ワタナベさん

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 彼はわたしの同僚で、席が隣どうしだ。
50歳代半ばで、年子に近い3人の女の子の父でもある。好奇心が強く口達者、同僚たちが仕事のことであれこれ議論していると、必ずやってきて、あーだこーだと口をはさむのだが、さてそれではその仕事を誰がやろうかということになるといつのまにかいなくなっている。
 彼は呑気だ。10日までに報告してください、というファックスが届くと、10日にやり始めればよいものと解釈して、ほかにすることがなくても、それまでほうっておく。
 わたしたちの仕事はお客さんからの申請に基づいて許可書を発行することだ。処理するまで普通2週間ほどかかるのだが、時には早く決裁が早くおりて、1週間ほどで許可がおりることもある。そんな時でも彼は「こんなに早く許可してしまうとクセになるからな。」と言って、先方に連絡せずに2週間近く、やはりほうっておく。
 書類をあたためたり、寝かせたりすることの好きな彼の机の上にはいつも書類の山が3つほどできていて、それがときたまナダレをおこすので、わたしは筆立てと電話機を使ってバリアをはる。
 いつも休憩中のように見えるのに、なぜか喫煙所で一服している同僚をうらやましがっている。
 「今日は仕事する気がしねーなー。」というのが彼の口癖で毎日のように言っているので、「じゃあ、ほかの日は仕事する気あるんですか?」とつっこみをいれたらさすがにしょげていた。
 そんな彼も、いつものんびり構えているわけではなく、主張する時には主張するし、怒る時には相手が上司だろうがなんだろうが怒る。
 ただ、怒る内容というのが、仕事上の意見の食い違いというよりは、福利厚生の関係であることが多く、先日も残業の申請の方法が自分だけに伝わっていなかったということで5時過ぎまで課長とケンカしていたらしい。
 わたしと彼は気があう。何をおもしろいと感じるかについての感覚がよく似ているのだ。
セミの声が外に聞こえると、セミの種類の話から始まって、昔セミを採ったこと、あげくの果ては、食べるとしたら何ゼミがいいか、ということまで、話は連想ゲームのごとく展開し、話題は尽きない。
 そんなわけで、彼が休みの日は何か物足りない。彼のほうでも、わたしがいないと寂しいだろう。
 特に何をしてくれるわけでもないし、時にはうっとうしかったりするのだが、なにも頼りがいのある人だけが気持ちの支えになるわけでもない。
 ストレスやお客さんからの苦情が何かと多い職場ではあるが、彼と接することで、心の休憩所をみつけながら、転勤までのあと半年を凌いでいけそうである。

2001/10