戦う女

 わたしが心の中でなかなか折り合いをつけられないもののひとつに、女性が複数集まったときに漂う、一種独特の雰囲気と、自然にできあがる掟やしきたりがある。
 ひとりだけ目立ったり、得をしたり、ぬけがけしたり、別行動をとろうとするのを、牽制しあうような、そんな仕組みが彼女たちの間に横たわっているのを感じてしまうのだ。
 職場で、当番を決め、当番に当たった人は、みんなのカップにコーヒーを同じ高さまで平等に注ぎ、ほこりがはいらないように、ピッチリとラップをして、決まった場所に配って回っているのを見ると、息苦しくなる。
 自分が飲みたい時に、お茶でもコーヒーでも好きなだけ自分で注いで飲めばいいのではないだろうか、飲みたくない時にいちいち、「今は結構です」なんて、注がれる前にタイミング良く言わなければならないというのも、なんだかとってもうっとうしい。

 学校を卒業してすぐ入社した会社は、同期の女性が9人、学生の延長のようなノリで、ランチはオフィスの一角の決まったテーブルでいつも一緒だった。
 おかげで新入社員としての心細さは随分軽減されたけれど、反面、ひとりだけ別行動をとりにくい雰囲気があった。
 今日のお昼はなんとなくひとりでボ〜ッと過ごしたいと思っても、(そう思うことがわたしは特に多かったのだが。)、なぜかそういうふうには言えず、ましてや自分の席でひとりで食べる勇気などなく、
「今日はいなかったけど、どうしたの?」と、聞かれるたびに、
「サンダルのヒールをちょっと直しに行ったついでに外で食べてきたの」などと、いちいち言い訳をしていた。
(こんな調子でサンダルをいくつ壊したかしれない……。)
 ひとりで行動をとりたがる変わった人と思われるのがとても怖かったのだと思う。

 子供を保育園に預けて勤め始めた会社は、電気関係の小さな会社。
20歳代から50歳代まで、7人の女性の中で、1番年配の女性がいわゆるお局(つぼね)様だった。
 以前いた会社では、結婚するまでの2,3年間ほどで辞めていく人が多かったので、本物の局を見るのはこれが初めてだった。
 顔つき、口のきき方、性格、どれをとっても、巷で耳にしていたお局そのもの、局の中の局という感じの人だった。
 おそらく彼女が決めたのだろう、昼前になると、4畳半ほどの更衣室を兼ねた食堂のテーブルの上に各自が自分のお弁当箱を出しておき、お昼になって1番最初に食堂にはいってきた人が、みんなのお弁当箱を電子レンジでチンして、ティッシュを上にかぶせておくという暗黙の決まりがあった。
 誰よりも先に食堂にはいり、 みんなのお弁当をチンして、
「あら〜悪いわね」と、局に言わしめ、
「いーのよ〜、たまたま仕事がひと段落したから」と、さりげなく恩を売り貸しを作ることが、そこでの自分の居場所を確かなものにするために必要なことのように思われた。
 食事中も、「そうだよね〜」と、局の言い分にみな大げさにうなずき、「さすが○○さん」などと、彼女をヨイショしたりフォローしたりするという会話がほとんどで、
「さっき給湯室であんなに彼女をけなしていたくせに」と内心思いつつも、そんなことは口が裂けても言えないので、よどんだ空気の中、わたしは下を向いて黙々と食事をつめこみ、さっさと自分の席に引き上げたり、外へ散歩に出かけたりしていた。

 学生の頃にアルバイトをしていた区役所や、しばらくの間世話になった福祉事務所、そこでは『昼休み中』とそっけなく書かれた札の乗っかたカウンターの向こうで、職員が、男性も女性も、自分の事務机の前で、雑誌なんかをめくりながら、完全に自分の世界に浸っていた。
 オレはオレ、わたしはわたし、今お昼休み中なんだから好きに過ごさせてと、客はもちろん同僚からも、何のためらいもなく、堂々と一線引いたような雰囲気が、わたしにはとても気楽に思えた。
 もっともそういう態度が、「ちょっと!そこでくつろいでるんなら、謄本の1枚ぐらい出してくれたっていいじゃないのよ〜!」と、住民の怒りをかうのだろうが、とにかくこの業界に魅力を感じたのは、このお昼休みの光景が頭のすみに残っていたからかもしれない。

 ヘソ曲がりなわたしは、表面だけでも、うまくあわせてやっていこうとするよりも前に、
「これは気配りというよりはむしろ大きなお世話というものなんじゃないんだろうか、助け合っているんじゃなくて、実は足をひっぱりあっているんじゃないのだろうか」と反発を感じてしまい、そう感じる自分に対する、気が利かない!協調性がない!という評価もまた、一方では恐れているのである。
                                              

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