化学療法

乳房温存療法とは       <患者用>      (2005年3月)
正しい理解をもって治療を受けていただくための乳房温存療法ガイドライン

<抜粋>

II. 温存手術に適した乳癌とは(適応)

  乳房温存療法がどのような患者さんに適応となるかは重要なことであり、その適応を誤ると乳房内再発が増えることにつながって来ます。根治性(手術で治りうる可能性)と整容性(手術後の乳房の形態を如何に手術前と同じように保てるか)を確保することが最も重大なことと思われます。適応となる腫瘍の大きさは3cm以下、または良好な整容性が保たれるのであれば4cmまで許容されます。年齢やリンパ節転移の程度、乳房から腫瘍までの距離は適応範疇に入りません。一方、腫瘤が多発する場合であっても、2個の腫瘤が近くに存在し、整容性と安全性が保たれれば乳房温存手術の適応となりますが、マンモグラフィでの腫瘤を越えた広範な石灰化がみられる場合は適応とはなりません。また、手術後の放射線治療は原則として行われます。ただし、手術後の病理結果で、切除断端近くにがん細胞が多くある場合、リンパ管内にがん細胞が著明に認められる場合には再手術の可能性があります。

1.腫瘍の大きさ
  腫瘍の大きさが3cm以下においては、これまでとくに問題なく施行されています。一般的に、適応となる大きさについては断端近くにがん細胞がなく、かつ整容性の面で受け入れられる腫瘍径と乳房サイズとの関係などで設定されるべきであると思われます。しかし、大きい腫瘍に対しては術前化学療法を行い、腫瘍の縮小の後に温存療法を行うことが推奨されています。したがって、適応として推奨される腫瘍径は3cm以下で、良好な整容性が保たれるのであれば4cmまで許容されます。

2.年齢
  若年者(35歳以下)における乳房温存手術後の再発は他の年齢群よりも高率です。これは若年者には乳管内を広く広がる性格のがんが比較的多いからです。しかし、切除断端近くにがん細胞がない状態で、放射線治療を行った場合には他の年齢群と差はありません。すなわち、若い患者さんを乳房温存療法の対象外とはできませんから、特に若年者の場合には再発率が高いということを認識したうえで対策をたてるべきです。そのためには極力断端近くにがん細胞がない状態にして、放射線治療、化学ホルモン療法を行うことが必要であると思われます。

3.リンパ節転移の程度
  リンパ節転移が多い方に乳房温存手術を行った場合、乳房内再発が多くなるかどうかは明かではありません。ただリンパ節転移が陽性である方やリンパ管内にがん細胞が認められる方に温存手術を行った場合、炎症性乳癌の形態をとる再発(発赤、腫脹など乳腺炎に近似する性質の悪い再発)が多いという報告があります。リンパ節転移はがんのリンパ管侵襲があって起こるものですが、あまりリンパ管侵襲が目立たないことも多く、またリンパ節転移の所見を術前に診断することは困難であるために、現在リンパ節転移の程度で乳房温存療法の可否は決められていません。

4.乳頭−腫瘍間距離
  乳頭から腫瘍までの距離が近い場合に乳房内再発が多いとの報告もありますが、手術後の放射線照射を併用する温存療法においては乳房の中央に位置する腫瘍に対しても手術後の成績は悪くありません。従って、腫瘍が乳頭に近いという理由で温存手術ができないというわけではありません。乳頭・乳輪の下に位置する場合においても行うことができます。しかし、その場合整容性において劣る可能性はあります。

5.多発病巣
  腫瘍が多発する場合でも、腫瘍が2個で、切除断端近くにがん細胞がない状態での乳房内再発率は低く、一方3個以上の腫瘍がある場合は乳房内再発率が高いとされています。従って、2個の病巣が近傍に存在し、整容性と安全性が保たれれば適応となります。

6.乳管内進展の画像評価
  乳管内を広がるタイプの腫瘍で、特に切除断端近くまでの広がりがあれば温存手術を行った後の乳房内再発率が高いとされています。その広がりを診断する方法として最も重要なものはマンモグラフィでの広範な石灰化ですが、他にもMRI、CT、超音波検査などでの乳管内進展の診断も行われるようになっておりますので、明かな広がりが予想されるときは、適応から除外すべきであると思われます。

7.手術後の放射線照射
  乳房温存療法において、手術後の放射線照射により乳房内再発の明らかな減少が証明されています。従って、手術後の放射線治療は原則として施行されるべきです。しかし、我が国における乳房温存療法の現状と成績を見る限り、放射線治療を行っていなくても乳房内再発を来していない方もいらっしゃいます。ただし放射線治療を省いた温存手術単独法は、現時点では十分なインフォームド・コンセントの元に行われる臨床試験などに限られるべきであると思われます。(照射法の項参照)

8.再手術(乳房切除)の適応
  乳房温存手術後の病理検索によって、断端近くにがん細胞の存在が認められた場合、ブースト照射(追加の放射線治療:陽性の程度が高度でない場合)、または追加の部分切除、あるいは乳房切除のいずれかが必要となります。高度のリンパ管内にがん細胞が認められる場合や、高度なリンパ節転移が認められる場合には、断端近くにがん細胞が存在していなくても乳腺内のリンパ管にがん細胞が遺残している可能性がありますし、乳房内再発率が高くなること、さらに炎症性乳癌の形態をとる再発の危険性も否定できないことなどから乳房切除が強い選択肢の一つとなります。

9.非浸潤性乳管がん
  非浸潤性乳管がんとは乳癌が発生した乳管の中にとどまる極めて早期のものですが、この非浸潤癌は乳房切除を行えば理論的には手術のみで治癒が可能です。しかし、乳房温存手術を行い、断端近くにがん細胞が存在すれば乳房内再発の危険性が生じ、時に浸潤癌として再発する場合もあります。したがって遠隔再発の可能性も出てきてしまいます。国際的には議論の分かれるところですか、非浸潤癌であっても浸潤癌と同様の乳房温存療法を行うことが主流となりつつあります。

10.術前化学療法
  手術可能な乳癌症例に対して術前化学療法の奏功率は高く、術後に行う場合に比べ再発率が高くなることはなく、乳房温存の割合を上昇できると報告されています。特に奏功例での温存率は高く、さらにpCR例(組織学的な完全消失)においては最も良好な予後が期待できます。従って、温存手術を目指した術前化学療法は腫瘍の大きい場合などに対し有用であり、推奨されています。