好二郎
動・静
 日々の思いをイラストを交えて淡々と綴ります 好二郎
この連載は、原則として、五・十日(ごとうび=5と10の日)に更新します  過去の動静一覧  表紙へ戻る
 
2007年5月、6月、7月

大丈夫!
ニャン太がいるから


先日、会津落語会のため久しぶりに実家へ戻った。

実家は会津若松市の中心街から少し離れた、隣家、私道、プロパンガス会社が一望できる旧高級住宅街にある。
私が幼稚園に入る前に建てたその家は、増築、改築、放棄、再建、復活などを繰り返して統一感のない形に仕上がっている。
元々、玄関だったところは私が中学の時に兄の部屋になり、そのまま玄関がないと不自由だということで道路に面した壁に無理矢理玄関を作った。そのために玄関を開けるとすぐ道路で、玄関先でおじぎなどするとお尻が車にひかれそうになる。

その危険な玄関を無事通ると意外に広い上がりかまちがある。左手がトイレ、右手が台所に通じるドアだ。このドアはどういう訳か閉めるときにはげしい音を立てる。パターン!どんなに静かに閉めようと思ってもいけない、パターンという大きな音がする。だから静かに開閉しようと思うとイライラするので思い切り閉めるのがよい。落語会の打ち上げが終わったあとなのでもう夜中の一時だが気にしない。
パターン。

「ただいま」

声をかけると母がそうめんを茹でている。もう一度近くへ行って「ただいま」と言うと母ははじめて気が付き、「やあ、お帰り」
母にはあのパターンという音が聞こえないのだろうか。
「ドアの音、聞こえなかったの?」
「聞こえたわよ」
「じゃあ普通その時振り返ってお帰りなさいって言うんじゃない?」
「だってあなたじゃないかも知れないじゃない」
「それ変でしょ。俺じゃなかったらあぶないでしょう?」
「あなた以外は入って来ないわよ」
「じゃあその時にやっぱりお帰りなさい、でしょ」
「違う人だったら恥ずかしいじゃない」
強情な母だ。離れたテレビの音や車の音などに反応するから耳が遠くなった訳ではない。そうめんを茹でるのに集中していて気が付かなかったのだろう。昔から何かに集中すると他のことが一切できない人なのだ。
「何か夢中になってる時どろぼうでも入るとあぶないよ」
「大丈夫よ。ウチにはニャン太がいるから」
ニャン太は実家に年古く棲む猫である。私を虫けらのような目つきで見る態度がどこか妻に似ている。
「あんな年とった太った猫役に立つ?」
「知らない人が来るとパッと立ち上がって私に知らせる筈よ」
できあがったそうめんを啜りながら二人でテレビを観る。
ニャン太は母の膝で寝ている。
と、突然ニャン太が立ち上がり台所の板の間へ躍り出た。
何事かと身構えると、ニャン太は板の間で足を滑らせ前足後ろ足を広げてうつ伏せの状態になった。と、そのままの体勢でウトウトし始めた。
まるっきり役に立たない猫である。
母はしょうが梅漬けのビンのふたを開けるのに夢中でニャン太がとび出したことにも気が付いていない。
翌朝、朝ご飯を食べていると、猫がふと立ち上がって「ニャー」と鳴いた。母は何気なく台所から居間へ戻って電話の前に座る。すると、何秒か経ってから電話が鳴ったのだ。母は平気な顔で受話器を取り話をしている。
ニャン太と母。なんだかおそろしい。
2007年7月29日配信
置いておくだけで浴室が
ピカピカになる洗面器とは


世の中、危険なことはいっぱいある。何でもないことが命取りになるのだ。老人ホームに入る、英会話を習う、肉まんを食べる、そんなちょっとしたことが生活を一変させることだってあるのだ。

