やさしい から
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「ごめんなさい。私、てっきり剣士さんは男だと思っていたわ。だって男部屋で寝ていたし…。本当にごめんなさい」
「なに言ってんだよロビン。ゾロは男だぞ。ゾロ!子供産むのか!いつだ?明日か?肉喰うか?」
「馬鹿ね!今食べられるわけないじゃない。まあ養育費は出世払いにしてあげる。おめでたい事だものね。利子はつけ
ないでおくわ」
「俺はこの先、何を信じて生きていけば…」
「ゾロ、具合どうだ?ちょっと熱があるみたいだけど…」
 夢の世界から戻ったゾロを待ち受けていたのは、夢オチなどという幸福な結末ではなく、動かし難い事実という現実だ
った。辺りを見回せばいつの間にか運び込まれたらしく女部屋のベッドの上だ。受け入れ難い現実にゾロはややぼん
やりとし、だが覗き込んでくる各々の表情の真剣さに、心の隅にあった勘違いという希望も消え去った。
 だがかけられた言葉に何と答えたものかと悩むのには変わりない。男の己に子が宿るなど、まさに青天の霹靂であ
る。にわかに信じ難い現実に言葉を失うとはまさにこの状態だろう。それを察してか仲間たちもゾロからの返答を期待
している風ではなかった。
「とにかく前例がないから、どうなるかわからないっていうのもあるし、安静にしてなくちゃダメだぞ。安定するまでは激し
い運動もダメだし、お酒も控える事。吐き気があるからなかなか食べられないかもしれないから、何か食べやすいもの
作って貰って…」
 枕元でチョッパーが何か話している。しかしその半分も頭には入らなかった。
 少し離れた場所で、車座になって話をしている仲間たちをチラと見る。誰もがゾロが子供を産むと信じて疑わないらし
い。そんなところばかりはひどく純粋に思えてゾロは眉を顰めた。

 油断した。まさか、男の身で子が成せるとは。

 父親が誰か、という問いが誰からも発せられないのは幸いだった。それよりも話題は男のゾロが、というところに焦点
が絞られている。覚えはあるが答えられない。いや、ヘタに答えればこれからの航海に支障をきたしそうで、迂闊には
言えないと思った。だが遅かれ早かれその問いが話題に上るのは明らかだった。ゾロとて普通の人間だ。一人で子は
造れぬ。そうなれば自然と片親の話しに興味が移るのは当然に思えた。
 その時、コンコン、と女部屋の天井扉がノックされた。ゾロはギクリとしてそこに目が釘付けになる。この場に姿のない
者は、最早一人しか居ないことはわかっていた。
「失礼します」
 カタン、と静かに引き上げられた扉から入ってきたのは、案の定盆を携えたサンジだった。人数分のカップと、小ぶり
の皿が載っている。姿が完全に見える前に、ゾロはパッと目を逸らした。
「どうぞ、体が温まりますよ」
 ありがとう、とお礼をする声がする。カップを渡しているのだろう。
 どうしたものかとゾロは思い、ただ天井を睨みつけた。
「チョッパー。…ゾロ、目覚めたのか?」
「あ?ああ。ウン。今…」
 チョッパーの返答と、突然黒い影がゾロを襲ったのは同時だった。突然視界を遮られて仰天する。何事かと問う間も
なく、体を締めつけられ、鼻先にあたった服に慣れた煙草の匂いを感じ、それがサンジだとようやく理解した。
「ゾロ…ごめん。俺、ダメだ」
 耳元で囁かれた声は、擦れてひどく小さかった。一瞬意味のわからぬゾロであったが、すぐに言葉に合点がいった。
 サンジくん?サンジ?後ろから仲間たちの不思議そうな声が聞こえる。当たり前だ。仲間たちは何も知らぬのだ。

 サンジとゾロが、もう何度も真夜中の行為に耽っている事に。

 普段は険のある言葉の応酬で、喧嘩ばかりを繰り返している二人だが、夜になればそれとは違った二人になった。
 二人だけの語らいは心地よく、ふとした事で始まった体の上での触れ合いは、今では既に日常化していた。
 サンジと肌を合わせるようになってから、ゾロは巷で女を買う事をしなくなった。
 必要がなくなったからだ。抱き合いたいと思う体は一つだけ。相手は一人で十分だった。
 だがサンジの女好きは相変わらずで、陸に上がればいつも通りナンパに出かける。その事からも、サンジがゾロに求
めているのは、海の上での付き合いだけだとわかっていた。

