PETER ALLEN : THE BOY FROM OZ
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16 September, 2003

SCENES & MUSICAL NUMBERS
ACT I
OVERTURE
 オーヴァーチュアは比較的短く、ARTHUR'S THEME(BEST THAT YOU CAN DO)とNOT THE BOY NEXT DOORがメドレーで演奏されました。
PROLOGUE - Peter in Concert
(ALL) THE LIVES OF ME (Peter Allen) - Peter

 暗闇の中にグランド・ピアノが一台。静かに弾き語りで、ピーター・アレン(HUGH JACKMAN)が徐々に浮かびあがります。曲はピーターのファースト・アルバムからの一曲(ALL) THE LIVES OF MEで、かなり地味な名曲なのですが、これから物語られるピーターの一生のストーリーにはピッタリの歌詞です(歌詞はこちら)。曲が終わったあと自己紹介があり、ピーターお得意のセクシュアリティねたのジョークで「僕について色々噂は聞いてると思うけど…。"彼ってやっぱりアレ?それともちがうの?"とか(笑)。やっぱり正直に認めなきゃいけないよね、自分は……オーストラリア人だって(笑)」と会場を沸かせます。

 僕が見たのが2003年9月16日のプレビューの初日だったこともあり、最初の自己紹介の場面でヒュー・ジャックマンが「今日はプレビューの初日でオープニング・ナイトではないけれど、実際にはオープニング・ナイトみたいなもんだよ。だってみなさんは(招待客とは違って)ちゃんとお金を払って観に来てくれた人たちだから…」っていう嬉しいコメントもあり、もう大喝采でした〜。
The 1950s
SCENE 1 - Various location in Tenterfield, Australia: Peter's grandfather's store, Peter's childhood home, Josie Mann's New England Hotel interior/exterior
WHEN I GET MY NAME IN LIGHTS (Peter Allen) - Boy & Ensemble
WHEN I GET MY NAME IN LIGHTS : Reprise (Peter Allen) - Peter


 1950年代の場面ではピーターの少年時代が物語られます。オーストラリアの片田舎テンターフィールドで生まれ、どこにでもいる'普通の'(どこがやねん?)男の子として育ったピーター少年(MITCHEL DAVID FEDERAN)は、ピアノが得意で、ハリウッドの古いミュージカルが大好き。お祖父さんの営む馬具製造所(小屋)の店先、お祖父さんが仕事をしている横で、タップを踏み2人で「おじいちゃん、今、誰の物まねしたかわかった?」「アン・ミラーじゃろ」ってイケてる会話を交わします。

 ピーター少年の才能が評判を呼び、ホテルでピアノを弾き歌い踊ることになり「僕、有名になるよ〜」と歌われるのが、WHEN I GET MY NAME IN LIGHTSです。このピーターの子供時代を演じる男の子が、もう憎たらしいぐらい上手いです。ピアノの上に脚を上げ、アップライト・ピアノの上でタップ・ダンスし、ピアノの上に逆立ちしてピアノから飛び降ります。
 ホテルで大人気のピーター少年は、自分の芸でお金を稼ぎ、母マリオン(BETH FOWLER)の自慢の息子でもあるのですが、戦争から戻ったあとアルコール依存症になっている父親ディック(MICHAEL MULHEREN)は、息子が儲けたお金さえも自分の飲み代にしようとピーターからお金を巻き上げます。こういった、ピーターの少年時代の暗い部分が描かれるシーンもあります。

 これらの場面では、舞台の左右から小さめのセットが出たり引っ込んだりしながら、スピーディーに場面転換が行なわれます。

 そして、これらのシーンを後ろの方で眺めていた大人のピーターが再度前方に登場し歌を締め、その後クリス(TIMOTHY A. FITZ-GERALD)という若者とコンビを組みアレン・ブラザーズとして活躍することになったことが説明され、1960年代へと時代が変わって行きます。
The 1960s
SCENE 2 - Australian Bandstand television performance
LOVE CRAZY (Peter Allen, Adrienne Anderson) - Chris, Peter & Ensemble

 1960年代の最初の場面は、オーストラリアの人気テレビ歌番組でのパフォーマンスです。ティーンのアイドルとして売り出し中のアレン・ブラザーズは、アップテンポのナンバーで、歌い踊ります。このシーンはめちゃ楽しいですよ〜。セットや衣装の色も1960年代のカラーでまとめられ、また踊りも当然60年代のあの感じ。バック・ダンサーもたくさん登場し、大盛り上がりです。ピーターは、バック・ダンサーの中の一人の男の子が気になっている様子。これらの場面でも、興味の対象のベクトルは常に、クリスは女の子に、ピーターは男の子に向いているという描かれ方がしっかりされています(嬉)。
 クリスは比較的おとなしめなパフォーマンスを披露しているのですが、ピーターは「やっぱり、アタシが主役!」と言わんばかりに、カメラににじり寄る姿が見られ、観客の爆笑を誘っていました。ピーター役のヒューたら…。ここは彼の見せ場の一つですね〜。
 
 またここで、アレン・ブラザーズが60年代に実際に発表した曲を使わずに、ピーターが1970年代半ばに書いたLOVE CRAZYを60年代風にアレンジして使っているアイデアも新鮮で、なかなかのものだと思いました。