私の場合“危険”は新聞広告の中にあった。

「置いておくだけで浴室がピカピカになる洗面器」がそれだ。なんとも魅力的ではないか。私はその洗面器の広告を見る度に「ああ、この洗面器があったら私はもっと幸せになれるのに」とつぶやいていたものだ。

我が家の浴室はカビが生えやすい。主人の性格が良いとカビのような連中でも住みやすいらしい。いくら掃除をしてもすぐカビが生える。浴室なのだからそれはそれで仕方がないとあきらめればいいのだが、妻がそれを許さない。きれいな花を咲かせたり、おいしい果実を実らせたりしないのに生え広がる、その目的がはっきりしない生き方がカビを嫌う理由だそうだ。

「あれで放っておけば岩のりみたいにおいしくなるならいいけど、ダメなんでしょう?だったら掃除して消すべきよ」

そう言ってカビに効きそうな薬品をやたらとかける。「混ぜるな危険」なんて表示は完全に無視だ。

「危ないから止したほうがいいよ」

「大丈夫よ、みそだって肉だって混ぜたほうがおいしいんだから」

「食べ物と洗剤は違うだろう。第一僕がやってるんだし」

「何言ってるの。だからいいんじゃない。あなたにとって危険ならカビにとってもきっと危険よ」

「なんで僕がカビと相討ちしなきゃいけないんだ」

「いいから黙って掃除して。そうじゃないと戸閉めるわよ」

「よせ!」

お風呂場掃除はこうしていつも命がけだった。

だから例の洗面器を目にした時は二人で本当に喜んだ。

「買おう!」

「そうしましょう!」

買い物に関することで夫婦の意見が一致したのは、この時が初めてだと思う。が、値段が高めだったので妻はすぐには買わなかった。早く買おう、僕の命が無くなってからでは遅すぎる、と訴えても、来週の広告ではもっと安くなるかも知れないわ、と言って買わなかった。

で、先日新聞を見て驚いた。なんと私たちが心から欲していた洗面器には、浴室をピカピカにする効果がない、というではないか。途端に、洗面器の広告を見なくなった。危なかった。

もし、私が勧めたことであの洗面器を買ってしまっていたらどうなっていたか。妻が3,000円以上の買い物で失敗して許してくれる筈がない。洗面器で強打されるか掃除中に浴室へとじこめられるかどちらかの罰は受けただろう。

世の中は危険に満ちている。何事も信頼してはいけない。頼るな、危険。

2007年7月16日配信
メキシコの話題は
食卓から葬られ…


サンフランシスコから戻って十日以上過ぎた。中南米を中心に三週間程いたから時間的な感覚が相当ずれた筈である。

なのに、帰国してから時差ボケがなかった。高座では「どうも時差ボケで眠くてしょうがない」などと言っていたが、本当は平気だった。それよりむしろ、船に乗っている時間が長かったので「陸揺れ」のほうがひどかった。船の中ではそれ程感じなかったのに、我が家に戻ってからどうも地面が揺れているようで気持ちが悪い。

「あら、お帰りなさい。そうだ、玄関にいるついでにゴミ捨ててきて」と、帰る早々妻に仕事を命じられてさらに足下がフラついた。

久しぶりに帰った我が家は劇的に変化が無かった。妻は洗濯物の乾きが悪いことに目くじらを立て、長女ははねあがる髪の毛が気に入らないと長時間鏡の前に居座り、次女は便秘だと言ってトイレに閉じこもり、家族の中から「ところであなたどこ行ってたんだっけ?」という質問を受けたのは夕食も終わりかけた時だった。

