「スワンプシング」"Swamp Thing"とは:

怪人スワンプシング……かつて彼はアレック・ホランドという名の人間だった。彼は妻のリンダとともにルイジアナの湿地帯の研究所で、植物の成長を促進し、いかなる荒地でも生育できるようにする研究を行っていた。だが、研究の独占さもなくば抹消を狙う秘密組織の手先達によって研究所を爆破され、火だるまになった彼は沼地に転がり落ちて沈んでしまう。

しかし、アレックの研究成果である薬剤等の成分が沼地に流れ込み、湿地帯の植物と融合した身体を持つ存在――スワンプシングとして彼を甦らせた。彼は人間をはるかに超える怪力や驚異的な再生能力を持つ肉体を手に入れたが、その姿はコケや藻にまみれた奇怪なものになり、さらに話す事ができなくなってしまった。

スワンプシングは自分の妻の身を案じて研究所近くの家に戻ってくるが、一足遅くリンダは彼と同じく手先達の襲撃を受けて殺されてしまう。激怒したスワンプシングは怪力に任せて手先達を皆殺しにする。しかしその場面を国家機関のエージェントである友人に目撃され、スワンプシングはアレックの妻リンダの殺害犯だと誤解されてしまうのだった。妻と自分の仇である秘密組織や、自分を追跡するかつての友人、そして自分の前に現れる様々な異形の者達と関わりつつ、スワンプシングは元の人間アレック・ホランドに戻る手段を求めて彷徨う事になる。


スワンプシング 第8話(1974年1-2月合併号)
(DCコミックからVertigoレーベルで出版された"Swamp Thing: Dark Genesis"に収録)

「13号坑道に潜むもの!」要約
"The Lurker in Tunnel 13!"

レン・ウェイン、バーニー・ライトソン
Len Wein, Bernie Wrightson

[要約者による雑感]

吹雪の山中をのろのろと進むスワンプシング。半ば植物である彼の身体は、氷点下の環境においては機能が極めて低下する。早急に避難場所を探さなくてはならなかった。

前回、スワンプシングはゴッサムシティにおいてバットマンと戦い、彼の追跡を逃れるために、停車していたトラックの荷台にやむなく身を隠した。そして脱出手段を選択する時間が無かった彼は、そのままトラックに運ばれる形でゴッサムシティから逃亡し、最初の停車地に降り立った。だが見知らぬ土地のために道に迷い、雪降る山中を彷徨う事になってしまったのだ。

その時突然、スワンプシングの耳に悲鳴が飛び込んできた。それまで吹雪でよく見えなかったのだが、近くの斜面に洞窟があり、助けを求める叫びはその中から聞こえてきたのだった。悲鳴の元へと急行するスワンプシング。洞窟の中で彼が見たのは、胸を引き裂かれて倒れこんだ老人と、その前に仁王立ちしているハイイログマだった。老人は冬眠中のクマのねぐらに誤って入り込んでしまったらしい。

スワンプシングはクマの注意を自分に引きつけると、何とかそれをなだめようとするが、冬眠を邪魔されたクマの怒りは収まらなかった。彼はやむなく、打ちつけられる爪やベアハッグをものともせずにクマを絞め殺す。そして倒れた老人の元へと向かうが、彼はすでに致命傷を負っていて虫の息だった。かすんだ老人の目にはスワンプシングの奇怪な姿はよく見えなかったらしく、彼は苦しい息の下で礼を言うと、見知らぬ旅人に「パーディション"Perdition"の町には行ってはならない」と警告する。

かつては豊富な石炭と貴金属の採掘で栄えていた鉱山町パーディション。しかしやがて石炭は尽き、人々は次々に町を去り始めた。鉱山を元に戻す自然な手段は無い……そう考えた末に、自然ではない手段、すなわち超自然的なオカルトに救いを求めたのが、老人の父親であった。老人がまだ少年だった頃の事である。そしてある晩、父親は収集した何冊もの魔道書とオカルトの品々を抱えて、鉱山の中へと入っていった。そしてそれが、最後に目撃された彼の姿だった。数刻の後、恐ろしい悲鳴が鉱山の方から発せられると、町中を駆け抜けていった。夜が明けてから町の人々が調査したが、悲鳴の主の姿は影も形も無かったという。その晩以降、パーディションの町は変わってしまった。鉱山に近づき過ぎた人々が、次々と奇怪な失踪を遂げたのである。住民達は恐怖におののいたが、何故か同時に、町から立ち去る者は一人もいなくなってしまったのだった。