 ゾロの相手は、サンジ以外ありえない。だがサンジにとってはそうではないのだ。

 だがせめて、今回の顛末の相手がサンジである事を疑われなかっただけでも救われた。
 静かに頷いたゾロに、サンジは驚いたように体を離してゾロの顔を見下ろした。逆光でよく見えない表情は驚いている
ようだった。まさか責任を取れと言われると思っていたのだろうか?そんな訳がなかろうと、ゾロは口の端で小さく笑っ
た。
「ありがとう…」
 サンジは小さく呟いた。一番傍にいたチョッパーも聞こえなかったろう小ささだ。
 ゾロはもう一度頷いた。
「サンジくん、どうしたの?」
 寝ているゾロに覆いかぶさるサンジを流石に訝しく思った仲間たちが周りを囲んだ。今ならば異常事態の過剰なスキ
ンシップと誤魔化しも効くだろう。ゾロは黙ってサンジが上手く言い逃れるのを待った。
 サンジは黙ってゾロの上から体を起こし、ベッドの縁に腰掛けた。
「俺の子なんです」
「………は?」
「この子供は、俺と、ゾロの子なんです」
 しん、と辺りが静まった。ぎょっとしてゾロはサンジの横顔を見上げる。だが前髪が邪魔して表情はわからない。ゾロ
は焦って体を起そうとしたが、片手でサンジに制された。
「…し、しつも〜ん」
「どうぞ」
 一番後ろで手を上げたウソップに、先生よろしくサンジが促す。ウソップはびくびくと肩を震わせた。
「えーと、つまり、それは、サンジとゾロが…その…恋人っていう事デスカ?」
「恋人っつーか、俺がゾロの事を一方的に好きで…、ゾロがそれに付き合ってた感じかな」
「つまりそれはその……」
 要点をはっきりと言えないウソップである。確かに公明正大に語り合う内容ではない。
 だがそんな事よりゾロはサンジの言葉に驚き、息も止まらんばかりに凝視した。

 今、なんと言った。サンジは。自分の事を好きだと?

「なんだ。ゾロと交尾してたのはサンジだったのかあ」
 なあんだ。と明るい声で言ったのは、あろう事かチョッパーであった。ピキ、とみんなの体が凍る。ウソップなどは今に
もひきつけを起しそうだ。
 流石にゾロも驚いてチョッパーを見た。
「よかったな、ゾロ!」
 子育てみんなで頑張ろうな!
 やっぱりチョッパーは感覚がちょっと違う。みんなが思った瞬間だった。
「サンジ、お前…」
 みんなが呆然とする中、意を決して口を開く。チョッパーの言葉よりも、今は確かめたい事があった。
 だが呼びかけにサンジはびくりと肩を揺らしたきり、振り返ろうとはしなかった。
「…お前が迷惑なのはわかってる。でも…」
 小さな声は、震えていた。自分の問いに対する答えなのか。ゾロは判じかねてじっと続きを待つ他なかった。
 だが言葉は詰まって続かなかった。傍らでは凍りついたままの仲間たち。サンジは俯いたまま、ぎゅうっと手を握っ
た。
「…悪いけど、ゾロと二人にしてくれねぇかな」
「サンジくん…」
「よし、わかった」
「ルフィ?」
「ほら、みんな行くぞ!」
 二人の間に張り詰める緊張感に、ナミはその場を離れることを躊躇する。まさかとは思うがゾロの身を案じての事
だ。だがルフィはゾロ、じゃあな、と軽く手を上げただけでさっさと階段を上り始めた。それにヨロヨロとウソップが続き、
幾分か戸惑った表情でロビンが続く。ナミはどうしようかと迷い、不安げにゾロを見た。
「大丈夫だ、ナミ。二人にしてくれ」
 そう言ったゾロの目は穏やかだった。二人の間の張り詰めた雰囲気は変わらないが、ここから先は立ち入ってはい
けないような気もする。ナミは大仰に溜息をついて踵を返し、後ろを気にするチョッパーの手を取り部屋を出た。
 その後姿に、ゾロは小さく息を吐いた。
「子供は…俺が面倒を見る。お前には迷惑かけねぇ。産むのはお前だから、どうしてもとは言えねえけど。でも、だけど
…」
 俯いた表情は、やはり前髪に隠れて見えない。斜め後ろからでは背中と肩が精一杯だ。だがその肩があまりにもサ
ンジの昂った感情を如実に表し、ぶるぶると震えていた。
「殺さねぇでやってくれ。俺の子なんて、不本意なのはわかってる。お前の邪魔はしねぇし、お前が親だと誰にも知られ
ないようにする」
 だから
 ゆっくりと振り返ったサンジの顔に、ゾロは言葉を失くし呆然とした。

