美容院 2 

わたしは相変わらず、美容院が苦手だ。
 実は家の近所に、“お気に入り”の店を見つけた。ほぼ2ヶ月に一度、担当の美容師さんにカットの予約を入れている。
 ”お気に入り”の基準は、1にも2にも、「前髪を切り過ぎない」ということに尽きる。眉毛が隠れる長さ、というのは絶対条件である。
 一度好みを覚えてもらうと、あれこれ注文せずに済む。ザクザクと随分気前のいい音がしているけど、切られ過ぎていないかしら、3センチぐらい、って言ったの、ちゃんと覚えていてくれてるのかしら? などと気をもむ必要もない。
 カットの最中は、眼鏡をはずしているため、鏡の中の自分の顔は輪郭しか見えない。
「このくらいでいかがでしょうか」と眼鏡を渡され、チェックを促された時に初めて、「ゲッ、 こんなに短くなってる」と、取り返しのつかない落胆に陥る恐れもない。そういう意味では馴染みの店は楽である。
 しかし、お気に入りの第一条件をクリアしているとはいえ、難はある。担当の美容師さんの社交辞令である。客へのサービスなのだろうが、質問内容が、微に入り細にわたり、突っ込み過ぎるのである。
「これからどこかへ行ったりとかするんですかあ?」
 に始まり、職場までの通勤時間、仕事内容、帰る時刻、夏休みには誰とどこへまで……。
 彼女はまだ20台前半といったところの、おっとりとしたなかなかかわいらしい印象の女性。年のいった女性が、さりげない話題から、それとなく不幸の匂いを嗅ぎ取ろうとするのと違い、あまりにも率直過ぎて嫌味なところがまるでない。そのためか、ついついこちらも、警戒することなく、「ええっと、通勤時間は1時間20分ぐらいで」とか「帰る時間はだいたい、6時半ぐらいですねえ」などと愛想良しに答えてしまうのだ。
 そうした油断があったのだろうか。先日のこと、夏休みの話題から、ついつい子供の話をしてしまった。子供についての話題が出ると、必ずといっていいほど「旦那さん」についての質問が出るのが世の習いである。
 ここで、「実は旦那はいなくて」などと言おうものなら、悪意のない彼女のこと、
「ええ! そうなんですかあ。ごめんなさい」などと明らかに動揺して恐縮するのは明らか。その気まずさを終わらせるために、わたしの方で、ことさら何でもないことのように力いっぱいフォローするという展開になるのも明らか。考えただけでも面倒なことこの上ない。ここは架空の「旦那さん」を作り上げて、話の流れを穏便におさめるというのが思いやりというもの。
 果たして、カットしてもらう小一時間の間に、職種は技術職、会社の夏休みはお盆の時期。水曜日と金曜日はノー残業デーなので、家で夕食を食べるけど、他の日は工場の食堂で夕飯を済ませてくる、といった“にわか夫”の出来上がり。
 ウソというのは、すぐに忘れてしまうので、矛盾が生じないように、ここに書き留めておこう。

あ、そういえば、お客様カードに記した生年月日。あれも確か、さば読んだのだったっけ。こればかりは、思いやりとは言えまい。

                                2006/7

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