◆斑鳩から飛鳥へ(奈良県)

2002/10/20

今年の夏は、めちゃめちゃ暑かったですねぇ。釣行記でもたびたび書きましたが、ともかく気温もさることながら湿度が凄かったです。地球温暖化などと言われて久しいのですが、一説によるとここ100年で地球全体の平均気温は1℃(3℃という説もあるらしい)も上がっているのだとか。なんでも地球ってのは15℃くらいになるのに大変な苦労をしてきたらしくて、何万年もかけてやっと落ちついたかと思った矢先に、たった100年ぐらいでその苦労も水泡に帰するほどになっているそうです。

ちょうど、とある大陸にとある人々がとある本を持って、ネイティブな人々や動物を抹殺して新たな「文明」を作り上げようとしているところが発展してきた(まだ飽きないようだけど)年数と同じくらいなんですね。これが。で、このまま放置しておくと、平均気温が6℃も上がって、南極の氷とかがどんどん溶けて海面水位も数十メートル上がるという計算もなりたつそうです。ってことは、人間のいるところは概ね海抜20〜30mのところが多いそうですから、ほとんどは水没しちゃうわけですね。ま、結局のところ自業自得なんですが、とばっちりを受ける人達には、なんともお気の毒なことではあります。

というと他人事のようになってしまいますが、我が家でもこの夏はクーラーを点けっぱなしにして、空間移動はこれまたクーラーを効かせた車ばかり、ってんですから、まあ、人のことは言えないもんで、これはもう立派な加害者であります。ですから、この夏は家でぢっとしようと密かに思ってたわけです(^_^;)。が、肝心の家庭内では地球温暖化よりもストレス解消のほうが優先されているわけで、これには抵抗勢力も簡単に寄りきられてしまいます。

10月に入って気温も湿度も凌ぎやすくなって、地球温暖化の話題も忘れかけたころ(^_^;)、久々に西に走ろうということになりました。って、別に自力で走るわけでもないし、助手席から運転席に替わろうかなんてことは、これっぽちも聞いたことはありませんがね。ま、ともかく「法隆寺」に向かいました。どういうわけか。

我が家から、西名阪の「法隆寺IC」まで約1時間半。実は、この界隈は何度か来ていて、少しは土地勘があります。「分川池」っていう管理池があるんです(^_^;)。
しかしドライブとなると、こちらに転居してからは「東大寺」と「奈良公園」しか行っていません。別に理由はないんですが、団体さんが集まるところにわざわざ狙い打ちのように行くこともないだろう、っていうところでしょうか。以前、よしゃぁいいのにGWに京都に行ったことがありまして、これがまあ、悲惨な旅行だったので、以来、団体さんの集まるところは避けるようになってます。

で、団体さんを避ける方法はひとつしかありません。シーズン・オフの早朝。ともかく、人様が動き出す前に先に先にへと進むわけです。そんなことまでしなくても行かなきゃいいんですがねぇ。

ともかく、AM8:30に南大門に到着。

horyuji_tizu3.jpg
「五重の塔」、「中門」、「東室」)をクリックしてみてください。


いや〜、久しぶりです。法隆寺。
日本での世界遺産への登録第一号。聖徳太子。五重の塔。国宝のデパート。ってなところでしょうか。確か、こなだ来たのは30年前か?(30年前を”こないだ”っていうところは、すっかりオジサンになってしまったか。)

南大門 あ・うんの像
南大門で観光客を出迎える「あ・うん」の像。さすがに、いい面構えをしてますね。

さすがに朝の8時ころに南大門を通る酔狂な人は少なくて、ほとんど貸切状態。どっかの小学生らしきグループが案内役のお坊さんからここにある建造物の説明を聞いていましたので、連れ合いさんはこれに便乗してました。彼女もすっかりオバサンになってしまったわけです(^_^;)。

