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木村言語研究所報告
【気楽な調査エッセー】


お香々考

副所長


目  次
◆なぜ私はこんなことを調べる羽目になったのか
◆辞書や事典を引きまくる
◆「漬け物」と「香の物」の関係
◆「香の物」のもうひとつの意味
◆「おしんこ」
◆いちおう「たくあん」も定義してみた
◆辞典の記述する「おこうこ」とはなにか
◆勢いで方言辞典にもあたってみよう
◆WEBサイトではどうか
◆いろいろな人たちに話を聞いた
◆若干の考察を試みる
◆「おしんこ」にも地域差があった
◆最後に







なぜ私はこんなことを調べる羽目になったのか

   「おこうこ」ということばを私は使わない。だが、意味は知っているつもりでいた。

            漬け物=おしんこ=香の物=おこうこ

   私の頭の中にはこう記されている。すなわち、「漬け物の総称」である。もう少し詳しく私独自の語感を述べれば、次のようになる。


   「漬け物」……子供のときから親しんでいる日常語。実生活では野沢菜漬け・茄子の味噌漬けなどの具体的な名称を使用することが多い。皿や鉢にたっぷり盛ったところから各自取り分けて食べる。
   「おしんこ」……外食メニューのひとつ。「玉子丼 味噌汁・お新香付つき」のように、比較的安い食事のおまけとして小皿で少量出てくる塩漬けや糠漬け。ひどくしょっぱい。または、生野菜に申しわけ程度の塩を振って冷蔵庫に1時間入れておいただけのような、塩気もうまみもほとんどない代物である。居酒屋ではややマシな品が出てくるものの、化学調味料の味が強い。東京に来てから頻繁に接するようになったことばだが、私は飲食店での注文時以外に使わない。
   「香の物」……これも外食用語。「おしんこ」より気取った表現。たとえば「○○御膳 2500円」とか、「○○コース 1万円」の中の一品。料理をよりおいしく味わうための口直しとして添えられるようだが、普通まずいので逆効果。小さく切ったり細かくきざんだりしたものをちょっぴり盛り付けた様がケチ臭く、しばしば着色がどぎつくて見栄えも良くない。料理・グルメ番組で出演者が上品ぶって使うことばでもある。日常会話では聞かないし、自分も使わない。
   「おこうこ」……昔の小説やドラマの中に出てくる東京または関東のことば。現在の日常会話はもちろん文章中にも使用されないので、古い表現と思われる。音の響きが「ブーブー」などの幼児語を連想させるので気恥ずかしい。私は使ったことがない。


   ところが。
   京都弁の「おこうこう」がたくあんを指すことを、つい最近知った。しかも現役のことばだという。情報提供者は東京在住だが、関西出身のご家族のことばが食卓で保たれているのだそうだ。
   その後、大阪3件、三重1件、富山1件、次々に「おこうこ(う)=たくあん」用法が報告された。和歌山では「こんこ」ということばがたくあんを意味するらしい。島根県出身者も、「自分は使わないがたくあんのことだと思う。田舎では『だいこんつけ』と言う」と教えてくれた。
   私(長野県出身・40代)は動揺した。たくあんも漬け物の一種だから「おこうこ」と呼ぶことに不思議はないが、「おこうこ」をたくあんに限定して使うとはいったい何事か。
   連れ合い(千葉県出身・40代)に確認してみた。「僕は使わないけど、おこうこは漬け物一般のことでしょ。古典落語にも出てくるよ」との答えに私は平静を取り戻したが、それにしても面妖な話だ。どうにも納得できないので調べてみることにした。




辞書や事典を引きまくる

   我が家は普通の家庭に比べると辞書の類いが多いほうだと思う。数えたら、国語辞典が6冊あった。これだけでは淋しいので、図書館で出版年代と収録語数の異なるものを適当に選び、やや特殊な辞典や百科事典と合わせて23種類を参照した。「つけもの」「こうのもの」「こうこう」「おこうこう」「こうこ」「おこうこ」「しんこう」「しんこ」「おしんこ」の各語を調べてにまとめた。該当する単語が立項されていなかった場合は空欄になっている。
   使用した文献の詳細は次の通り。1〜13は国語辞典、14〜17は古語辞典、18〜23は特殊な辞典と百科事典である。以後はここに付した番号(表と共通)で各辞典・事典に言及する。