「お前の子を俺にくれ」

 サンジは泣いていた。大粒の涙が目元から零れ、頬を伝ってぼたぼたと落ち見る見るシーツにシミを作っていく。
 しかしその視線の強さは泣いている者のものではなかった。
 ゾロは何がなんだかよくわからず、ただその様を見つめていた。
 その間も涙はどんどん零れいてく。瞬けば目の縁に溜まった涙がまた流れた。
 こんな風に泣く人間を見たのは初めてで、ゾロは困ってとにかくそれを拭わなければと手を伸ばす。
 だが涙を拭う事は叶わず、指先は容易にサンジに捉えられた。
「お前…ワケわかんねぇよ。説明しろよ、ちゃんと。俺にもわかるように」
 困惑するゾロの手を握り、サンジは目を瞑っている。
 とにかく頭の中はひどく混乱していて、ゾロは段々と自分が覚束ない気分で不安になった。
「俺はずっと、お前の事が好きだった。好きで、触りたくて、どうしようもなくて。お前は普段は鬼みたいなヤツだけど、本
当は優しいの、知ってる。単純なのも。だから適当な事言って丸め込んで、お前と寝るのは簡単だと思った。その時
は、それだけでいいと思った」
 ゆるゆると開かれた目が、真っ直ぐにゾロを見る。拭われないままの涙が目元をきらきらと光らせた。
「でも、段々怖くなった。もし俺の気持ちがバレたら、付き合いだけで寝ていたお前は、きっと俺から離れると思った。俺
の気持ちを知った上で体だけなんて、きっとお前は出来ねぇだろうと思った。そしたらなんかおかしな感じになってきち
まって、ありえねぇ事まで考えるようになっちまった」

 例えば、子供が出来たらどうだろう。ゾロなら情に絆されて、俺から離れられなくなるかも知れない。
 例えば、ゾロが自分を置いて行ってしまっても、ゾロと自分との繋がりが、永遠に手元に残る。

「どうしてかは俺にもわからねぇ。まさか本当にお前が身ごもるなんて、考えてたわけじゃねぇんだ。でもそう思ってたの
は確かで、俺はお前に子供が出来たって聞いた時、思っちまった」

 やった。ゾロは俺のものだ。

「殴ってくれて構わねぇ。半殺しでも、お前の気の済む様にしてくれていい。でも、その子だけは」
 サンジは握っていたゾロの手をそっとシーツの上に戻すと、突然床に膝をついた。
「俺の子だけは殺さないでやってくれ。……頼む」
 そう言って、土下座をした。
 そしてゾロはようやく理解したのだった。
 いや、その様に思っただけかもしれないが、少なくもずっとサンジを誤解していた事だけは確かなのだ。
 俺はお前の、何を見ているつもりだったのかな。
 まだまだ修行が足りないと、ゾロは苦笑いを手で遮った。
「殺すつもりはねぇ」
 ゾロの答えは簡潔だった。床に擦り付けられたサンジの頭がびくりとする。だが上げられる事はなかった。
 計算違いとはいえ、一度宿った命を殺すつもりは毛頭なかった。
 第一、子に罪はない。
 ゾロはそっと自分の腹に手を添えた。そこに自分とは違う命が宿っているのかと不思議に思う。正直なところまだ信じ
切れていないのも確かだった。チョッパーの診断を疑う気はないが、どうしたって生物学上男が子を産めるのか?とい
う疑問に行き着くのは至極当然だった。サンジの話とて、それを解決するに至らない。その様に願ったが、それは空想
の産物でしかないのだ。
 頭では理解していても、気持ちの上では受け止めかねるのが今の現状だ。
「ついでに手放す気もねぇ」
 今度こそサンジが顔を上げた。その目が絶望に満ちている。ゾロは乾いた目を何度か瞬くと目を擦った。
「俺は…ここんとこずっとお前としかしてなかったし、これから先もお前以外とする気はねぇ。俺はてっきりお前は女が好
きで、便利だから俺と寝ていると思ってた。確かに子が出来たのは驚いたが、その事でお前を責めるつもりはないし、
お前も責任を感じる必要はない。俺がしたくてしていた事の結果だから」
 ゾロには自分の考えている事を、サンジの様に上手に伝えることが出来なかった。
 だが別段サンジが自分との事を知らぬと言おうが、それはそれでいいと思ったのは何故なのだろう。

