好二郎
動・静
 日々の思いをイラストを交えて淡々と綴ります 好二郎
この連載は、原則として、五・十日(ごとうび=5と10の日)に更新します  過去の動静一覧  表紙へ戻る
 
11月、12月、2008年1月

「元気に過ごす」
は無理な目標か


新年が明けて、ようやくこのところ落ち着いてきた。

やはり新しい年はいいもので、お客様もどことなく華やいでいるから落語も喋っていて楽しい。特に新年会の席は正月気分で気持ちがウキウキしてくる。

今年もいくつかの新年会に顔を出さしてもらったが、おどろいたのは「青山きもの学院」さんの新年会だ。きもの学院というくらいだから、着物の着付けから礼儀作法まで学べるというところで、都内に何カ所か教室を持っている。その各教室で学んでいる生徒さんと先生方が某ホテルに集ったのだが、さすがに着物教室の生徒さんだけあってほとんどの方が着物。それもほぼ女性ときているから華やかだ。

都合のいい人だけ、といいながら三百人くらいはいただろうか、なかなか壇上から見渡すと圧巻である。お正月らしくてなんともいい。やはりお正月、女性は着物に限る。

ところで、今年も、新年早々私は風邪をひいた。

風邪をひいた、というより、二日おきにひいている。今年は昨年の、アレルギー鼻炎、肺炎、ぜん息、になったことを反省して「毎朝、乾布摩擦をして体操をし、良く食べ、良く睡眠を取り、元気に過ごす」という目標を掲げたにもかかわらず、馴れない乾布摩擦がいけなかったか元旦から風邪をひいた。4、5、6、と調子が良くなったものの、無理な体操が悪かったのか、七草がゆものどを通らないほど具合が悪くなった。

早く治さなければと良く食べたら8、9日とお腹をこわした。風邪には睡眠が一番、と、薬をたくさん服んだら、10、11、12日と高座中にはげしい睡魔におそわれた。

13、14日と回復しつつあったが、15、16日と再び背中に悪寒が走った。今はなんとか、体中にカイロを貼り付けて無事に過ごしている。

「元気に過ごす」どうやら私には無理な目標らしい。

「目標、生きてる、にしたら」と妻が言う。

「そんなこと目標にしてどうするんだよ」

「守れないかもよ」

「守れなかったら死んじゃうだろう」

「じゃ、死んでいる、にすれば?」

「そんな目標があるか!」

今年も病気と妻に苦しめられそうである。
2008年1月20日配信
真打ち昇進
今秋9月1日付で決定


正月二日、恒例の一門新年会があった。

昨年引退を宣言した円楽師匠を「ご招待する」という形では、はじめてとなる新年会だ。

毎年この会は「今年も体に気をつけてがんばろう」とか「芸を少し向上させて収入を大幅にアップさせる方法はないだろうか」とか「座布団に座ったままできるこの商売より楽な仕事はないのだから、俺は決してやめないぜ」などと建設的な話し合いがなされ大いに盛り上がる。

そして後半、その年の真打ち昇進や二ツ目昇進の発表、新入門者の紹介などがなされるのだが、ついに、私の真打ち昇進が今秋9月1日付で決定、発表された。

昨年の暮れから内諾という形で話はきいていたが、あらためて言われるとやはり嬉しい。

真打ち。

なんと素晴らしいひびきだろう。

手打ち、平手打ち、頭打ちなどとは違う、心弾むひびきだ。

真打ち。

ああ、なんと輝かしい言葉だろう。

キジ撃ち、ひじうち、返り討ちなどとは違う、心休まる言葉。

「あなた、随分喜んでいるけど真打ちになると何が変わるの?」

真打ちという言葉に感動できない不幸な妻は平気でこんなことを言う。

「何が違うって、ぜんぜん違うさ」

「だから何が?」

「だから……道歩いてるだろ、今まではすれ違う人が、“あ、着物着てる変な人”っていう目で俺を見てたのがこれからは“真打ちだ”っていう目で見てくれるんだよ」

「そんなバカなことある訳ないでしょ。収入が増えるの?」

「いや、却って減ってる師匠方もいるね」

「話がすごくうまくなるとか、今まで秘密で教えてもらえなかった噺を教えてもらえるとか、そういう特典はないの?」

「ない。真打ちになって芸が荒れた人とか、稽古をしてもらえなくなったって人もいるね」

「有名レストランに顔パスで入れるとかは?」

「顔パスで入れるけど、出るときは相応の支払いが必要だろうね」

「ブランド品の洋服が只で手に入るってことは?」

「只で手に入れてもいいけど見つかったらつかまるだろうね」

「じゃ、何が得になるの?」

「サァ?」

「サァって、じゃあ今までと何も変わらないじゃない。真打ちになったから卵が安く手に入るとか、真打ちになったから家賃がなくなるとか真打ちになったから別荘がもらえるとか、何かないの、何か」
「……ない」

「じゃ何を喜んでるの?」

「ふん、卵や洋服や別荘でしか幸せをはかれない女に真打ちの良さがわかるか。今に見てろ、卵がびっちりつまった家賃のいらない別荘を建ててやる」

「いらないわよそんな別荘」

なんとなくわかってはいたが、やはり妻には真打ちの良さが伝わらない。
2008年1月5日配信
複数の出版社
からオファー!?