     1. 『岩波国語辞典 第2版』岩波書店,1971
     2. 『新潮国語辞典 改訂』新潮社,1974
     3. 『新明解国語辞典 第4版』三省堂,1989
     4. 『学研国語大辞典』学習研究社,1978
     5. 『辞林 第5版』三省堂,1978
     6. 『国語大辞典 言泉』小学館,1986
     7. 『辞林21』三省堂, 1993
     8. 『広辞苑 第2版』岩波書店,1969
     9. 『講談社カラー版 日本語大辞典 第2版』講談社,1995
     10.『大辞泉』小学館,1995
     11.『大辞林 第2版』三省堂,1995
     12.『国語大辞典』小学館,1981
     13.『日本国語大辞典 第2版』小学館,2001
     14.『岩波古語辞典』岩波書店,1974
     15.『江戸語大辞典』講談社,1974
     16.『角川古語大辞典』角川書店,1982
     17.『女性語辞典』東京堂,1967
     18.『暮らしのことば語源辞典』講談社,1998
     19.『上方ことば語源辞典』東京堂出版,2001
     20.『角川類語新辞典』角川書店,1981
     21.『料理食材大事典』主婦の友社,1996
     22.『世界大百科事典』平凡社,1988
     23.『日本大百科全書』小学館,1987




「漬け物」と「香の物」の関係

   「漬け物」とは、多様な食材をさまざまな漬け床や調味液に漬け込んで作る食品をいう。本来は野菜に限定されず、松前漬け・辛子明太子・牛肉味噌漬け・アンズのシロップ漬けのような、海草・魚介・獣肉・果物を使ったものも含まれる。だが、狭義の「野菜を塩・味噌・糠・粕・醤油・調味液などに漬けた食品」の意味で使われることが圧倒的に多い。
   一方、「香の物」は野菜に限られる。イカの塩辛やカリンの蜂蜜漬けを「香の物」とは呼ばない。いくつか語源があげられている中で、「もともと香(=味噌)に漬け込んだ野菜を指すが、のちに漬け物全般を言うようになった」という説明が有力である。この場合の「漬け物全般」が狭義の漬け物を意味するのは明らかだ。
   私の経験から敢えて「漬け物」との違いを指摘すれば、たとえ食材が野菜であってもキムチ(本物は魚介を薬味に使うが)、ザーサイ、ピクルス、ザウアークラウトなどの外国の食品は「香の物」に含まれないという点だろう。同じことは「香の物」と関連のあることば「おしんこ」にも言える。
   拙稿では「漬け物」を狭義で使う。外国由来の食品については言及しない。国語辞典の「漬け物=香の物」という定義にあっさり従う。




「香の物」のもうひとつの意味

   多くの辞典が「漬け物=香の物」としている中で、6、12、13、16、17番の辞典の「こうのもの」の項にたくあんが見え隠れする。23番の百科事典でも大根の漬け物との関連が指摘されている。時代や地域によっては「香の物」をたくあんの意味で使用することがあるようだ。
   13は方言を含む古代から現代までのことば約50万項目を収めた、日本最大の国語辞典だ。語釈にあらゆる時代のさまざまな地域の用法が並び、語源の説明も詳しく、古語辞典に近い。表では省略したが、たくあんの意味での使用例は15世紀と17世紀の文献からの引用である。「香の物」がたくあんを指す方言のあることもわかる。
   13を凝縮して編集したのが、一巻物では最大の12だ。両者の記述は酷似している。12と13を基礎にして現代語を充実させた6はさらに小型になり、説明が簡略化されている。そのためたくあんが唐突に出現することとなり、不思議な印象を与える。たくあんだけを特別扱いする理由が利用者に見えてこない。
   古語辞典の16は、「味噌漬け→漬け物→沢庵漬け」の順に意味が変化したと述べる。17は宮中、遊里、尼寺などに見られる女性特有の語彙を集めたもの。これも実態は古語辞典である。「香の物」は本来「大根」を意味したという。
   (そろそろ面倒になってきたのでまとめると、)大辞典や古語辞典を引かなければ出てこない語義は、現代日本語では一般的でないと思われる。このレポートを書くに当たって知人たちに協力をお願いしたが、彼らの口から「香の物」がたくあんを指すという証言は得られなかった。前項で書いたように「漬け物=香の物」ということで話を進めたい。