三点セット 大講堂から。
左から金堂、中門、五重の塔


しかし、正直いいまして、あたしゃあんまり好きでないです。ここ。
まず、聖徳太子。教科書やお札にも書いてあの像。まったく信用できない絵です。これはいけません。「百済観音堂」にもいろいろあるけど、すくなくとも室町時代までに書かれてきた像とはすっかり変わっています。特に、昭和に入ってからは「別人28号」。
つまり、非常に意図的というか恣意的に変わってるわけで(変えてるんでしょね)、これは誰かがプロデュースして平凡な子供をアイドルに仕立て上げるのとまったく同じ発想と手法。そりゃぁ、男でも不細工なヒゲ面よりは多少なりとも上品さがあったほうがいいと思わないことはないけど、あまりにもヤラセが過ぎるのはマズイと思いますよ。それに時間をかけて少しずつ変えるのならまだしも、いきなりですかねぇ。人をバカにしてるとしか思えない。
それと、「十七条のほにゃらら」なんてありますがね、そもそもその時代のニホン人って、どれだけの人が字を読めたんですかね。漢文の仏教文字を。これは、当時の官僚達がゴーストライターとなって聖徳太子作として発表したものでしょうね。だいたい、この時代、仏教なんて「新興宗教」の域をでてないはずですから。
まだまだいうと、たくさんのお坊さん(もしくは希望者)がここ斑鳩に「修学」したっていいますが、そんなヒマとカネがある人って、どこの人達でしょうか。エリート塾なら、ハナからそう言えばいいんですよ。「法隆寺は下々(しもじも)が来るトコぢゃない。まあ、見せてやってもいいけど。」って。

つまるところ、聖徳太子ってのは皇族と呼ばれる集団にあって、ふつーの男の子だったのを、無理無理、権力にしたてあげようとされただけぢゃないでしょうか。んで、それにノッタおじさん達がたくさんいた。時代を超えて。ま、そんなとこでしょう。そもそも政治力も軍事力もなくて、外面(そとづら)の体裁だけで(遣唐使って言っても、要するにミーハーな発想だけでしょ)権力を行使しようとしても、そりゃぁ無理。少なくても6世紀ころのおハナシとしては。案の定、簡単に没。

で、これに肖ろうと言う「コバンザメ商法」が、ここ「法隆寺」。なんて、思っちゃたりしてます。見るべきものは「五重の塔」ぐらい。あとは、はっきり言ってガラクタ。掃除はゆきとどいているけど、結局のところ無機的。だいたい廃仏毀釈のときに、なんでここの仏像だけが免れることができたんでしょうかね?いつから聖徳太子は「神道」に宗旨替えしたんでしょうか?ブッタはいつから神道を受け入れたのでしょうか?まあ、ようするに、結局、時の権力者に媚びいって生き延びただけでしょう。「十七条のほにゃらら」は、こういうときに威力を発揮したでしょう。確かにどんな宗教にも迎合できますけど。

アマノジャク 五重の塔の屋根を支えている「アマノジャク」(わかりますよね?)

もう少しアップで撮りたかった。


金堂 金堂。
なんか、無機的です。


子規の碑 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
子規。

実際は、ここで閃いて詠ったわけではないようです。旅の途中に偶然、おいしい柿をゴチになり、そんときに法隆寺を思い出したとか。

1時間半ほどで一通りを観て回れたけど、これは作戦どおり団体さんを避けられたからで、別に気が進まなかったわけではありません(^_^;)。案の定、帰り際の南大門は、観光バスから吐き出された観光客であふれんばかりになってました。間一髪。

さて、これだけでは折角の休みの時間がもったいないなんてことになり、「飛鳥」に向かうことにしました。そう言えば、「キトラ古墳」ってのもありました。でも、葛餅を食べながらジモティの人に聞くと「あれは、今はただの工事現場だよ。」ですって。

ちょっと、くどくどと長くなりましたので、別の頁に。m(__)m