冬のかたそぎ


















「ひよこみてぇ」
 ふんふんと犬のようにサンジの後頭部やうなじに鼻先を埋めながら、ゾロはくすくすと吐息で笑う。その度にくすぐった
くてサンジはもじもじとしたりむらむらとしたり大変だ。だがゾロはそんな事などお構いなしに、何度もサンジの髪の毛を
摘んでは梳いて遊んでいた。
 それが小一時間ほど続いている。
 後ろ抱きの格好で背中にゾロの体温を感じ、緩く体に腕を回され、サンジを囲むように投げ出された足に何度も正気
を失いそうなりながら、サンジは懸命にその一歩手前で耐えている。その間もゾロは「稲穂みてぇ」と言ってまたくすくす
と笑った。
 こんな状態でこんな距離で、いつもならとっくの昔に押し倒している状況である。
 それが今日に限って現実しないのは、それがサンジからゾロへの誕生日プレゼントだったからだ。

 どうしてそんな大切な事を言わないんだ、と酷くゾロに怒られたのはサンジの誕生日の翌日だった。
 クリスマスやバレンタインを鼻で笑うか、何の反応も返さないゾロなのに、そんな風に怒った事が意外で、サンジは酷
くあっけに取られた。どうもゾロの中には記念日の重要度には歴然としたランクがあるらしく、クリスマスやバレンタイ
ン、ハロウィンといったものは最下層で、盆暮正月、誕生日、端午の節句といったものは比較的高いらしい。だがその
時ゾロが怒ったのは、そばに居ながら祝ってやれなかったという悔恨から来る事はサンジにもよく分かった。サンジにし
てみればまさに当日、飛びっきりの言葉を一つ、既に貰っていたからなんら問題なかったのだが、ゾロにしてみればそ
れは当然の事を言ったまでだ。その証拠に、ごめんなと謝るサンジにゾロは無言で手を差し出した。

 その手の平には、鍵が一つ。
 ゾロの部屋の鍵だった。

 その時のサンジの有様ときたら、本当に自分でもちょっと酷かったと未だに思う。感激のあまり、サンジはまさに滂沱
とはこの事だといわんばかりに大号泣したのだ。突然わんわんと泣き出したサンジを、ゾロは酷く困った顔をして、それ
でも優しく頭を撫でてくれたのを今でも覚えている。その手の暖かさは今でも変わらず、こうしてサンジの髪で優しく戯れ
ている。
 サンジはまたうずうずして口元が緩んだ。
 サンジはしばらく、合鍵を貰い受けたことが嬉しくて、それをチェーンに通して首に下げていた。無くしたらもう二度と手
に入らないと思えば、それくらい慎重であってもいいと思ったのだ。だが周りから見れば大層それは可笑しかったらし
く、鍵っ子、鍵っ子、とからかわれた。アホかお前ら、自分の家以外に帰れる場所もないくせに。何を言われてもサンジ
はただ誇らしいばかりで一向に頓着していなかったのだが、ゾロはそうもいかなかった。ゾロの幼馴染たちにそれが知
れた次の日、これもやるから、それはもう止めろ、と言って鈴のついたキーホルダーをくれた。緑色の玉が二つ身を寄
せ合っていて、よく見るとそれぞれ目と口がある。これ、なに?と聞くとまりも、とそっぽを向いてぶっきらぼうに答えたゾ
ロに、サンジは問答無用で飛びつき、そのまま倒れて柱に後頭部をぶつけたゾロに後から散々殴られた。
 そんなゾロからすれば散々な、サンジからすれば最高の誕生日だった。
 そのお返しに、とサンジもなんとかゾロに最高の誕生日をプレゼントしたかったのだが、考えてはたと気づいた。

 ゾロが欲しいものって、なんだろう。

 元々ゾロには物欲が乏しい。例えば酒とか、上手い飯には目がないようだが、それでは改めてプレゼントといえるも
のではない。いつもの日課の延長だ。そういえばクリスマスの時も色々迷って結局カシミアのセーターをあげたのだが、
喜んではくれたもののきっとそれは本当に欲しいというものではなかったと思う。
 自分が貰ったたくさんの嬉しい気持ちに見合うくらいに、ゾロにだって喜んで欲しい。
 だがいくら真剣に思い悩んだところで基盤になるものが乏しいサンジではどうにもならず、本意ではないがゾロの幼馴
染の中でも特に口が堅く人情に厚いウソップという少年に声をかけた。