 続いて、香港のヒルトン・ホテルでの契約がとれたことが告げられ場面が換わります。

 この辺まで、舞台は猛スピードで進むという感じでした。すごいハイ・テンポですが、その後ちょっとゆったりしてきます。
SCENE 3 - Hong Kong Hilton Hotel
WALTZING MATILDA (Paterson, Cowan) - Peter & Chris
ALL I WANTED WAS THE DREAM (Peter Allen) - Judy


(背景解説:1964年5月、ジュディ・ガーランドはオーストラリア公演を行ないました。シドニー公演はなんとか切り抜けたものの、メルボルンでの公演ではドラッグの影響でろくに歌えず観客からブーイングの嵐となり、逃げるようにその地を後にし、香港へと旅立ちました。そして、ジュディは香港でも自殺を企て入院することになります。この旅にジュディに同行していて、後にジュディの4番目の夫となる俳優マーク・ヘロンは、彼女が入院している間に香港ヒルトン・ホテルで見たアレン・ブラザーズのショーをいたく気に入り、ジュディが回復した後、彼女に見るように薦めたのでした。)

 アレン・ブラザーズが、'オーストラリアといえばこの曲'といわれるWALTZING MATILDAを、(香港という土地柄からか)変な中国語なまり?で歌っているクラブに、ジュディ(ISABEL KEATING)とマーク(JOHN HILL)が入ってきます。ジュディはオーストラリアでの失態のことがあり、その曲を聞いてオーストラリアに対してさんざん悪態をつきます。それで、ジュディが居ることに気づいたクラブの客とピーターはジュディに何か1曲歌ってくれるように乞います。「なんで私がこんな人たちの為に歌わなきゃならないのよ!」と最初まったく取り合わないジュディですが、ピーターにうまく丸め込まれ、結局歌う事に。「ALL I WANTED WAS THE DREAMは弾けるかしら?」「もちろん!」ということで歌が始まります。
 ここではジュディ・ガーランド役のISABEL KEATINGがものすごいです。ジュディが生き返った?って思うほど彼女にソックリなんです。話し方も歌も身のこなしもそのまんま。ALL I WANTED WAS THE DREAMは1980年代にピーターが書いた曲なので、もちろんジュディは歌ったことはないのですが、ジュディが歌ってたら本当にこんな風だったろうと思わせる最高の歌唱で場面をさらいます。歌が終わったあとの観客の拍手もすごかったです。ジュディ役はこの人以外は考えられないと思ってしまった程、ハマってました。ALL I WANTED WAS THE DREAMは、とてもシンプルですがすごく心に響く曲ですね。

 ただ、変な中国語なまりのWALTZING MATILDAっていうのは、中国系の人々にとっては、笑えないジョークでしょう。観客のウケ狙ってるのはわかるけれど…。
SCENE 4 - A small Chinese bar/Street in Hong Kong/New York City
ONLY AN OLDER WOMAN (Peter Allen) - Judy, Peter, Chris & Mark

 マークだけでなく、ジュディもアレン・ブラザーズを大変気に入り、クラブが閉まったあと4人で香港の街へ繰り出します。バーで飲み疲れてマークとクリスはぐったり気味なのですが、ジュディはアレン・ブラザーズを自分の前座として雇いたい旨をピーターに伝えます。マネージメントは私に任せてってカンジで。芸能界の荒波を渡っていくには、経験豊富な指南役が必要…ということで歌われるのがONLY AN OLDER WOMANです。ここではマークや、クリスも加わって踊る楽しい場面に仕上がってます。マーク役のJOHN HILLもすっごい男前で、見てて気持ちいいですね。後でPLAYBILLを読んでて気づいたのですが、ヒュー・ジャックマンが万が一休演する場合、ピーターを演じるのはこの俳優だとか。彼のピーターもちょっと見たい気が…(ヒューのファンの方ご免なさい)。

 実際のマークは、脇役俳優で、彼自身もゲイでした。マークとピーターは'出来てた説'もあるのですが、ホントのとこどうだったんでしょうね〜(今となっては藪の中…)。

 このミュージカルの中では、ジュディとピーターが、お互いのパートナー、マークとクリスのことを指して、「あなたの偽のダンナ」「あなたの偽の兄弟」と言い合ってお互いをからかう場面もあります(笑)。

 さて、背景は香港の夜景から、ニューヨークの夜景へと切り替わり、いよいよアレン・ブラザーズはアメリカに上陸します。

ARTHUR'S THEME(BEST THAT YOU CAN DO) (Peter Allen, Carole Bayer Sager, Burt Bacharach, Christopher Cross) - Peter & Liza

 ニューヨークでジュディに紹介され、ジュディの娘ライザ・ミネリ(STEPHANIE J. BLOCK)とピーターは初めて顔を合わせます(実際はロンドンなんだけどぉ…)。会った途端に一目ぼれの2人(ってホントかよ?)。でも、ライザとピーターはすごく愛し合っていたんだな〜ってのは、僕も思いますね。たとえピーターの欲望の対象は常に男性だったとしてもね。ライザとピーターが出会った1964年なんて、ゲイ・リブなんてまったくない時代ですし、'ゲイ'という前向きな概念も生き方もなかった頃ですもんね。この場面でのライザは、まったく垢抜けないファッションに身を包んでるんですが、もうちょっとおしゃれな衣装でも良かったのでは?って思いました。なんせヴィンセント・ミネリの娘なのよ!もうちょっと考えてあげて…みたいな。でもその後、どんどん大スターとなって輝きだすライザとの対比で、こんなダサダサ(死語)になったんでしょうかね。