「ダラスからキュラソー、パナマ運河を通ってメキシコ、それからサンフランシスコさ」

喜んで答えると長女が「メキシコって何があるの?」

とトマトを食べながら訊いてくる。

「そうね、サボテンだな」

「サボテンならアットマートに売ってるよ」次女が近くのスーパーマーケットの方角を指さす。

「アットマートって言えばお徳用のえびせん売ってたよ安く。買って」

と長女が話をそらす。

「この間お徳用バラせんべい買ったばっかりでしょう、ダメ」妻が相変わらず目くじらを立てたまま答える。

「でもそのくらいすぐたべちゃうよ。○○ちゃんのところなんか一日二袋くらい食べるって言ってたよ」

次女はさらに余計なことを言ってメキシコから話題を遠ざける。

「ウソばっかり、○○ちゃん連れていらっしゃい、ママが本当の事を聞き出してやるから」

たかがせんべいで妻がけんか腰になる。

「でも○○ちゃん大きいからそのくらい食べるんじゃない?」

長女が妹に助け船を出す。

「大きいと言えば、メキシコのサボテンは大きいんだぞ」

ここぞとばかり私が割って入った。

「サボテンは食べられないじゃない。ちょっと黙ってて」

妻の一言で完全にメキシコの話題は食卓から葬られ、あとは学校の友達や成績の話になってしまった。

初日からそんな風だったからメキシコはすぐに遠い過去の物となり、時差ボケのこともすっかり忘れていた。

ところが、である。なんだか今になってとても眠い。時間にするとちょうど十時間ほどずれている。眠い。今頃時差ボケだろうか。何日も経って時差ボケが発症するという話は聞いたことがないが、どうもそれしか考えられない。

ああ眠い。早く時差ボケを治したい。そして、旅の話を誰かにちゃんときいてもらいたい。

追伸
今回船の旅でご一緒させていただいたお客様並びにスタッフの皆様、お世話になりました。また機会があったらお会いしましょう。         好二郎拝
案外可愛いんじゃない

イスラエルのある男が、朝、ペットの猫のうなり声で目を覚ますと、なんと、自分のとなりにヒョウが寝ていたという。

ヒョウ。あまり目覚めに近くで見て心安らぐ動物ではない。この男、あわててとび起き、とっさにヒョウの首根っこを押さえつかまえたらしい。勇気のある男である。

もっとも、このヒョウはだいぶ弱っていて、野生ではえさとなる動物がつかまえられなくなり、仕方なく民家へやってきてペットの動物を襲おうと考えたらしい。家の中に忍び込んだ時は衰弱して寝てしまったのだ。

ヒョウはその後専門家の治療を受け野生へ戻されたらしいが、なんともぶっそうな話である。

「でも、ヒョウがとなりに寝てたら、案外可愛いんじゃない」

天下におそれるものの何もない妻がそんなことを言う。

「ヒョウだぜ。でっかい猫とは訳が違うんだよ」

「だから寝てたらって言ったじゃない。起きたら私だってあんまり自信ないけど」

「なんの自信だ」

「でも寝顔はきっと可愛いわよ」

「そうねェ。お前よりは可愛いだろうねェ」

「言っとくけど私今起きてんのよ」

「ごめんなさい」

「その男って勇気あるわよね。だってつかまえた時はまだそのヒョウが弱ってるって知らなかったんでしょう?それなのに押さえつけるなんて。あなたには絶対できないでしょう」

確かにできそうもない。なにせ以前那須の「わんわんワールド」なるところに行った時、大型犬の“だいちゃん”という奴にはげしく吠えられて涙を流しながら逃げ回ったくらいだから、目が覚めてとなりにヒョウなんかがいたら気を失うに違いない。

その晩。胸苦しくて目を開けると妻の腕が私の首に掛かっていた。熟睡していても私を支配しようとするその態度が気に入らない。静かに腕を払いのけ、妻の顔を見る。間違いなく寝ている。そうだ、この首根っこを押さえてみようか。いや、こわいから止そう。んー、やっぱりイスラエルの男は勇気がある。
2007年7月1日配信
男らしさとは何か


近頃、特大のデザートがコンビニを中心にやけに売れているらしい。女性でも体格のいい人が随分増えているから“大きめ”くらいでは間に合わず“特大”に人気が集まるのだろうと思っていたら、どうやらそうじゃないらしい。