「おしんこ」

   もともと漬け物は保存食だった。食材が豊富に出回る時期に塩などを使って腐敗しないように貯蔵し、漬けあがったら少しずつ大切に食べる。そうやって収穫のない季節を耐えた。
   だが時代が下るとともに、短期間(数時間〜数週間)でさっぱりした風味を加えたものが好まれるようになり、保存漬けのほかに調理法のひとつとしての漬け物が確立する。日数を経た古漬けではない、新しい香の物――「新香(しんこう)」だ。
   「しんこう」が「しんこ」と縮まり、現在は丁寧な言い方の「おしんこ」が通常使われる。意味も当初の「新漬け、浅漬け」から「漬け物全般」に変化し、「漬け物=香の物=おしんこ」となった。
   国語辞典で「しんこ」を引くと元の「新しい漬け物」という意味も書かれているが、新漬けの意味で使う人が現在もいるのだろうか。「浅漬け」「一夜漬け」のほうが一般的な気もするのだが、このことばを使わない地域に育った私には判断できない。またしても連れ合いに尋ねると、「しんこもおしんこも漬け物のこと。新漬けとは限らない。僕はあまり積極的に使うことばじゃないけれど」とのことだった。




いちおう「たくあん」も定義してみた

   「たくあん」は「たくあん漬け」の略で、塩を混ぜた糠に大根を漬け込んで作る食品である。漬け込みに大量の米糠を使用するため、広く作られるようになったのは白米食の普及した江戸期以降だ。それ以前は干した大根を塩で漬けた「大根漬け」だった。「たくあん」の語源は諸説あるが、良く知られているのは、「品川の沢庵禅師(1573―1645)の発案による」という説だ。
   昔は日干し大根でたくあんを作った。工業化の進んだ現在は、塩漬けによる脱水をした大根(塩押し大根)を使うことが多い。調味液に漬ける製品も増えた。
   脱水方法が異なると食感も違ってくる。子供の頃食べた自家製のたくあんは口中で「がりり、ぎりり」という鈍い音をたてたものだが、塩押し大根を使った製品は「かりっ」と明るく高い音を軽く響かせる。




辞典の記述する「おこうこ」とはなにか

   「こうこう」は「香の物」の「香」を重ねたことばで、もとは女房詞である。音が省略されたり、丁寧の「お」が付いたりして、「こうこ」「おこうこう」「おこうこ」という形が生じた。私がそもそも意味を知りたいと思った「おこうこ」を立項している辞典が少ないので、親戚関係にあることばを足がかりにして調べた。「香の物」については、先に述べたとおりである。
   国語辞典の記述は「こうこ=香の物、漬け物」とある。シンプルだ。私は安堵の胸をなでおろす。冒頭に書いた私の頭の中の辞書に、お墨付きが得られた。


   しかし、12と13の「こうこう」の項には「たくあん漬けをいう場合もある」と書かれ、同じく「おこうこう」の項には「大根の漬け物」とある。 6にもたくあん漬けが顔を見せる。お気づきだろうか、いずれも「こうのもの」の項でたくあんをちらつかせていた小学館発行の辞典だ。これらの説明だと「こうこう=たくあん」が標準的な用法のひとつのように受け取れる。
   ところが、13では語釈の後の方言欄で、「こうこう」がたくあん漬けを指す方言のあることも紹介している。標準と方言。いったいどっちなのだ。あらゆる時代のあらゆる地域の用例を語釈に反映させようとしたら「たくあん漬けをいう場合もある」と書かざるをえないのかもしれない。どうせなら、どの時代のどこの地方で特に用いられたかも載せてくれれば、素人にもわかりやすいのに。
   16の古語辞典と18の語源辞典はわかりやすい。「こうこう」の説明で「上方ではたくあん漬けを指す」と言い切っている。東西のことばの違いを記した幕末の文献があるらしい。19の上方ことばの辞典では「おこうこ」の立項はないものの、「オコーコノタイタン」の項に「オコーコはたくあん漬け」とある。京阪地域では以前からたくあんを「おこうこ」と言ってきたことがやっと確認できた。