 ここで使われたのは'一生に一度、あなたの心をまったく変えてしまう人に出会う…'って出だしで歌われるARTHUR'S THEME(BEST THAT YOU CAN DO)です。この曲は実際、ライザが出演した映画の主題歌であることを考えると、ちょっと興味を引く選曲ですが、意外とさらっと流した感じで歌われます。背景はやっぱり月夜のニューヨーク。このシーンを見て、ライザも別の男性と出会っていれば、今の様にはならなかったかも?って思ったのは僕だけでしょうか?最初でつまずいたのね、ゲイの男なんか愛してしまって…。でもライザの最新の夫DAVID GEST(2003年9月現在早くも別居中)もゲイだし、よっぽどゲイの男が好きなのか(謎)とも思いました。
SCENE 5 - Peter and Liza's apartment
DON'T WISH TOO HARD (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Judy

 マンハッタンのアパートで同棲し始めた、ライザとピーター。この頃の2人は'F・スコット・フィツジェラルドとその妻ゼルダ'に例えられたほど、毎晩(文字通り、毎晩!)、朝まで遊び回る生活を送っていたそうです。当時の様子を歌にしたのが、CONTINENTAL AMERICANという曲。その頃ピーター達が常連だったクラブにArthurというのがあって、そこのマネージャーがジュディの5番目の夫となるMickey Deansでした(これって、余談すぎ)。
 ジュディは、娘ライザとピーターの幸せを願いつつも、常に自分が話題の中心でなければ許せない大女優。ライザと一緒に歌った時も、娘に「アタシより最後のフレーズを1音、長く歌ったわね。どういうつもりよ!」というように、娘に対してさえライバル意識を剥き出しにする、ある意味、純粋な人。自分が見つけてきたピーターと娘ライザが、幸せそうに'2人だけの世界'を作っているのが、どうもお気に召さない様子。ライザとピーターに結婚を勧めながらも、気持ちはアンビバレント。そこで歌われるのが、DON'T WISH TOO HARD。
 '欲しい欲しいと強く願って、その願いがかなって実際に欲しいものが手に入った途端、全然、本当は自分が欲しかったものではなかったと気づくのよ…'って歌詞が、皮肉に歌われます。'結婚生活なんてそんな甘いもんじゃないんだわさ'っていう気持ちと、ジュディ自身は気づいていたであろう、ピーターのゲイという性的指向がこの歌でほのめかされているようです。

COME SAVE ME (Peter Allen) - Liza & Peter

 それでも、恋は盲目?(笑)。ピーターにはグリーン・カード獲得という打算があったのかもしれません(笑)が、恋する2人はジュディよりも自分達の生活を最優先する道を選びます。「私の為に、ママに楯突いてくれた人間はあなたが初めてよ」と言って、感激したライザは、COME SAVE MEを歌います。
 この曲は、ピーターの大失敗したミュージカル「LEGS DIAMOND」の為に書かれたものなのですが、実際にはそのミュージカルの最終完成作品では使われることなくカットされてしまっていました。「LEGS DIAMOND」は脚本の変更に次ぐ変更で、その過程でピーターがそのミュージカルの為に書いた最良の曲たちもどんどんカットせざるをえなくなったと言われています。そういった曲の中の一曲であるこの歌が、ここで復活して使われたことは本当に感動ですね。実際この曲は名曲だと思います。
SCENE 6 - Peter and Liza's apartment, months later
 ピーターとライザ、情熱に身を任せ結婚したのはいいけれども…。数ヵ月後、2人のアパートメントでは次のような会話が交わされます。「私が帰宅したら、あなたは男を連れ込んでいたわね…。見てしまったの…。」「ライザ、誤解だよ。ちょっとした好奇心さ。2度としないよ。あの時は、酔っていて…」(チャンチャン)。
SCENE 7 - Liza's act
SHE LOVES TO HEAR THE MUSIC (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Liza & Ensemble

 アレン・ブラザーズのキャリアは鳴かず飛ばずである一方、ライザひとりは、どんどん売れっ子となり大スターへの道を一気に駆け登ります。ここでは、ライザがSHE LOVES TO HEAR THE MUSICをI LOVE TO HEAR THE MUSICという風に歌詞を変更して歌い、バック・ダンサーと共に華麗に踊ります。ライザといえばやっぱり、ボブ・フォッシー(BOB FOSSE)でしょ?ダンスの振り付けももちろんフォッシー風。これまで比較的地味で目立たなかったライザ役ですが、ここへ来てなかなか魅せてくれます。後ろのセットには赤いネオンでLIZAの大きな文字が現れます。

 ライザ役って、思うに一番プレッシャーじゃないですか?ピーターやジュディはもう亡くなってますけど、ライザはまだご存命中で、現役(一応…)で活躍中なんですもん。本人が見に来る可能性もありますし…。すごくやりにくいでしょうね…と思ってしまいました。

 このシーンだったかな。僕が見た日は、バック・ダンサーのひとりが、あわて過ぎて忘れたのか、それとも壊れていたのか、背中のファスナーを上げてなくて、踊りながら衣装が脱げてきてましたね。ちょっとそれは…。