老人は、自分は町を離れたのだが、逃げ込んだ先でクマに出会ってしまったのだと言い、これで彼らは二度と自分をあの町に連れ戻す事は無いとつぶやき息を引き取った。スワンプシングは、老人をこのまま洞窟に置いておくわけにはいかないと考え、埋葬するか彼の家族に引き渡すかするために、遺体を抱え上げると再び雪の山中を歩き出す。しばらくして、彼は崖の下に寂れた町が広がっているのを発見した。老人の話していたパーディションの町であった。

スワンプシングは町へと降りていくが、コケに覆われた人とも獣ともつかない彼の姿に住民達は当然驚き、老人を彼が殺したと考えて、数人の男達がスコップやつるはしを手に襲いかかってきた。傷つけないようにしつつも、軽々と彼らを蹴散らすスワンプシング。やがて他の住民達も集まってきて、スワンプシングの奇怪な外見よりも、彼が町の外からやって来た事を知って驚きの声を上げる。その中には、彼の運んできた老人エゼキエルの息子ジェイソンもいた。

スワンプシングが老人を殺したという住民達の声にもかかわらず、ジェイソンはその遺体を冷静に確認し、父親はクマの爪にかかった事を見て取る。スワンプシングは無実であると彼は断言し、襲撃した住民達に謝罪させ、彼を怪物と呼ぶ事を戒めた。そしてスワンプシングもまたクマの爪に傷ついているのを見ると、彼を自分の家に招待し、傷の手当てをする事を申し出た。長きに渡る現在の境遇の中で初めて「招待」というものを受けたスワンプシングは、胸中に喜びを覚えつつも、この町の住民達には何かおかしなところがあると考えるのだった。

その頃、何処かで何かが目を覚ましていた。

暖かい室内に案内されたスワンプシングは、椅子に座ってくつろぎつつ、クマにつけられた胸の傷の手当てを受けていた。この町への数年ぶりの来訪者を、簡単に立ち去らせるわけにはいかないと住民達は言い、ジェイソンは、スワンプシングの体調が完全無欠に回復するまでここに留まればいいと軽口をたたいた。

その頃、目覚めた何かは気づき始めていた。

ジェイソンの軽口に笑い声を上げる住民達。しかしスワンプシングは、その軽口にはいかなる面白みも感じ取れなかった。そして彼らのなす事全てに対して、彼の歪んだ背筋に戦慄が走るのだった。笑い声が急速に消え去り、ダラダラと続くありきたりな会話が再び室内を満たす中、最初にスワンプシングを歓待していた一人の少年が、ギクシャクした足取りで静かに部屋から出て行った事に、誰も気づく者はいなかった。

いつまでも続くたわいも無いやり取りは、心の奥に不快な思惑の巣食う住民達が、何とか気を紛らわそうとしているかのようである。スワンプシングは当惑しつつも、住民達を苦しめている不安感を、彼らが必死に隠蔽しているにもかかわらず感じ取っていた。そして数刻もたたないうちに、それはジェイソンの妻の悲鳴とともに露わになる。二人の息子が家からいなくなっていたのだ。住民達はすぐさま話し合って捜索隊を編成し、スワンプシングとともに屋外へと繰り出した。

その頃、気づいた何かは呼び続けていた。

雪は既に止んでいた。捜索隊の住民達はすぐに、雪の上に残された少年の足跡を発見する。それは町から少し離れた山中へと続き、とある坑道の入り口へと消えていた。ジェイソンはそれを追って暗闇の中へ入ろうとするが、他の住民達が、そこが13号坑道である事を彼に気づかせ、我々はこの中に少年を追っていく事はできないと言い張る。ジェイソンはそれでも息子のために坑道に入ろうとするが、スワンプシングがそれを身振りで押しとどめ、世話になった恩に報いるために彼の代わりに入っていく。不運な事に、スワンプシングはただ前方の暗闇だけを見つめながら坑道の中へと進んでいった。もし彼が後ろを振り返っていたなら、坑道の入り口に集まった住民達の顔に浮かぶ極めて奇妙な表情、勝ち誇るかのような忍び笑いに気づいただろう。

だがスワンプシングは振り返る事なく、坑道の締め付けるような暗闇の中を、錆びたトロッコ用の軌道をたどって奥へと進んでいった。やがて軌道は途切れ、彼を導くものは無くなったかのように思われた。しかしその時既に彼の心の中には、坑道の最深部の尋常ならざる立坑へと彼を導く「声」が聞こえていたのだった。何かが彼を呼び、そして今、その応答を得ようとしていた。