「もう直ぐゾロの誕生日なんだけどさ」
 初めはゾロの幼馴染と彼氏、という間柄であったものの、気のいいウソップとはサンジも直ぐに親しくなった。ゾロとは
関係なく、二人で会う事も初めてではなかった。
「もうそんな季節か。何やるか決めたのか?」
「いや…まだだ」
 ウソップ相手はとにかく話が早い。多分サンジから声がかかった時点で、その内容は大方予想がついていたのだろ
う。初めは男同士で恋人だと言ったゾロに、びっくりしてその場で卒倒しかけたウソップだが、今では平然とこんな相談
にのっているのだからおかしなものだ。既に開き直っているサンジは、至極真剣な顔を崩さず続けた。
「ゾロって、何が欲しいのか全然分かんねぇだよ」
「そりゃ、ゾロは何にも欲しがんねぇからだよ」
 即答である。サンジは驚いて窓の外へ投げていた視線をウソップに戻した。
「ゾロは基本的に欲しいもんは自分で手に入れる。誰かに貰って喜ぶタイプじゃねんだな」
 視線を意に介さず、ウソップは冷めかけたコーヒーを飲んでふう、と息を吐いた。
「だからさ、ゾロは」
 
 その後の言葉を受けて、サンジはゾロに聞いた。

「なあ、ゾロ。俺に何かやって欲しい事あるか?」

 出し抜けな提案にゾロはちょっと驚いて、誕生日だから、というとなるほどと頷いた。
 そして言ったのだ。
 
「ここに座れ」
 
 ゾロの目の前を指して。こうやって、背中向けてな。そういって腕を取られて引き寄せられ、ゾロの体を背もたれに座
らされた。
 それからずっと、ゾロはサンジの髪や肩先で遊んでいた。

「そろそろ飯にするか…?」
 おずおずと、あまりゾロを刺激しないようにサンジは小声で問いかけた。
 陽は傾いて、部屋はすっかり薄暗くなっている。手元が見えない程ではないが影になった部分は黒々として陰影を深
くしている。朝からゾロの部屋に上がりこみ、料理の仕込をしていたので準備はほぼ出来ているが、うっかりするとこの
まま食事もままならない状況に持ち込んでしまいそうな自覚がサンジにはある。ゾロとはそういった点では未だにタイミ
ングがかみ合わない事が多いのだが、しっかり体温が沁み込むほど傍に居て、何も思うなという方が無理な話だ。ぴっ
たりとくっついて、穏やかで居られるような悟りはまだ遠い。
「もう少しだけ…」
 耳元で柔らかく吐息混じりに囁かれて、サンジはびくんと背を強張らせた。そわそわがぞわぞわに取って代わり、堪え
きれない熱がじわじわと増していく。
 ゾロがプレゼントに望んでくれたのは、サンジと居る事だ。他のなんでもない。物でもない。サンジ自身を欲してくれ
た。それだけでもうたまらない気持ちなのに、こんな風にされては本当に、もう。
「ゾ、ゾロ…。俺…」
 勝手に息が上がって声が擦れた。ただ触れ合っている事を望んでくれたゾロを、裏切ったような気がして後ろめた
い。何を勝手に一人で盛り上がっているのかと言われても仕方がない状況だ。サンジはどうにか静めようとぎゅっと目
を閉じるものの、ぱっと脳裏に浮かんだ強烈な光景や声に余計墓穴を掘ってしまう。ゾロの体温、触れる手、匂い。誘
発されて再現されるあの感覚を思い出し、サンジは身を縮こめた。
「サンジ?」
 立てた膝に顔を埋めて蹲ってしまったサンジを、ゾロは体を起こして後ろから覗き込むように抱きしめた。そうなれば
ますますゾロの体は鮮明になる。サンジはかあ、と赤くなる己を自覚してますます顔を伏せた。
「どうした。嫌だったか?」
 トーンを落としたゾロの声は心配そうだった。柄にもない事をした。そんな後ろめたさが声に過ぎる。サンジは驚いて
顔を上げた。
「そうじゃ…、そうじゃなくて…」
 窓から顔を背けた格好で、首だけで振り返る。外からの街灯だけが頼りの室内では、二人の顔は闇に隠れた。
 サンジはかすれる声をもはや隠せず、ごくりと一度息を飲み込んだ。
「こんな風にくっついてたら…その…、もっとくっつきたくなるんだよ…ッ悪いか!」
 最後は恥ずかしくてワザとらしく大きくなって、それがますます恥ずかしくて格好悪い。ああ、折角ゾロの誕生日なのに
俺は何を、と後悔するが、でも少なくとも触れ合う事は望んでくれているのだから、と浅ましく言い訳をする自分が居る。
 だがそんなサンジの苦悩など、ゾロはまったくいつも通りにどこ吹く風だった。
「じゃあ、くっつけばいいじゃねぇか」
「…え」
 言葉を失うサンジに、ゾロはちょっと笑って、それは暗くても気配で分かった。
「お前、案外自制心あるのな」
「おま…ッワザとか…!って、誘ってたのかよ!」
「遅ぇよ」
 プレゼントは、私。
 頭を過ぎった前人の偉大なる言葉を、サンジはそのまま実行した。























(2004/11/11)

end



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※このお話はサン誕「春のひとひら」の続編です。
ロロノアさん、お誕生日おめでとうございます!
いつまでもサンジとらぶってくださいね!
 本当に生まれてきてくれて、ありがとう!!
大好きです!