 ライザのアクトが終わったところで、ピーターが登場します。「話があるんだ。2人だけになれるかな?」「この人たち(ライザの取り巻き)は、家族みたいなものよ。話ならここで聞くわ」「実は…、お母さんが…亡くなったんだ…」「しばらくひとりにしてちょうだい…」。
SCENE 8 - Peter in Concert
QUIET PLEASE, THERE'S A LADY ON STAGE (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Peter & Judy

 このジュディの死に関する場面では、ピーターからジュディに捧げられた曲QUIET PLEASE, THERE'S A LADY ON STAGEが、まずピーター自身によって歌われ、途中からジュディの亡霊が現れ、歌の最後の部分を歌います。歌詞を読んでもらいたいのですが、ほんとにこの場面にぴったりで、涙を誘うシーンとなっています。歌のラストの繰り返し部分がどんどん大きくなり、ピーター自身の口から、グリニッチ・ヴィレッジで起こった、ゲイ・バー「ストーンウォール・イン」への警察の不当な手入れに対するゲイからの反撃、いわゆる'ストーンウォールの叛乱(THE STONEWALL RIOTS)'について短く述べられます。なんとなく、オーストラリア版の方のニュースが流れる演出のほうが(CDで聞いているだけですが)、インパクトが強かった気がしました。

 また、ジュディ役の素晴らしい女優さんがこの後、もう出なくなると思うと、さびしいかったですね。
The 1970s
SCENE 9 - Peter and Liza's apartment
I'D RATHER LEAVE WHILE I'M IN LOVE (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Liza & Peter

 再び、場面はライザとピーターのアパートメントになりますが、ライザが大スターとなった今、部屋にはアンディ・ウォーホル(ANDY WARHOL)の描いたライザの有名な絵が四枚飾られ、ライザが身にまとっている紫の服も、彼女の衣装をすべて手がけていたデザイナーでライザの親友(もちろんゲイ)、ホルストン(HALSTON 彼ものちにエイズで死亡)風になっていて、当時を知る者(って年令高げな初日の観客のほとんどじゃん!)を楽しませてくれました。

 「ピーター、私、出ていくわ。あなたといると、私、男になったような気がするの…」というセリフで観客の笑いを誘いつつも、'愛しているうちに去っていきたい、まだあなたの言葉が信じられるうちに…'と、最初にライザ、そしてピーターが歌い、しっとりかつ最後はかなり歌い上げて、2人の別れの場面で第一幕が幕となりました。大拍手で、15分間の休憩に。でも第2幕が待ちきれません。
(SCENE 10 - The New York nightclubs)
CONTINENTAL AMERICAN (Peter Allen, Carole Bayer Sager) Peter & Ensemble

 この場面は、PLAYBILLには記載されていたのですが、カットされたようです。どういった場面だったのか、興味ありますね。もしかして、ライザと別れたピーターが、クラブではじけまくり、誰彼となく関係を持つシーンでしょうか?時代は性解放の70年代ですし、歌詞は'パートナーなんて簡単に見つかったさ'ですからね…。復活することもあるのかな?
(SCENE 11 - Marion's home)
NOT THE BOY NEXT DOOR (Peter Allen, Dean Pitchford) - Peter & Marion

 この場面は、当日PLAYBILLに挟んで配られた変更の通知コピーにも記載されていたので、あるはずのシーンなのですが、やっぱりカットされてました。ピーターのお母さんの家へ戻ってという場面ですし、歌の内容から、もう過去の自分とはきっぱり決別して、ありのままの自分として生きていくさという(ある種、カムアウト的)内容なので、ぜひとも見てみたいです。NOT THE BOY NEXT DOORは、プレビューの初日の朝に放映された、米ABCテレビの「GOOD MORNING AMERICA」でヒュー・ジャックマンが歌った曲でもあるんですが…。どういうこと?

ACT II
The 1970s - continued
SCENE 1 - Reno Sweeney
BI-COASTAL (Peter Allen, David Foster, Tom Keane) - Peter & Trio

 第2幕のオープニングは、NYダウンタウンのクラブReno Sweeneyでのライブ場面でスタートします。ライザと別れ、クリスとのコンビも解消したピーターは、シンガー・ソングライターとして、また派手なパフォーマンスのキャバレー・エンターテイナーとして、徐々に注目されるようになります。バンドとコーラス・ガールを後ろに従え、イスの上でエビぞったり、ピアノの上に飛び乗ったりのピーターのトレードマークとなったアクションでお客を楽しませます。
 実際のピーターの動きはなかり'クイア'(笑)なんですけど、ヒューはそうとうビデオ映像などを見て研究したのか、すばらしく特徴を捉えてましたね。肩の動きや、顔の表情までドキッとするほどピーターなりきった瞬間までありました。もちろん、ヒューはピーターより数倍、顔もスタイルもよく、相当美化されたピーター像ではありますが、「X-MEN」のウルヴァリンを演じているヒューが、ここまでこなせるとは、本当に巾のあるいい役者だと思いました。ダイエットもかなりしたことでしょうし。彼がピーターを演じてくれたことにものすごく感謝した場面でもありました。

 また、ここで歌われるBI-COASTALの歌詞の、セクシュアルな裏の意味も考えてこの場面を見るとより興味深いと思います。ピーターはライザとの別離以降、どんどん自分の性的指向に関して、思わせぶりともかなり大胆とも思える歌を書き、また発言もしますが、それも思うにライザのダンナたったという異性愛者としての'実績'?があったから出来たことでしょうね。実際はどうであれ、大多数の一般人はこういった'事実'に安心するものなんですよね。いずれにしても、この歌のユーモアのセンスは最高です。
SCENE 2 - Peter's apartment
IF YOU WERE WONDERING (Peter Allen) - Peter & Greg