独り暮らしの男性がよく買うのだそうだ。甘い物をそれ程好まない私には考えられないが、そう言われてよく見ると大きなデザートケーキを買っていく男性が多い。

別段文句はないが、男が独りデザート片手ににこやかに店を出て行く姿は好きになれない。汚い部屋で服も着換えず酒を呑んでウダウダ愚痴をこぼしている独り暮らしの男もいやだが、明るい部屋でパジャマに着換え、パフェか何か食べながらメールを打っている男も気味が悪い。

どうも男らしくない。結婚して何日もしないうちに、男らしさだの男のワイルドさだの、男の威厳だの、そういうものは不要だと気がつくのだから、せめて独身時代はそういうものを大事にしたいものだ。

「ねェ、帰りに私と子どもの分の何か甘い物買って来て」

「じゃ俺の分ビール買ってってもいいかな」

「あなたは我慢しなさいよ」

「ハイ」なんて会話のあと、嫌でもそういう買い物をするのだから、独身時代はワンカップとするめを買うべきだ。

それなのに近頃どうも情けない。唯一男らしい人物は石川県の、自分で自分のお腹を刺して休暇を取ろうとした警官ぐらいだろう。何でも災害担当になった途端、あの大きな地震があって、とにかく眠るひまもないくらいに働いていたらしい。

どうしても休めないが休みたい。休みたいが休めない。で、とうとう、自分の腹をナイフで刺して、何者かに刺されたということで休みを取った。これがウソだとバレてニュースになったのだが、この人は男らしい。

普通はズル休みをしようと思ったら、「母が危篤で」とか「妻の父が死んで」とか「祖母が北海道で倒れて」など自分以外の人をだしに使って休もうとするのに、この人は違う。

自分を刺して休む。男らしい。さむらいみたいだ。この人に限ってはこれからそれでいいんじゃないだろうか。

「あの、休暇が欲しいのですが」

「ああそう。忙しいんだけど……もう刺しちゃった?」
「ハイ。この通りです」

「ワァ……血が出てるねェ。じゃ、いいよ休んで」

「ありがとうございます」

これでいい気がする。

この警官、特大デザートを買う男より、何となく好きである。

2007年6月17日配信
世の中変わった人が多い

世の中変わった人がいるものだ。

埼玉では農業を営む59才の男が趣味で鉄砲を作ってしまったらしい。

昔から機械を分解したり組み立てたりするのが好きだったようだが、とうとう鉄砲を作ってしまった。で、よくできたのだろう。一から自分で考え作り上げた。うれしくて仕方がない。そこでこの59才の鉄砲男、「素敵な銃だと思いませんか。僕が作ったんです。本物の銃ですよ、ちゃんと撃てるんです」と近くの警官に自慢したと言う。当然それで捕まった訳だが、趣味が鉄砲作りというのは変わっている。

39才のある男はビルのガラスをパチンコでこわした罪で捕まった。

なぜそんなことをしたのか。訊いてみると、「クモの巣状に割れたガラスが好きだから」と答えたらしい。

「クモの巣状に割れたガラスが好き」。

なぜなのか私には分からない。好きなだけにこのクモの巣男、パッと見ただけで、「このガラスは砕々になる」とか「とがった形で割れる」というのが分かったらしい。

居酒屋で先輩の噺家にそんな話をすると、

「そうねェ。だけど噺家になろうなんて人間も、よそから見たら充分変じゃないか?犯罪にならないだけで」

「そうですか?」

「ああ。俺なんかもう入門直前は頭ン中落語一色だったからなあ」

「どういう風にですか?」

「例えば山手線に乗ってると、目白駅に止まれば『あ、ここに小さん師匠がすんでるんだ』なんて喜んだり、“日常茶飯事”なんて言葉が“柳家小三治”に聞こえたり」

「それは重症ですね」

「ごはんの時、醤油かけたりドレッシングかけたりすると思わず心の中で、『醤油とかけまして』なんてなぞかけすることはあったでしょ?」

「いいえ」

「へえ……お前変わってるなあ。」

そう言って先輩噺家はビールを飲んだ。世の中変わった人が多い。
2007年6月9日配信
ズボン一着80億円!

