やさしくやさしくなおじの体を包んでくれました。

 そうして小さな黒猫のなおじは、下村のおうちの子になりました。 
 









(04/02/04)
つづく?