立坑の淵から下方を覗き込んだスワンプシングの目に映ったもの、それは穴いっぱいに広がっている、人間の内臓と筋肉組織とがグチャグチャに絡まりあったような、脈動する癌性腫瘍の如き存在だった。その中ほどには眼が一つ開き、スワンプシングをじっと見つめている。なお恐ろしい事にそれは――墓石の下から聞こえてくるようなしわがれた囁き声で、地獄から響いてくるが如き身も凍るようなシューシューという声で――しゃべり始めた。
「ようこそ、かつてアレック・ホランド博士だったものよ。ムナガラーはお前をずっと待ち望んでいた」

自分はお前を必要としていると語りかけながら、ムナガラーは小腸に似た細い触手を数本伸ばしてスワンプシングの足首に絡み付けた。すぐさま彼はそれらを振りほどくが、その際の振動だけで坑道の側壁はわずかに崩れ落ちていく。

ムナガラーはスワンプシングに、自分を拒否できる望みは万に一つもないと言い放つ。何故ならムナガラーこそは永遠であり、万物を与えたものだからである。ムナガラーこそ、この地球に生命を誕生させた存在であった。そして人類という種の発生にも関与し、その精神に無分別な暴力という性質を授けたのだった。以来ムナガラーは人類に惜しみない「援助」を与え続けた。ラヴクラフトやビアス、ポーといった偉大な作家達の精神にも接触し、その作品の創造の契機となった。しかしこれらは全て、ムナガラーがかつて孤独に棲んでいた世界、この宇宙ではない果てしなく遠い世界から行った事であった。

故エゼキエル老人の父親にしてジェイソンの祖父であるエイブラハムが、13号坑道の奥で魔法陣を作り、ムナガラーをその牢獄から解放する呪文を唱えた時、ムナガラーはエイブラハムの腕に生じた腫瘍という姿でこの世界に召喚された。腫瘍は瞬く間に彼の全身へと広がり、ムナガラーはエイブラハムを吸収して彼の肉体だったものを己の姿へと変化させてしまった。

それ以降、吸収して自分の一部とするための肉体と、飲み干すための精神に飢え続けてきたムナガラーは、坑道の外の世界を探査して、数多くの増殖のための肉体と味わうための精神を発見する。ムナガラーは坑道のそばに来たあらゆる生物を、触手を伸ばして絡めとり、自分の肉体として同化吸収してきた。この宇宙が「最も重要な時期」を迎える前に、ムナガラーはその本来の大きさにまで増殖しておく必要があった。もうすぐ、この宇宙の開闢とともに始まった幾何級数的変動がついに終わる時が来る。そしてもうすぐ、銀河系内の諸天体は巨大な天球の回路網を完成させる位置につく。その時に本来の姿を再び獲得していたならば、ムナガラーは万物の支配者となる事ができるのだ。

「……そしてお前だ、アレック・ホランド博士……お前がついにムナガラーを満たすのに充分な物質を提供する……
来たれ、来たりてムナガラーを完全にせよ」
ムナガラーの囁き声とともに、触手が再びスワンプシングの方へと伸ばされてくる。だがもちろん彼はこれを拒絶すると、坑道を支えていた支柱を引き抜き、自分を貪り食おうとする存在に向かって投げ落とした。ムナガラーは怒りと嘲りの言葉とともに、激しく脈動し始める。その振動は立坑の崩落を誘発させ、瓦礫が次々とムナガラーの上に降り注ぐ。やがて、スワンプシングが支柱を引き抜いた事もあり、坑道全体が崩れ始める。その激しい振動は、あたかも断末魔の苦悶の身震いのようであった。

崩落する13号坑道の開口部から粉塵が噴出し、集まっていた住民達を包み込む。喉を詰まらせ囁くような声でジェイソンは、この崩落では何者も生き残る事はできない、怪物達は二体とも死に、全ては終わったのだと住民達に告げる。だが粉塵の中からスワンプシングが姿を現し、ジェイソンを驚愕させる。

スワンプシングはジェイソンに詰め寄り胸倉をつかみ上げる。彼は自分がジェイソンの息子を救出する代役としてではなく、卑劣にも生贄として坑道に送り込まれた事を見抜いていた。それに対してジェイソンは、我々はこのような事をしたくなかったのだが、鉱山の中の存在が我々を支配し、強制的に息子の失踪を偽装させたのだと必死に弁解し、我々に危害を加えないでくれと懇願した。スワンプシングは彼を解放すると、全ては終わったという彼の言葉を心の中で木霊させながら、雪深い木立の中へと静かに立ち去っていった。