アメリカという国は極端な国だ。科学分野でも何でも最先端をいくかと思えば、本当に頭の悪い人がいるんだなあと思わせる出来事もよく起きる。

この間そのアメリカのある弁護士が、自分のズボンをクリーニング屋に出したそうだ。これは別におかしな事ではない。弁護士がズボンをクリーニングに出す、それはいい。

で、その夕方だったか翌日だったか、この弁護士がそのズボンを取りに行った。自分のズボンを自分で取りに行くのだからこれも当然だ。

ところが、そのズボンをクリーニング屋がなくしてしまった。これはいけない。商売であずかったものをなくしてしまってはダメだ。客に文句を言われるのは当たり前だろう。だが、クリーニング屋がお客様の洋服をなくしてしまうというのも、そうない話ではないだろう。

おどろいたのはここからだ。弁護士はズボンをなくされ、怒ったのなんの。弁護士だけにこのクリーニング屋を訴えた。

そんなことでいちいち訴えなくてもいいと思うのだが、さらに驚いたのがその訴訟額がなんと日本円にして80億円!ズボン一着80億円!こんな高いズボンは聞いたことがない。洋服の青山なら何着買えるか、下手すると店ごと買えるんじゃないか。あわてたクリーニング屋はすぐにあやまって100万だか200万で示談にしようとしたらしいが、この弁護士が頑として80億円の訴訟を起こすという。

この問題、アメリカ中から弁護士に対して非難の声が上がっているそうだが、さてその後どうなったか。詳しい情報が入ってこないのでよく分からないが、結果をなんとしても知りたいものだ。

しかし、80億円は異常だ。100万200万の示談金をけるのだから普通じゃない。いくら大切にしていたズボンでも、あるいは当初の店員の態度が悪かったにしろ、尋常じゃない。

ではなぜ、弁護士はあれ程に怒ったのか。私はそのズボンに特殊な仕掛けがしてあったのではないかと考えている。例えばそれをはくと全身に力がみなぎって、スーパーマンのように強くなれるとか、下半身だけに力がみなぎって、とっても若かったころのように強くなれる、といった仕掛けだ。ズボンをなくしたせいで人類が守れなかったり、浮気相手に逃げられたりしたら、80億円くらい欲しくなるだろう。

あるいは、弁護士は本当は天人なのかもしれない。天の羽衣のようにそのズボンがないと天に帰れないのではないか。天に帰るためのロケット代その他を考えると80億も高くない。

ズボン一着80億円。その真相が知りたい。
2007年6月3日配信
意外性がある人って魅力的

マイケル・ゴトーさんは音楽家である。トロンボーン、サックス、フルート奏者である。ジャズマンだ。そして、とてもあやしい人である。

知人の宴会に顔を出したら、そこに現れたのがマイケル・ゴトーさんだ。帽子、ジャケット、ズボン、くつ、どれをとっても一般人の対極にある出で立ちで、はじめは目を合わせるのもこわかった。

私と一緒にその飲み会に参加していた上方落語の笑福亭由瓶兄さんも「しゃべったらあかん」と思っていたらしい。

ところが、話をしてみるとこれがやさしいし面白い。ついつい調子に乗って「由瓶・好二郎二人会」にゲスト出演を依頼した。

「いやだよ」とか「遊びに行ってもいいけど楽器はやらないよ」とか何か言われるだろうと思っていたら、とっても軽く「いいですよ」。

実際、二人会に出演していただいて大いに盛り上げていただいた。ありがとうございます。外見の派手さと内面のやさしさのギャップにすっかりマイケル・ゴトーさんのファンになってしまった。