 そこにサンジと同じ気持ちがなかったとは、ゾロにも言い切れない。

「ゾロ…?それ、どういう…」
 目が幾分かぼんやりとした色を湛えているのは、ゾロの言葉を理解しかねて戸惑っているからだろう。
 自分でもごちゃごちゃとしてよくわからない。でも一言で片付くような気もしてきた。

「そうやってお前を大切に思うのは、お前の言う『好き』と、どっか違うのか?」

 ぼりぼりと頭をかいて平然と言ったゾロに、サンジはこの世のものとは思えぬ様な顔をした。











 
 それが一週間ほど前の出来事である。
























「…うッぐう、ふ…はあ、はッ。うくッ…ッ」
「ゾロ、ゾロ、無理しちゃダメだ。ただの病気じゃないんだぞ!直るものじゃないんだぞ!」
「どうにかなんねぇのか、チョッパー…」
「こればっかりはどうしようもないんだ、ゾロ。正常な反応だから…。ごめんな、ごめんな」
「…泣くなよ。お前が悪いんじゃねぇ」
「うう〜」
「こんなもん、気合で…」
「無理だって!っつーか、気合入れるな!」
 呆れたナミが、風呂場の入口から中を覗いている。ここのところ毎日繰り返される会話に、いい加減面倒に思いなが
ら放っておけないのがナミだ。チョッパーは洗面台にしがみついているゾロの背中を優しく優しく摩っている。ナミはそん
な二人を飽きもせず眺めていた。

「力んだりしたら、う、う、産まれちゃうだろ!」

「…そんなに早く産まれないわよ…」

 突っ込みの鬼も、こればかりは力ない。溜息を漏らし、米神を突付いた。
 ゾロに子供が出来たと聞いた時、ウソップを思わず殴ったナミである。くだらない嘘をチョッパーに吹き込むなと戒め
たつもりだった。しかし既にボコボコになっていたウソップは更にコブを増やしながらも、俺は無実だと訴えた。どうやら
気を失ってしまったらしいゾロを、大きくなったチョッパーが女部屋へ運び込む間も、ナミはその診断を到底信用でき
ず、何か不当な損害を被ったような、裏切られたような複雑な気分だった。
 しかし何度訪ねてもチョッパーは確かにゾロの腹には子がいるという。しかしゾロが男であるのは周知の事実だ。何
処をどう見ても男以外の何者でもない。そういった造りになっていないのに、子供などできるわけがないのだ。
 そこでナミはそうだ、思い込みでその様な症状が表れるという話があったと思い出し、きっとこれはそうに違いないと
己を救おうと試みた。しかしよくよく考えれば思い込みで自分の腹に幻の子を宿してしまうゾロ、というのは、実際に子
ができる事よりも非現実的であるという気がする。どちらにしろ救いがないなら、いっそ本当の方が面白いとナミは腹を
括って覚悟を決めたのだった。
 それに、子供がいるのって悪くない。
 船の仲間はいわば家族だ。その中に新たな命が加わるのは、いっそう楽しい事であるように思える。
 そう思った瞬間、ナミは言いようのない不思議な暖かさを感じ、それならば、何があってもきっとその子を守ってあげ
ようと決心したのだった。
 ぼんやりと思い出しながら、肩で息を繰り返すゾロの背中を見る。逞しく広い背中は、やはり何処から見ても男のもの
だった。
 その時、遠くから微かに届いた声に、ナミはピクリと眉を上げた。
「ゾロ。サンジくんがあんたの事探してるわよ」
 どうする?と促すと、ゾロは無言で首を振った。
「そう」
 じゃあ、追っ払ってきてあげる。
 恩着せがましくヒラヒラと手を振って、甲板へ続く扉に向かう。
 やはり女と男の体は勝手が違うらしい。当然といえば当然なのだが、なかなか受け入れられない体が、吐き気となっ
て表れるらしく、ゾロのそれは見ているこちらが苦しくなるほど酷いし、回数も頻繁だ。
 そんな時、ゾロは絶対にサンジを傍に寄らせない。そんなゾロを見て、誰が一番苦しむかわかっているからだ。
 ナミから見れば、サンジがゾロを好きだなんて事はずっと前からわかっていた。取り繕って取り繕って、取り繕いすぎ
て、最後にはワケがわからなくなっていたのか、サンジの本当のところを見透かすのなんて簡単だった。
 だから今回の事も、ナミはナミなりにゾロの身を案じていたのだ。無理矢理の通る男ではないが、サンジの手管にま
んまとハマったのだとしたら、何となく面白くない。
 だが。
「どうしようもないほど両想いってワケね…ゴチソウサマ」
 サンジく〜ん、お腹すいた〜。
 扉を開いて差し込んだ光の甲板に足を踏み出しながら、ナミは半分笑って声を上げた。






