   以上をまとめてみよう。国語辞典では小学館系の辞書を除いて「(お)こうこ(う)=漬け物」と簡潔に定義している。古語辞典や語源辞典によれば、上方では昔から「(お)こうこ(う)」はたくあんを指した。
   ここまでしつこく辞書を引かないとわからないのだ。「おこうこ=たくあん」用法は一般的でないと、自分の無知を棚に上げて私は断言したい。




勢いで方言辞典にもあたってみよう

   本当なら「方言」、「共通語」といった用語をきちんと定義するところから始めるべきだけれど、私の手には余る。拙稿では「方言」は「ある地域に特有のことば」、「共通語」は「全国どこでも通じることば」ぐらいの意味で使っていることをご了承願いたい。
   まずは『日本方言大辞典』(小学館,1989)を見る。明治から昭和中期にかけての出版物からデータを集めているので現在とは状況が異なるかもしれないが、おおよその傾向はつかめるだろう。
   「こーこー」という項目を引いた。意味は「たくあん漬け、大根漬け」とある。方言辞典に立項されているくらいだから、やはり特定の地域に見られる独特なことば使いなのだ。
   ……との感想は私の早とちりだった。「こーこ」「こーこずけ」「こんこ」「こんこん」などのバリエーションも含めると、関東から中部、近畿、中国、四国、九州北部に至るまで、日本各地で報告されているではないか。しかも我が長野県も入っている。慌てて文献リストと照合してみたら、佐久地方の方言であることがわかった。
   同じ長野県内でも、私の生まれ育った長野市のことばは北信方言、佐久地方は東信方言に分類される。


   私の父(70代)は北佐久郡の生まれだ。
   「おこうこ…おこうこ…うん、言ったな、そうだ、たくあんだ。長野に引っ越してからは誰も言わねえから、使わなくなったけどな。」(注:信州人の言う「長野」とは、県名ではなく「長野市」を指すことが多い)
   灯台下暗し。父は「おこうこ=たくあん」圏の人間だったのだ。だが私は、父が「おこうこ」と言うのを聞いた記憶がない。
   栃木県出身の母(70代)にも尋ねてみた。母が「おこうこ」と口にするのは何回か聞いたことがある。
   「子供の頃はおこうこって言ってたけど、女学校に入ってからはだんだん香の物って言うようになったね。長野では漬け物。」


   こんどは『現代日本語方言大辞典』(明治書院,1993)を見てみよう。1970年代に行なわれたフィールドワークに基づくこちらの辞書は、まず共通語が立てられ、その下に各都道府県の方言が続く形式だ。
   「たくあん」の項を探す。「タグアンズゲ」だの「ダエコチケ」だのと共に、「コーコ」「オコーコ」「コーコー」「ココ」「オココ」「コンコ」「コンコン」といった、いわば「香々系」の単語がずらりと並ぶ。分布は、群馬、埼玉、東京(八丈)、新潟、石川、長野、岐阜、愛知、京都、大阪、兵庫、奈良、鳥取、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡、長崎、そして沖縄。
   知らなかった。方言は方言でも、「おこうこ=たくあん」用法は無視できない勢力を持っていたのだ。




WEBサイトではどうか

   検索が得意でないのと、ダイアルアップの接続料金が気になってゆっくり調べ物をできる環境ではないのを言い訳にして、ちょっとのぞいてみるだけにした。方言に関心のある日本人が多いとみえて、各地の情報が見つかった。ほとんどが素人の手による素朴な語彙集や印象記のようだ。
   近畿圏を中心に「おこうこ/こうこ=たくあん」との記述が見られた。
   北海道から関東(東京を含む)にかけての証言には「おこうこ/こうこ=漬け物、お新香」とある。近畿圏の方言ページでもしばしばこちらの定義が現れる。「おここ」「おごご」まで音が変わればともかく、国語辞典に載っている語形・語釈でも方言と考えている人が多かった。使用場面が食卓や台所のような私的空間に限定され、表舞台には出てこないからだろうか。