新年あけましておめでとうございます。昨年は「日記の更新が遅い」「本数が少ない」「忙しいふりをするな」「絵に成長のあとがない」などのおしかりを多くうけました。今年はなんとか頑張って、月に最低5本は書こうと思っております。

また「日記の内容が下らない」「まるで為にならない」「疲れた時に読むとさらに疲れる」などの貴重な意見を多数いただきました。しかし、内容については、たぶん劇的に変化することはなく、高向になったり、文章が巧みになったり、感動的になったりすることはないでしょう。

ただ、いくつかの出版社から「この日記を本にしませんか」というオファーが来てませんので、今まで通り肩に力をいれず日記をつずりたいと思います。

 では、どうぞ今年も落語同様、「好二郎の動静」よろしくお願いします。
2008年1月3日配信
肺炎去って次ぜん息

今年の仕事が一段落したので、さっそく病院に行ってきた。

二ヶ月前に「肺炎です」と言われ、以来ずっと咳が続いていたのでさすがの私も心配になったのだ。

年末の病院はとても混んでいた。

見るからに具合の悪そうな中年のおじさん、足をひきずり苦痛に顔を歪めている少年、顔面蒼白で今にも倒れそうな若い女性、「もうお迎えにきてもいいよ」などと死を覚悟したおばあちゃん。

そういう大勢の不幸な人たちをみていると「苦しいのは僕だけじゃないんだな」と、とても幸せな気持ちになる。

ただこんなに患者がいるとなかなか自分の番が回ってこない。

これだけ待たされると、元気な人でも病気になりそうだ。私の隣に座ったげっそりとやつれた中年のおばさまなどは、待ってる間にみるみる具合が悪くなっていった。

しまいには天を仰いでハァハァ荒い息をしている。

「大丈夫ですか?」と声を掛けたら「ええ、すみません」とこたえてさらに荒い息をしていた。考えてみれば大丈夫じゃないから病院に来ているのに「大丈夫ですか?」などときいたのはまずかった。

「だいぶ悪そうですね」とか「病院に来たのは正解でしたね」とか「どんな病気か結果をきくのが楽しみですね」くらいのことを言ってあげれば良かった。

何時間も待たされてようやく私の番がきた。

先生に症状を告げると、まずレントゲンをとって、採血をしてこい、という。

このレントゲンにまた一時間、採血に一時間半待たされた。

こんなことでは、あの息の荒いおばさんはすでに死んでいるかも知れない。

「で、先生、どうでしょう?」

「ハイ、レントゲンを見ても、血液検査の結果を見ても、肺炎は完全に治ってますね」

良かった。ちょっと咳は残るが、肺炎は完治していたのだ。

「あ、ただ、ぜん息になってますね」

「ぜん息?」

「ハイ。ぜん息です」

「ぜん息って大人になってからかかるもんなんですか?」

「ええ、体の弱い人はなりますよ」

一難去ってまた一難。

肺炎去って次ぜん息。ああ、病弱なこの体がにくい。ぜん息が治ったら、次は何にかかるんだろう。
2007年12月22日配信
好二郎一家で応酬
言葉のダンクシュート


ある調査で、「家庭内で会話が充分か」という問いに、「充分だ」と答えた家庭が4割だったという。

ずいぶん多いと感じたのは私だけだろうか。

我が家には不幸なことに二人の娘と一人の女房がいる。三人とも女だ。しかも三人ともおしとやかさに欠ける、というより、ない。だからやたらと喋る。

喋る量からすると「会話は充分」と言えるのだが、「コミュニケーション」「言葉のキャッチボール」「意思の疎通」という意味では全く不充分だ。

まず妻が喋る。腹式呼吸を使った大きな声で、眉間にしわを寄せて何か言っているからいつもの通り怒っているのだろう。しかし、その内容は多岐にわたり口調も早く複雑な文脈だから理解できない。

大江健三郎さんの論文を志ん生師匠が怒りながら早口で読み上げているようだ。

すると、居間にヌッと顔を出すのが長女だ。毎日制服を着て出掛けるので「あれは何の遊び?」と訊くともう中学生になったという。

中学生になると女の子はガラリと変わる。

お風呂と鏡の前に立つ時間がやたらと長くなり、ごはんと手伝いの時間が短くなる。小学生の頃は「私の父親はもしかするといい加減な仕事をしているのではないだろうか」と疑っていたが、中学生になったとたん「やはりいい加減な仕事をしている」と確信を持つようになった。

この長女が学校の先生や友達の話、好きな音楽、今興味を持っている動物の生態などを、わざとそうしているのかそれとも生きる力が足りないのか、アンニュイな調子で語る。

しかも中学生独特の言い回し(簡単に言葉をつめる。例=行ってきます→行ってき。誕生日プレゼント→たんプレ。ローラースケートをやる場所→ロバ。等)で喋るのでほとんど理解できない。