「お前、いいかげんにしろよ」
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくらい」
「…どこがちょっとなんだよ」
 ソファに寝転んだゾロの腰の辺りには、サンジがまた引っ付いている。ここは男部屋でもちろん他の仲間もいるのだ
が、サンジはそんな事一切お構いナシだ。先ほどから少し離れたところで、背を向けたままウソップが作業を続けてい
る。その横には涎をたらして眠っているルフィがいた。
 子供の事が発覚してから、サンジは暇を見つけてはゾロの傍に居るようになった。直前まで一見仲の悪そうな二人を
見ていただけに、周りの人間の違和感は計り知れないものがあった。しかしサンジはいったん腹を据えてしまうと、人の
目などお構いナシに振舞って、恥かしいほどニヤニヤしたりする。ゾロはそのギャップに未だ慣れる事が出来ずにい
た。
「大体、まだ動かねぇってチョッパーが言ってただろうが。暑苦しいから、あんまりくっつくな」
 サンジの襟首を鷲掴み、力ずくで引くとベリッと音が出そうな勢いでサンジが離れた。しかしその手は名残惜しそうに
ゾロのシャツを掴んでいる。今のサンジはとにかくゾロの傍に居たがった。
「だって今まで我慢してたんだもん。ちょっとくらい、いいじゃねぇかよー」
 見上げてくるサンジはへにょんと眉が下がっている。そのこれ以上ないくらいに情けない顔と、今まで無言で抱き合っ
た数度のギャップはやはり激しく、ゾロは慣れずに額をぐいっと押しやった。
「いたた」
 変な方向へ曲がった首を直しながら、涙目でサンジは首を摩った。
「なんだよ、いいじゃねぇかよ。周り気にしなくてよくなったっていうのに、我慢なんてできねぇよ」
 ソファの下に蹲って、サンジは膝を抱えていじけた様にぶつぶつ言った。向こうの方でウソップが、いや、気にしろよ、
と言ったがサンジの投げた靴が後頭部に当たったので沈黙した。
 この一週間ほどで、ゾロはサンジと自分の思っていた『好き』が少々異なる事を認めないわけにはいかなかった。
 相変わらず自分の気持ちを上手く表現するのは難しい。
 だがサンジの言うように、たとえばいつもくっついて居たいとか、相手の腹に顔を埋めてニヤニヤしたりなどはしないし
出来ない。
 そうじゃねぇんだよな。なんつーか…

 相手の姿を見ていたい。そんな感じだ。

 別に引っ付いていなくていい。ただ近くに居るな、と思えばなんとなく胸の辺りがふんわりした。
 そういうのは悪くないとゾロは思う。
 ゾロはいじけて膝に顔を埋めているサンジの頭にそっと触れる。薄暗いランプの下で金色は光を受けてキラキラし
た。何度かそうしていると、サンジはチラッとゾロを伺い、恥かしそうにへへ、と笑った。
 それに口元だけで笑って返す。心は驚くほど穏やかだった。
 サンジは嬉しそうにまたゾロにすり寄り、けれども今度は腕に頭を乗せるに留めた。
 笑ったサンジの頬が、薄紅色に染まっている。指先が伸びてきて、そっとゾロの頬を撫でた。
「ずっとお前を想ってる」
 そうして目を閉じたサンジの髪を、ゾロは何度もやさしく梳いた。





















(04/03/10)

end
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random-3 河井あんき様
リクエスト「ゾロご懐妊話」でした。