いろいろな人たちに話を聞いた

   知人や職場の同僚たちに協力をお願いして、 「おこうこ」ということばを知っているか? どんな意味で使うか? 使わないなら代わりになんと言う? といった質問に答えてもらった。彼ら27名の出身地・年齢・コメントの要約を紹介しよう。
   調査は当研究所ホームページと知り合いのホームページの掲示板への書き込み、口頭、メールの三つの方法で、2002年1月‐2月に行なった。回答の内容がバラバラなのは私の質問の仕方がそのつど異なったせいであって、回答者の責任ではない。
   WEB上の質問では対面のときのようなやり取りがかなわず、個人のプライバシーに関わる可能性のある事柄を根掘り葉掘り尋ねるのもはばかられたため、必要な情報が十分に得られなかったケースがあることをご了承願いたい。


<東 北>
岩手・50代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。
宮城・60代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。
宮城・30代 わからない。
宮城・20代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。祖母が「おごご」と言っていた。
<関 東>
群馬?・20代 山梨のばあちゃんが使ってた。漬け物のこと。自分は使わない。
埼玉・30代 聞いたことはあるが自分は使わない。もっぱら「おしんこ」と言う。
埼玉・20代 自家製に限定して日常的に使う。たくあんに限らず漬け物全般のこと。
10代から
東京・50代
祖母が使っていた。漬け物のこと。「おこうこ」は大根などの固い漬け物、「おしんこ」は白菜やきゅうりの漬け物と理解していた。自分は区別せず、「おしんこ」と言う。
東京・40代 祖母が使っていた。漬け物のこと。自分は「おしんこ」と言う。「おしんこ」は漬け物にくらべて範囲が狭く、菜っ葉の漬け物という気がする。
東京・20代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。父が使う。
東京・20代 岩手の祖母が使用。母は上京後使わなくなった。意味は漬け物全般。自分は使わない。
東京・20代 東京出身の祖母が使う。漬け物のこと。
神奈川・40代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。周囲に使用者はいない。
神奈川・30代 日常的に使う。漬け物全般を指す。
神奈川・20代 おしんことかおこうこって、出身地に関係無く,おばあちゃんやおばあちゃん子が使いそうな気がする。
<中 部>
新潟・? 故郷では「こうこ」と言った。たくあんの事を指していた様に記憶している。白菜、きゅうり、茄子の場合は「つけもん」。
新潟・20代 わからない。
長野・30代 使わないが意味はわかる。 県外出身者が漬け物のことを言うのを聞いて覚えた。
静岡・30代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。祖母が使用。
愛知・20代 え?親孝行じゃなくて? わかりません。
愛知・10代 見たことも聞いたことも無いコトバ。「孝行」かなあ。
<近 畿>
滋賀・20代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。「おしんこ」がたくあんを意味する。
大阪・20代 「こうこは関西弁、おしんこは東京方言、意味は共に漬け物のこと」と認識している。
<中 国>
広島・30代 わからない。「おしんこ」がたくあんを意味する。
広島・20代 祖母が使っていた。葉物ではなく大根のような固い漬け物を指す。自分は使わない
<九 州>
大分・40代 子供の頃「こうこう」と言っていた。漬け物のこと。現在は使わない。
鹿児島・40代 使わないが意味はわかる。漬け物のこと。九州では言わない。テレビなどで覚えた。