と、次女がこたつからのっそり起き上がる。小学生の高学年になって少し難しい言葉を覚え始めたが、使い方がちょっとずつ違うので日本語を無理して使う外国のエリートと話をしているようで落ち着かない。

時々立ち上がって大げさに身振り手振りを交えて話すので、絶好調のいたこのようだ。もちろんその内容は伝わらない。

我が家ではこのように、それぞれが自分の言いたいことだけを言い放っておしまいだ。

言葉のダンクシュートと呼んでいる。パスもドリブルもない、いきなりダンクシュートだ。

言葉は多いが、伝わらない。家庭内の会話は不充分である。
07年12月2日配信
ロゴ入り着物を作ろう

サッカーのオシム監督が倒れた。大丈夫だろうか、心配である。別にサッカーの大ファンということではないが、わざわざ日本チームを強くするために来てくれたのに、そこで倒れてしまっては日本人としてすまない気がする。早い回復を祈る。

ところで、サッカーのユニホームには様々な企業のロゴが入っているが、Jリーグの1部リーグでは「焼酎」というロゴが入ったユニホームはいけないらしい。なんでも子どもたちに悪影響を与えるからダメらしい。どうもその意味がわからない。「焼酎」は子どもより大人に悪影響を与えるのではないだろうか。子どもは「焼酎」という文字を見ても何も感じないだろうが、大人の中には文字を見ただけで手が震えるという人もいるだろう。

「焼酎」が悪いとすると、「落語」なんていうのもダメだろう。子どもにいい影響は与えない。「相撲協会」もいじめを増長しそうで認められない。食品会社もいつ偽装が発覚するか知れないのでロゴは使わないほうがいい。子どもに悪影響を与える恐れがあるとすると、全ての企業があやしくなってくる。そんなことに規制を加える必要はない。しっかりとサッカーをサポートしたいと思うところなら、どこでも受け入れるべきだ。高利貸しだろうがオカマバーであろうが、問題はない。職業に貴賎はないのだから。

それ程子どもを想うのであれば、ユニホームの空いているところに「(上底+下底)×高さ÷2=台形の面積」とか「794うぐいす平安京」とか「歯みがけ」とか書いてやったほうがいい。ゴールを決めた選手がただ踊るのではなく、正しいラジオ体操してみせたり、難しいチーム名をやめて「親孝行、博多」とか「苦学生、埼玉」などとするのはどうだろうか。

私もただ着物を着て高座に上がるのはもったいない、と考えた。そうだ、ロゴ入り着物を作ろう。「焼酎」「ビール」「ワイン」「日本酒」などのロゴが入った着物でお酒の噺をしたり、「JRA」でバクチの噺、「キャバクラ」で吉原の噺、「警察」で泥棒の噺などと使い分けると効果が上がる気がする。只今スポンサー募集中である。
2007年11月23日配信
博多で至福の時

11月3日、4日と、博多で開かれた「博多・天神落語まつり」に参加してきた。

三遊亭楽太郎師匠が企画したイベントで、地方都市でこれだけ大規模な落語会はおそらく初めてだろう。二日間三会場で2回から3回公演、すべてチケットが完売したのだからすばらしい。お客様には満足していただけたとは思うが、何より手伝いで参加させてもらった我々若手は大いに楽しんだ。なにせ、私の師匠好楽はもちろん、小遊三、夢之助、米助、志ん五、歌之介、昇太、たい平…と愉快な面々が、しかも地方公演ということで少し浮かれてるのだから面白い。

楽屋はいつになくにぎやかで笑い声が絶えない(その内容が全て楽屋落ちでここでご紹介できないのが残念だ。はっきり言って落語のネタより面白いものも多い)。普段なかなかお会いできない師匠方の噺を何席も聴けて勉強になった。打ち上げでは例のメンバーにおぼん・こぼん先生なども加わってドンチャン騒ぎ、至福の時である。

会場のお客様もいい。他の土地より陽気な人が多いようだ。

そして一番驚いたのが、ある会場で、仲入り休憩の時にロビーへ顔を出したら、見知らぬ若いカップルから声を掛けられたことだ。

「あ、好二郎さんだ」

たいへんめずらしい。今までどこへ行っても声なんて掛けてもらったことはないし、掛けてもらっても「好楽さんのお弟子さんのかたですよね」とか「あの、落語なさる人でしょう?」とか「郵便局に行きたいのですが、どこだか知りませんか?」などと言ったものばかりで名前を正確に呼ばれたのは初めてだ。きいてみると、インターネットで流れていた私の落語をきいて名前を覚えてくれたらしい。なんとすてきな人たちだろう。するとすぐそのあとで「あ、好二郎さんじゃない?」と若い二人組の男性に声を掛けられた。一日に二度警察に呼び止められたことは何度かあるが、お客に立て続けに声を掛けられたのは初めてだ。

「写真いっしょにとってもらえますか」

なんと素晴らしい言葉だろう。

私の前世は博多人だったのではないだろうか。

いい。博多はとても好き。楽太郎師匠、来年も再来年も是非「博多・天神落語まつり」開催して下さい。そして私を連れてってください。

お世話になったスタッフの皆様、ありがとうございました。
2007年11月11日配信

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