 場面は、ピーターのアパートメントに移ります。舞台の向かって左手の壁に、ピーターのアルバム・ジャケット写真や様々な雑誌等からの記事を貼り付けたボードがインテリアとして飾られています。
 そこに、グレッグ(JARROD EMICK)が、服を着ながら登場します。どうやら一夜の情事の翌朝、ピーターの部屋から立ち去ろうとしている場面のようです。ピーターも登場し、ただの遊びと割り切って帰ろうとするグレッグに、「ここに越してこないか?」と誘います。「広告のモデルなんかしてないで、僕の仕事を手伝ってくれないか?」。最初は驚くグレッグですが、ピーターが真剣な関係を求めていることに気づき、「君の最悪の服の趣味なら、僕にも改善してあげられそうだ…」と申し出を受け入れます。
 ここで、2人のデュエットでIF YOU WERE WONDERINGが歌われます。この曲もオーストラリア版には使われていなかったものですが、この場面にはまりすぎるくらいぴったりの選曲ですね(歌詞、要チェック!)。やっぱり「ベント」のマーティン・シャーマンが脚本を担当しているからでしょうか、こういった'よく分かっていらっしゃる!'的追加は素晴らしいですね。

 そうそう、ここで、ピーターとグレッグのキス・シーンが見られますぅ(これを書き忘れてどうする!)。

 場面の最後に、ピーターと母マリオンの短い会話があります。「ママ、出会いがあったんだ…」「まあ、それは素敵じゃない!で、その人、なんていう名前なの?」「グレッグっていうんだ」「(しばし絶句…)そう…、それも素敵だわね」。このシーンの最後のマリオンのセリフが泣かせますね〜。すべてを受け入れ、それをポジティヴな思考に転換する…、これがオーストラリア人気質なのかもって思いました。短い出番ながら、マリオンのキャラってすごく魅力的です。
SCENE 3 - Dee's office/The Copacabana Club
SURE THING BABY (Peter Allen) - Dee, Greg, Peter, Trio & male Ensemble

 ピーターのマネージメントは、凄腕のディー・アンソニー(ピーターの父ディック役のMICHAEL MULHERENの二役)が担当することになります。ディーはピーターを売り込むものの相手に「ピーター・アレン?オカマっぽくて、ちょっとね…」などと言われ断られたりもしますが、押しの強いディーは「なにをぬかす!誰がカマっぽいねん!失礼な!ピーターは、正真正銘のオカマんだよ!おぼえとけ!」ってやりかえしたりします。

 舞台には、グレッグが彼の選んだ新しい衣装、その後ピーターのトレードマークとなった、アロハ・シャツを持って登場。グレッグの手を借りながら、ピーターは舞台上で上半身裸になり、そのシャツに着替えます(観客から黄色い声が飛びまくりぃ)。ズボンも履き替えるのですが、まずズボンを脱ぐと下は白いトランクス。それはないでしょ?ピーターはやっぱビキニ派(それともTバックか?)だったと思いますが(勝手な想像)。ヒューさん、もーちょっとサービスお願い!なシーンでした。
 そのアロハ・シャツの着方で、グレッグとディーは意見が対立します。シャツの裾をズボンの中に入れて、ピーターのおしりを強調したいグレッグと、シャツの裾はやっぱり出して、'普通っぽく'見せたいディー。何度か裾を出し入れしますが、その後ピーターは後ろの方に引っ込んで、背中をこちらに向けて、何かもぞもぞひとり静かにやっていると思ったら、今度こちらに向いた時には、シャツの裾はおヘソの上で結ばれ、「これが僕のスタイルさ」とばかり大満足の表情で次のナンバーへ。

 場面は、NYの超有名高級クラブCopacabana。クラブに入りきれないぐらい大勢の観客の前で、ピーターはSURE THING BABYを歌います。

 このSURE THING BABYは、オーストラリア版ではライザによって歌われ、彼女がスターダムを駆け登る場面に使われたようですが、ここではピーター自身によって歌われ'僕の時代が始まったんだ〜!'という歌詞と共に、ピーターのキャリアが全速力で登り調子であることが示されます。この場面は、コマつきのピアノが登場し、その上にピーターが乗っていて、周りのダンサー達がそのピアノを舞台狭しと移動させます。またこのナンバーSURE THING BABYには、ところどころBI-COASTALのメロディが挿入されていて、いっそうスピード感が加味されています。SURE THING BABYは、もともとミュージカル「LEGS DIAMOND」の曲だけあって、ミュージカル的盛り上げのあるナンバーとなっていますね。ハイライトの一曲といえるでしょう。個人的にはこの作品の中で、現在最も気に入っている曲でもあります。
The 1980s
SCENE 4 - Radio City Music Hall, January 15, 1981
EVERYTHING OLD IS NEW AGAIN (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Peter & The Rockettes

 時代はいよいよ1980年代、マネージャーのディーは、ピーターのRadio City Music Hallのコンサートを企画します。「こんな大きなホール、僕がお客を一杯に出来るとでも思ってるの?」という弱気なピーターに、ディーは「何いってるんだよ。もう4公演分のチケットは完売してるんだぜ」と答えます。