「やっぱり、意外性がある人って魅力的よね。もちろん、いいほうに意外じゃなきゃいけないけど」

妻がめずらしく常識的なことを言う。

「そうだな、こわい顔してて実はヤクザだ、なんてまるで魅力ないもんな」

「手癖が悪そうでどろぼうなんかもいやだし、すっごく真面目そうで大手の会計士っていうのも魅力はないわね」

「けいさつみたいな格好でどろぼうだったっていうのはもっと悪いけどな」

「面白い顔してるのにつまらない落語家なんて最悪ね」

「こわい顔してて、おそろしい妻って、実際いるけど嫌だね」

「貧弱な体型で、病弱な夫って、近くにいるけど嫌だね」

「何をしても死にそうにないのに、いつも死んだように寝てる妻ってここにいるけど嫌いだな」

「ごはん食べても薬服んでも、その度に弱っていくあなたって何なの?」

「……」

「やるか!」

「表へ出ろ!」

「そう言ってなんで机の下にかくれるの?そういう意外性ってちっとも魅力ないんだけど」

「黙れ!ゆるしてくれないとあやまんないぞ」

こうして無駄な時間が過ぎていく。ああ、マイケルさんのような魅力を身につけたい。
2007年5月27日配信
管理者君は
太っていた。


日記の更新が遅い、という声をよく耳にする。原因ははっきりしている。私が日記を書いていないからだ。しかし何も、書きたくないから書かないのではない。色々と理由はあるのだ。

まずこの時期私はダニアレルギーで弱っている、ということが挙げられる。外でお金持ちのお客様や可愛い女の子と遊んでいるときはさほどつらくないのだが、ウチの中に戻ってくると、途端にくしゃみ、鼻水、せき、熱が出る。日記の原稿を書こうとするとどうしても具合が悪くて筆が進まないのだ。

お酒に弱くなった、というのも日記が書けない理由の一つだろう。お酒を飲んだ翌朝、どうしても起きることが出来ない。気持ちが悪い。声が出ない。筆が持てない。薬を服んだり妻にあやまったりしているうちに夕方になり、仕事に出掛ける、またお酒を飲む、翌朝起きられない、薬を飲む、妻にあやまる、夕方になる。これを繰り返しているとどうしても日記を書く暇がないのだ。

また、妻が「私のことネタにして書くならモデル代よこせ。もしくは読んだ人が皆私にあこがれるような素敵な女性に書け!」などと無茶な注文をつけてきたことも一因だろう。

とにかく、このままではいけない。そこで、管理者君に会って相談しようと考えた。

ところが、久しぶりに会った管理者君は、太っていた。

「日記の件なんだけどさあ」と言う前に「あれ?太ってない?」と思わずきいてしまう。

「ええ、ちょっと太ったんですよ」

「へえ、ちょっとって言うより見た目だいぶ太ったよね」

「そんなに太ったように見えますか?」

「すごく太ったようにしか見えないよ。管理者君によく似た別人かと思ったもん」

「まずいですかねェ」

「マア、やせてた時にすごくモテたとか雑誌のモデルだったとかっていうならまずいだろうけど。あ、もしかすると幸せ太り?」

「シアワセってなんですか?」

「幸せの意味を忘れるほど幸福から遠ざかってるんだね」

やせて、寂しそうで病弱で、世界中の不幸を一人で背負い、その重さに押しつぶされそうだった管理者君は、太って、全体的に丸くなって世界中の不幸を背負っても平気な男に変身していた。

管理者君、がんばれ。日記のネタが無くなったらまた管理者君に会いに行こう。その時にはまた、進化した別の姿を見せて欲しい。
2007年5月19日配信
すごい速さで
近づいてくる