   なお、東北地方の協力者から、「おこうこ」「おこうこう」は知らないが「おここ」ならわかる人が多いとの報告があった。




若干の考察を試みる

   ご覧の通り、「おこうこ」の意味については、「漬け物のこと」という答えがほとんどだ。だが、このことばを現在使用していることが明らかなのはわずか二人しかいない。
   それに対して、「使わないが意味はわかる。」「祖母が使っていた」という証言の多さに注目してほしい。「おばあちゃんやおばあちゃん子が使いそうな気がする」との印象を述べてくれた人の直感はなかなかのものだ。
   「おこうこ」の意味がわからないという若い人たちが5人いた。上には載せなかったが、このことばを「知らない」という答えが、東京と名古屋の大学生諸君から複数あったとの報告も寄せられている。
   これらのことを考え合わせると、「おこうこ」の使用者は減りつつあると言っていいのではないだろうか?「おこうこは古い表現」という私の語感もまんざら的外れではなかったようだ。
   「おこうこ=たくあん」用法はどうか。
   ただひとり 「故郷で『こうこ』と言った。たくあんのことを指していた様に記憶している」と証言してくれた新潟人は、コメントのニュアンスからするといまはこのことばを使用していない模様だ。「おこうこは大根などの固い漬け物を指す」という興味深い答えの二人も、自分では使わないと断言した。こちらも廃れつつあるのだろうか。
   だが、最初に書いたように「おこうこ=たくあん」用法の現役事例が6件報告されている。WEBサイトでも確認できた。使っている人たちがいるはずなのだ。
   私の調査では回答者が東日本出身者、特に東日本の都市部に居住する20代〜40代に偏っている。地域・世代を広げて調べれば異なる結論の得られる可能性は否定できない。




「おしんこ」にも地域差があった

   漬け物を指すのに「おしんこ」を使うと答えた人が首都圏に3人いた。
   東京近郊で育った人たちがどう認識しているかわからないが、外から入ってきた者にとって「おしんこ」は耳慣れない方言だった。最近は全国規模の外食チェーンが展開されているので、他の地域に住んでいる人々も「おしんこ」というメニューに触れる機会が以前より増えたかもしれない。
   今回の質問調査の副産物として、「おしんこ」の意味にも地域差があることを初めて知った。滋賀と広島の出身者から、「おしんことはたくあんのこと」という驚くべき証言があったのだ。
   滋賀人は、「特別な言い方じゃなくて、結構あると思いますよ」と言う。広島人は「東京のおしんこを見て、これをおしんこと言う人たちがいるんだなあと思った」と、カルチャーショックを控えめに表現した。
   なんと言えばいいものか、もはや私にはわからない。




最後に

   意味はどうであれ「おこうこ」ということばは日本全国で使われていた。それなのに、なぜ私は「おこうこ」を関東地方の古いことばだと思い込んでいたのだろうか。
   第一に、関東出身の母がごくたまに使用していたことが挙げられる。第二に、このことばは本やテレビドラマに出てきた。30年前の田舎の子供にとって、書籍と放送は東京と同義だった。東京のことばなら共通語。けれども、だんだん見かけなくなった。たぶんいまは使われないんだろう――。そんなふうに考えたのだと思う。
   「おこうこ=たくあん」用法はまったく知らなかった。これまで私が見聞きした「おこうこ」の中にもたくあんを指す例があったのだろうか。小説に描かれた食卓の風景。本当はたくあんの咀嚼音が響いていたのに、私は気づかず通り過ぎてしまったのかもしれない。
   「おしんこ」も本とテレビで覚えたことばだ。実際に東京の飲食店で食べてみると、塩のなじんでいない未熟な味のものが多い。しょっぱすぎるのも、うまみがないのも、野菜の繊維が固すぎるのも、すべて漬け込みが足りないからだ。
   でも「おしんこ」の元の意味が「新漬け」と知れば納得できないこともない。これが東京人好みの漬け物なら、今後は「これはおしんこ、浅漬けだ」と自分に言いきかせることにしよう。そうすれば腹を立てずに済みそうだ。


   この駄文のためにたくさんの方にご協力いただいた。ホームページの掲示板を情報交換の場所に提供してくださった「Página web de Chiemi Nakanishi」管理人のでんでんさんと「ねこのてや」管理人のやまとさん、両サイトの常連さん、当研究所「たこ焼き村の掲示板」に証言を寄せてくださったみなさんに感謝申し上げる。東京外国語大学附属図書館と東北大学附属図書館北青葉山分館管理掛のスタッフにもお世話になった。
   みなさんの食卓にいつもおいしい漬け物がありますように。


**参考文献(辞典・事典以外)**
前田安彦『新つけもの考』岩波新書,1987
小川敏男『漬け物と日本人』NHKブックス,1996
小泉武夫『漬け物大全.美味・珍味・怪味を食べ歩く』平凡社新書,2000

                                 (2002年1月20日‐3月11日 記)






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