 ピーターは白のシルク・ハットとタキシードでステッキを持って登場し、観客に背中を向け、ステッキで空に大きく半円を描くようにして、バックのアーチ型電光を幾重にも点灯していくカッコいい演出です。これは実際のピーターのRadio City Music Hallでのコンサートでの演出を彷彿させるものです。その後「皆さん、小さい頃Radio City Music Hallに来て、ああ、あそこでRockettes(有名なライン・ダンサーズ)と一緒に踊れたらどんなに素敵かしらと思ったことあるでしょ?」というゲイっぽいジョークで笑わせながら、EVERYTHING OLD IS NEW AGAINを歌い、Rockettesと共にライン・ダンスを披露します。ピーターは、彼女たちと共にライン・ダンスを踊った史上初の男性となりました。
 実際のRockettesはもっと大人数で登場なのですが、ここでは鏡を多用することにより、数が少ないのをカバーして大勢に見えるよう工夫されています。このRadio City Music Hallでの公演の大成功は、ピーターのキャリアのピークの時点です。「フランク・シナトラも僕の曲を採り上げてくれたし、オスカーも受賞して、アカデミー授賞式にももうレギュラー出演だもんね。実際は2度出ただけだけど(笑)」というセリフも…(この辺のセリフは、舞台進行上、実際に起こった出来事と多少時間的ズレがあります)。

 このシーンでは、シルク・ハットを途中で脱いで、舞台の袖に投げ入れる演出なのですが、帽子がうまく袖に届かず、ヒューは後で拾って、ジョークにしてうまく切り抜けていました。こうしたアドリブを上手にこなせる役者だと、見てるほうも安心して舞台に集中できますね。
SCENE 5 - Peter's dressing room - Radio City
EVERYTHING OLD IS NEW AGAIN : Reprise (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Marion, Dee & Greg

 Radio City Music Hallのコンサートは大成功。コンサート後、会場の控え室では母マリオンがお祝いに駆けつけます。ここで、マリオンから何か嬉しいニュースがピーターに伝えられたようなんですが、僕はちょっと内容が聞き取れませんでした(泣)。勝手に想像するに、ピーターの妹の結婚かお母さんの再婚ですかね〜(まったく違うかも…)。どなたかこのシーン解った人、教えて下さい(汗)。グレッグやディーも加わり'成功おめでとう'のシーンであることは確かですね。EVERYTHING OLD IS NEW AGAINがもう一度歌われます。で、マネージャーのディー役の俳優もとても光ってます。(* 追記:このシーンは‘お母さんに恋人が出来たことを報告する’シーンであることが判明しました。情報を下さった、あすかさん、フレンチフライさん、りんりんさん、ありがとうございました。)
SCENE 6 - Peter's apartment
LOVE DON'T NEED A REASON (Peter Allen, Michael Callen, Marsha Malamet) - Peter & Greg

 時代は80年代半ば、ピーターのキャリアがピークを迎えたのもつかの間、今度は彼の人生に暗い影が忍び寄ります。場所は、ピーターのアパートメント。グレッグは身体の調子が悪く、ピーターから風邪が長引いてるねというふうに言われるのですが「ピーター、風邪じゃないんだ。聞いたことあるだろう。エイズなんだ」と告白します。グレッグはピーターの元から去る決心をしているようなのですが、ピーターは、LOVE DON'T NEED A REASONを歌い、二人はどんなことがあってもずっと一緒だよという気持ちをグレッグに告げるのでした。
The 1990s
SCENE 7 - Peter's apartment
I HONESTLY LOVE YOU (Peter Allen, Jeff Barry) - Greg

 グレッグはエイズで亡くなりましたが、グレッグの亡霊がピーターのアパートメントに現れ、ピーターへの気持ちを歌います。一般の観客はこのI HONESTLY LOVE YOUもピーターの作だと知って、驚くのではないでしょうか。歌詞が切なすぎますね。

 ピーターは80年代の終わりにミュージカル「LEGS DIAMOND」を企画しますが、マネージャーのディーはこれに大反対。「ギャングで殺し屋、女たらしのレッグス・ダイアモンドは、ピーター、あんたとはまったく正反対の人物じゃないか!」「ディー、それを演じるのが演技というもんだろ?」「よく言うよ!ニール・ダイアモンドでさえもないくせに…」というやり取りが笑わせます。この対立で、ピーターとディーは、11年間に及ぶ関係を清算することになりました。「LEGS DIAMOND」はブロードウェイでオープンしましたが、大不評ですぐにクローズすることに。
 「ダスティン・ホフマンがなぐさめてくれたよ。'ピーター、誰にでも人生に一度は『イシュタール』(ホフマン、ウォーレン・ビーティ、イザベル・アジャーニが主演し、大コケした1987年の大作映画)があるもんなんだよ'」っていうセリフが笑いと共に哀愁を誘います。

YOU AND ME (WE WANTED IT ALL) (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Liza & Peter