はじめ、次女が手を振った時、そのアイスクリーム屋がそんなに速い男だとは知らなかった。

ゴールデンウィーク恒例、、足立〜葛西臨海公園サイクリング大会が催された。参加者は私と妻と長女と次女の4人だ。

家族以外こんなバカげた大会に参加しようという勇気のある人物が現れず、今年で4回目となるが参加者は増えない。それでも、今回はにぎやかだった。

というのは長女の中学進学と次女が仏教に興味を持ちだしたのを記念して、二人に新しい自転車を買い与えたからだ。

新しい、大人用の自転車に乗った二人は、とても小さく見える。タイヤが大きいので横から見るとサーカスのピエロのようだし、後ろから見るとタイヤに直に乗ってるようで一輪車に見える。前から見るとハンドルのすぐ上に顔があって、幼児が前に乗っているのに母親が乗っていないという危険な状態に見える。

それでも本人たちは得意なもので、土手沿いのサイクリングコースをスピードをあげグングン進む。

と、土手の上を「リンリン」という鈴の音を響かせてアイスクリーム屋が自転車で通っていく。我が次女は、それがアイスクリーム屋だろうがおでん屋だろうが、救急車だろうが選挙カーだろうがちょっとめずらしいものを見ると思わずにっこり笑って大きく手を振るクセがある。

「よしなさい。買ってくれるのかと思って見てるでしょ。よしなさいってば」

お金が出ていくことにかけては妻の判断は常に早い。すぐ止めさせる。

アイスクリーム屋は次女を振り返り振り返り立ち去って行った。

「ダメよ。あの人がこっちに向かってわざわざ来たら買わなくちゃいけないじゃない。救急車とか選挙カーとか霊柩車ならいいけど、おでん屋とアイスクリーム屋には手を振っちゃダメ」

妻の素晴らしい小言を聞きながら公園をめざす。

天気も良く、公園でのんびりとすごし、その帰りだ。

やはり土手沿いのサイクリングコースを走っていると、往きに見たアイスクリーム屋の自転車が止まっている。野球の子どもたちを相手に商売をしているのだろう。すれ違う時、そのアイスクリーム屋のおやじと、次女の目が合った。

次女はまるきり知らない人に「あなた変な人ね」とか「帽子が似合ってませんよ」などと目だけで正確に伝える能力を持っている。

アイスのおやじと目が合った時、「おや、また会いましたね」と確かに次女は伝えた。少なくとも私にはそう見えた。

そしてアイスのおやじも「ああ、きっと追いついてやる」そう言っているように見えた。

そんな話を妻にしながら自転車をこぐ。

「バカじゃない、そんな訳ないでしょ」

「いや、きっと来るよ、あのアイス屋」

「だってあれからだいぶ経ってるわよ、それにもう夕方だし、帰ったわよ」

「そうかなあ」

オレンジ色の夕日がまぶしい。反対の空はまだまだ青く輝いて、だいこんを薄切りにしたような月が浮かんでいる。

リンリン…リンリン…リンリン…

「ねェ、かすかに、鈴の音がきこえないか?」

「え?気のせいよ」

リンリン…リンリン…リンリン…

「いや、きこえる。アイスクリーム屋の鈴の音だ」

「…やだ本当、きこえるわ、…だんだん大きくなっていく」

リンリン…リンリン…リンリン…

「すごい速さで近づいてない?!」

「あなた、振り向いてみてよ」

やだよ、コワいよ」

「キャー来る、来る、すごく近くまで来てる!」リンリンリン…

私たちの真後ろで鈴の音がひときわ大きくなったと思った次の瞬間、アイスクリーム屋は突風の如く私たちを追い抜き、あっという間に見えなくなってしまった。

「…なんだったんだろう、あのアイスクリーム屋」

「…涙が出てきた」

その後、アイスクリーム屋は土手の上で我々を待つかのように休んでいた。こわごわ、その横を通る。アイスおやじと次女の目が再び合う。

「ヘッ、おじさん速いだろッ、馴れてんだ」アイスおやじが声に出して笑った。次女がそれをきいて「ウン」と力強く頷いた。なぜか感動した。
2007年5月3日配信

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