こだわり

 わたしは子供の頃から、自分がひとりっこだということにコンプレックスを持っていた。
 友達と遊び終えて家に帰るとき、
 「バイバ〜イ」と手を振ったその瞬間に、わたしが子供でいられる時間が終わってしまうような気がした。
 兄弟がいる彼らには、家に帰ってからも、寝入るその時まで、子供同士の時間(たとえそれが口ゲンカだったとしても)が続き、その日のできごとを話したり、いっしょにゲームをしたりできるのだと思っていた。
 親からの風当たりや圧力、彼らに対する恐怖心も、兄弟で徒党を組めば、半分になるような気もした。
 休日には家族で出かけ、欲しいものは買ってもらえ(というより、欲しいと思う前に、買い与えられていたのだが)、なるべく不自由や寂しさを感じさせないようにしてやっている、という両親の気合と工夫を感じると、寂しいとか、退屈だとか、そういう感情を抱いたり口に出したりしてはいけないように感じられた。
(1度だけ、『弟をデパートで買ってきて!』とせがんだことはあったらしいが。)
 ひとりっこは、他人と何かを分かち合うということを知らずに育ってしまうというウワサを聞いた母は、学校の創立記念日に配られる紅白饅頭や、いただきもののモロゾフのチョコレートなど、なんでもかんでも、きっちり三等分して、父と母、わたしの3人で分けて食べるようにしていた。
 ひとりっこはそれだけで病気だとさえ言い放つ人がいたり、おせっかいな叔母が「ひとりっこは、あかんよ」と、なにかにつけ、母にイヤミを言ったり、プレッシャーを与えていたせいもあるかも知れないが、母がわたしの性格を矯正しようとすればするほど、自分の性格の欠点がすべてひとりっこのせいであるかのように思えた。
おとなしいとか、まじめだとかそういうあたりさわりのないわたしへの評価さへも、受け入れ難かった。
 「TOMATOちゃんちの弟は死んじゃったんだよねー」と、7つ年上の兄を持つ従妹が、祖父の家の応接ソファの上でピョンピョン飛び跳ねながら言うのを見て、わたしは彼女を憎んだ。
 結婚して子供をもつなら絶対2人!といつしかそう望むようになった。
 とても強く―。 

 目の前にいるひとりの子供、そして自分自身に目を向けるということををなおざりにし、新聞の朝刊の人生案内コーナーには、ばかげた質問と承知しながらも、
「2人目を産んでから離婚しようかと思っているんですけど」と投書して、
「なんてまあお姫様みたいなことをおっしゃているの」と、回答者を呆れさせた。
 ひとりこっであることや、ひとりっこを育てることに肯定感をもたらしてくれるような子育て本や生き方本をむさぼり読んだり、好感の持てるひとりっこの芸能人を探したりした。
「兄弟がいるのも一長一短なのよね。要は育て方よ。一点豪華主義って言葉もあるし」そう言っていた友人も、自分のこととなると、
「やっぱり兄弟はいた方がいいわよ」と、次の子供を産んだりして、自分だけ取り残されたような気がした。

 なんであんなに歪んだこだわりを持っていたのか、今でもよくわからない。
 自分の不全感や空虚感を満たすため?
 自分の存在価値のため?
 たった1つのものを愛せないで、なんで2つのもの、3つのものを愛せるだろう。
 
 確かにひとりっこはすすんで外に人間関係をつくらないと、自分をうつす鏡を持ちにくいかもしれない。
でもそれは、それだけのことであって、それ以上でもそれ以下でもない。
 価値や存在の重さに違いがあるわけでもない。
 ひとりっこだからこそ持てる感情や個性、時間というものがあるはずだった。
「受け入れる」―わたしに欠けていたのはそういうことだった。
 
 今でもひとりっこという言葉を発音したり聞いたりすると、胸の奥深くの方で、チクリと刺さるものを感じる時がある。

 先日1人の男性の話を聴いた。
 彼は自身がアルコール依存の問題を長らく抱えていて、克服した現在は、カウンセラーとして、とある機関で働いている。
「父親はわたしが生まれる前に亡くなりましてね、わたしは祖父母に育てられたんです。兄弟がいなかったから、ひとりで家に帰るのがとても寂しくて仕方なかった。だから自分の欲しかった家庭をつくろうと、ずっと思ってきました。
子供は2人、そして男の子で……。願ったとおり男の子が生まれました。しかも2人。でも、問題はそんなことじゃあなかった」
 彼の語り口はとても静かで穏やかなので、わたしはいつも、死にかけた人の遺言を聞いているみたいな、しんみりとした気持ちになる。
 共感―。 育った事情や時代はちがうし、どう考えてもわたしの場合はフツーの感覚からすると、「なんとまあ、お姫様みたいな」非現実な話かも知れない。
 でも、その話を聞いて、わたしの感情をひとつ肯定してもらえたような気がした。
 兄弟2人連れ立って帰っていく後姿を見送った時のあの寂しさ、あれはあれで感じていてよかったのだと、そしてそれは形ばかり整えようとしても埋めることなどできない寂しさだったのだと―。
 彼の存在がその日初めて身近に思えた。
                                               2002/8
 

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