 その後、さびしいピーターの部屋に、久しぶりにライザが訪ねてきます。ピーターと抱き合ったライザは、彼が激ヤセしているのに気づきます。ピーターは「ダイエットしているのさ」と誤魔化しますが、ライザはピーターもエイズに侵されていることを悟るのでした。
 このシーンで2人で歌われるのがYOU AND ME (WE WANTED IT ALL)です。駆け出しの頃に愛し合い、その後別れてしまった二人ですが、それぞれが自分のキャリアを追及し、お互いが独立した名声を確立した今、それと引き換えに私達が失ったものは…と歌われます。このミュージカルの中で、特に感嘆したのが、この歌をこの場面に使ったことですね。まさにピッタリ。ピーターがこの曲を作ったのは70年代の終わり頃ですので、実際、そこから10年もさかのぼるライザとの別れについて書いたものだとは考え難いのですが、このハマリ具合はいったい何なのでしょうね。このシーンは見終わったあと何度もよみがえってきて、じーんと思い出すことが最も多かった場面です(泣)。
SCENE 8 - Marion's home/The Australian Concert/Peter in Concert
I STILL CALL AUSTRALIA HOME (Peter Allen) - Peter & Ensemble

 さて、舞台はそろそろ大詰めです。ピーターは故郷オーストラリアへ帰り、母マリオンの家に滞在しています。そこで静かにI STILL CALL AUSTRALIA HOMEを歌い始めます。途中でセットが、ピーターのオーストラリアでのコンサートの場面へと替わり、コーラス隊を従えてI STILL CALL AUSTRALIA HOMEを壮大に歌い上げます。そして歌の終わりに、背景には大きなオーストラリア国旗が広げられます。
 ここで、場所がオーストラリアならこの歌も大合唱になるのでしょうが、この曲はオーストラリア以外ではリリースされたこともありませんし、アメリカの観客にとっては、「あっそう」って場面になってしまってるんでしょうね。でもやっぱりこのI STILL CALL AUSTRALIA HOMEは名曲だと思いますよ。AUSTRALIAを自分の国名におきかえたら、世界中を飛び回っている人なら誰でも共感できるすばらしい歌詞ですね。外国から故郷に戻るオーストラリア人が、カンタス航空に乗りながらこの曲が流れてきたら、ホント涙、涙のことでしょう。

DON'T CRY OUT LOUD (Peter Allen, Carole Bayer Sager) - Marion

 舞台奥では、ピアノの前にひとりぽつんと座ったピーターがいます。その前でピーターが回顧している情景が繰り広げられます。それは、この作品の冒頭部分にも登場した、ピーターが人々を楽しませることで自分で稼いだお金を、飲んだくれの父親ディックが巻き上げようとする場面です。最初はお金を渡そうとしないピーター少年ですが、父親が母に暴力を振るうに到って、父に殴りかかり「このお金でどこへでも行って飲んでくればいいだろ」と父にお金を渡します。父はお金を持って舞台から消えますが、そのあと舞台右手側に、父親の大きな黒いシルエットが浮かび上がり、そのシルエットは自らの頭に拳銃を向け、引き金を引いたのでした。ピアノのそばで、頭を押さえ泣き出しそうな大人のピーター。
 この後、母親マリオンがピーター少年を抱きしめながらDON'T CRY OUT LOUDを歌います。この歌の歌詞をじっくり読んでいただきたいのですが、ここではいくつもの意味を込めて歌われているように思えるのです。一つは父親の死…、'悲しいけれども悲しみは心の奥に秘めておくのよ'、それから'ブロードウェイで大失敗したけれども、ピーターあなたはいいところまでいったじゃない、もう少しだったわよね'、そして、もうひとつは'ピーター自身のエイズによる死の暗示'でしょうか。この場面は本当に涙なくしては見れない場面でした。

TENTERFIELD SADDLER (Peter Allen) - Peter

 少年ピーターと大人のピーターが舞台の上で言葉を交わし、2人で決めのポーズを決めたあと、ピーターの祖父、父、ピーター自身の3代のことを故郷のテンターフィールドに綴ったTENTERFIELD SADDLERが歌われます。ここで観客は、これまで共に旅してきたピーター・アレンの一生に、もう一度思いをはせることになります。そしてその後、華々しいフィナーレへと突入します。

I GO TO RIO (Peter Allen, Adrienne Anderson) - Peter & Company

 最後は本当に楽しい場面で、物語は幕を閉じます。ピーターはトレードマークのマラカスを持ち、舞台とピアノの上で大暴れ。バック・ダンサーたちもいわゆる'ラテン・ノリ'。リオのカーニバルの光景(それともドラァグ・クイーン?)を思わせる巨大な丸い飾りのついた女性ダンサーも2人登場し、盛り上がりは一気に最高潮に!ヒューさんたら、大サービスでおしり振りまくりでした〜。ラストはピアノの上でハイ!ポーズ。

 その後、一度幕が閉まって、セットも、ピアノの鍵盤がデザインされた曲線の長い階段に替わります。白い衣装をつけた出演者が順番にそこに並び、それから徐々に降りてきました。出演者は誰も素晴らしいのですが、特に拍手が大きかったのは、ピーター少年、ジュディ、そしてもちろんピーター役のヒュー・ジャックマンでしょうか。当然会場全体で、スタンディング・オヴェーションでした(NY在住の友人によれば、アメリカじゃ、なんでもかんでもすぐ立って拍手したがるそうですけど…)。ヒューは階段の途中でちょっとつまずいて、一瞬ヒヤッとさせましたが、転ばなかったのはよかったです。初日のステージが終わって、ちょっとホットしていたのでしょうね。あっという間の約2時間15分でした。

※ なお、文中のセリフは、僕が聞き取ったものを、かなり思い込み(過度?)で意訳している可能性があります。実際に舞台で話されているものと違っているかもしれません(無責任…)ので、参考程度にとどめておいてくださいね。

(2004年1月18日追記:プレビューから本公演に進むにつれ、場面、演出、曲目等、変更になったところがあります。本公演の詳細はぜひりんりんさんのページをご覧下さい。)



その他の感想、および情報
 作品全体として、すごく楽しめましたね。また、オーストラリア版のオリジナル・キャスト盤を聞いて感じたものより、さらに練り上げられている気がしました。ただ、PLAYBILLに記載されているのに、カットされてしまった曲はどんな感じなのかがやっぱり気になりますが…。僕のようなピーター・ファンは一曲でも多くピーターの曲が聴きたいと思うのですが、ショー全体のバランスからすれば、やっぱりカットせざるを得ない曲も出てくるのでしょう。観客はピーターのことをほとんど知らない人が大半でしょうから、中だるみしてもね。こういった一般の観客にとっては、つぎつぎ時代とエピソードが流れていく作品なので、ひとつひとつの出来事をじっくり描いているところがなく、ちょっと物足りないかもしれません。でも、ピーターの48年間の生涯を約2時間でコンパクトにまとめたと考えると、とてもいい出来だと思います。

 今回の主役ヒュー・ジャックマンですが、彼以上のキャスティングは無いのではないかと思います。もちろん、オーストラリア版のトッド・マッケニー(TODD McKENNEY)もきっと素晴らしかっただろうとは思うのですが、実利的なアメリカ人が、彼が主役のミュージカルに投資するとはとても思えません。ヒューのように映画で世界的に名前が知られていないとやっぱり無理でしょうね。今回、ヒューの世界中ファンに、ピーターの曲を聞いてもらえるのは大きな喜びですし、また映画出演を蹴って?までもこのミュージカルに出てくれたヒューに感謝です。「ピーターは彼のキャリアの中で、たとえ絶頂期でも'守り'に入らなかった。彼はいつもリスクを取っていたんだ」ってヒューはコメントしたそうですが(
りんりんさんのヒュー・ページで知りました。感謝!)、そのピーターの精神を彼も受け継いでいるように思えてとても嬉しいですね。だだ、この「THE BOY FROM OZ」があまりにもヒューの魅力に頼りすぎた作品になってしまって、彼が役を降りた途端クローズってことになったらやっぱり悲しいですが…。それと主役はやっぱりオーストラリア人に演じてもらったほうが、よりよい気がします。

 僕が行ったプレビュー初日(2003年9月16日)には、ライザ・ミネリは来ていませんでしたが、ピーターの1970年代の共作者で作詞家のキャロル・ベイヤー・セイガー(CAROLE BAYER SAGER)の姿はありました。劇場の通路で、知り合いらしき人と抱き合っている姿が見えて、キャロルだと気づきました。終演後、1メートルの近さまで寄って確かめましたが、やっぱりキャロルでした。今考えると「あなたの3枚のアルバムはどれも日本では人気ですよ」ぐらい言って話しかければよかったと、ちょっと後悔。彼女がピーターについて語ったインタビューはこちらで読めます。すごく興味深い内容ですよ。ヒューについてもコメントしています。

 NY滞在中の、9月15日(月)と9月16日(火)の2日間、米ABCテレビのニュース番組「GOOD MORNING AMERICA」に「THE BOY FROM OZ」のプロモーションの為、ヒュー・ジャックマンが出演しました。
 9月15日は8:15から約8分間の出演で、DIANE SAWYERのインタビューを受け「THE BOY FROM OZ」について語りました。Radio City Music Hallのライブからのラクダに乗ったピーター・アレンの映像も流れました。
 9月16日は8:46頃から約6分間の出演で、クリストファー・クロスのARTHUR'S THEME(BEST THAT YOU CAN DO)、メリサ・マンチェスターのDON'T CRY OUT LOUD、オリビア・ニュートン・ジョンのI HONESTLY LOVE YOU、ジュディ・ガーランドとアレン・ブラザーズのI WISH YOU LOVE、ピーターのI GO TO RIOの映像が少しずつ流れ、ピーターのキャリアがざっと紹介された後、ヒュー・ジャックマンがスタジオ・ライブでNOT THE BOY NEXT DOORを歌い、ピーターそっくりの派手なパフォーマンスを披露しました。歌い終わったあと、ホストのDIANE SAWYERをピアノの上に招き上げるシーンもありました。

 また、タイムズ・スクエアのヴァージン・メガ・ストア地下2階の推薦コーナーでは、ピーターの「CAPTURED LIVE AT CARNEGIE HALL」「THE BEST OF PETER ALLEN 20TH CENTURY MASTERS THE MILLENNIUM COLLECTION」のCDがたくさん目立つように並べられていました。さすがですね。この機会にピーターの全アルバムを、ボーナス・トラックの特典付きでCD化して欲しいものです。

 右写真はプレビュー初日当時、アメリカで発売になっていた、ヒュー・ジャックマンをカバー・ストーリーとしたTHE ADVOCATE誌(2003年9月16日/898号)です。ヒューの記事は6ページで、ヒュー自身の写真やインタビューの他に、ピーターとライザ、ピーターとライザとジュディの並んだ写真も掲載されています。


(2003年9月25日)