しかしいつもの事ながら、「全ては終わった」という言葉は間違っている。それは決して終わらない。スワンプシングを見送るジェイソンの右腕には、あの腫瘍が次第に増殖し始めていたのだった。


要約者による雑感

2008/06/30

要約にもあるように、この話の中では怪奇小説家としてラヴクラフトの名が挙げられています。ムナガラーは明らかに、クトゥルフ神話を意識して創造されたヴィランです。ムナガラーの登場は1974年2月、そして1976年に世に出たラムジー・キャンベルのクトゥルフ神話作品"The Tugging"「妖星グロス/誘引」において、「触手を生やした、膨れ上がった生の内臓と眼球のようなものの塊。」という「グラーキの黙示録」の記述の形で、ムナガラーについて言及されました。キャンベルが「スワンプシング」を読んでムナガラーを知るまでの経緯は不明ですが、彼の神話作品に登場する事によって、ムナガラーは正式にクトゥルフ神話の神性の一柱になったと言えるのではないでしょうか。

クトゥルフ神話作品においては現在のところ残念ながら、他にムナガラーを登場させたものは無いようです。しかしDCコミックにおいてはムナガラーは「スワンプシング」以外のいくつかの作品に再登場し、ヒーロー達に対する強大かつ恐ろしい敵対者となっています。マーベル・コミックにおけるシュマゴラス(こちらの初登場は1972年)のポジションを占めている……のだといいですね。

“エンサイクロペディア・クトゥルフ”のムナガラーの項にある説明は、基本的に「13号坑道に潜むもの!」の描写を元にしています。グレート・オールド・ワンの一柱として考えると、自分が生命の造物主であると崇拝者達に吹き込む牽強付会はチャウグナー・フォーンといい勝負ですね……象神ほどの長きに渡る崇拝の歴史も無い事を考慮すると、それ以上かも。あと、原作者名がウェインではなくウィアとなっているのは原書の綴りがWeirと誤植されているからです。

“マレウス・モンストロルム”等のTRPGデータとしてのムナガラーの説明には、このグレート・オールド・ワンが人間とコミュニケーションをとる可能性については触れられていません。出会った人間は何者であろうとも問答無用で同化吸収しようとする事になっています。そして人間よりも速く移動する事ができると設定されていますが、原作中には移動の描写自体がありません。また「ムナガラーとの接触/ムナガラーの招来」の呪文の条件も、沼沢地において/夜間に人間の生贄を用意してかける事ぐらいです。術者自身が自分の肉体に発生した腫瘍に呑み込まれ、それがムナガラーとして顕現するという原作の描写には言及されていません。原作とはかなり異なった神性として扱われているようです。通り名も「腫瘍の神」"The Cancer God"ではなく「むさぼるもの」"The Devourer"になっていますし。

DC Database「ムナガラー」の項から抜粋。

「歴史」の節より:

ムナガラーは未知なる世界からやって来た不定形の異質な生命体です。彼はこの地球の属する次元だけではなく、数多くの多次元宇宙における生命の創造主であると自称しています。彼はまた、全ての人智の来たる戸口であり源泉であるとも考えられています。腫瘍の神である彼は、およそ二十万年前に地球に顕現し、どの生命体を進化のうちに生き残らせて繁栄させ、あるいはただ食物としてのみ役立たせるかを選択しました。人類が繁栄し始めると、ムナガラーは自分の精神感応能力を使って、精選された個体の想像力を刺激しています。1827年にはその力でエドガー・アラン・ポーに刺激を与え、1866年には作家アンブローズ・ビアスに接触して彼の創造力を刺激したのです。そして1896年、ムナガラーの霊的実体はロード・アイランド州プロヴィデンス出身の六歳の少年、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの精神に触れました。成長したラヴクラフトは、20世紀において最も高く評価される怪奇小説家の一人になったのです。

数年後、ペンシルヴェニア州の鉱山町パーディションに住むエイブラハム・モンローという名の男が、呪文書を用いてムナガラーの霊的実体を召喚しました。それ以降、ムナガラーはこの共同体を彼の邪悪な手中に収め続けていたのです。彼は13号坑道と呼ばれる鉱山の古い立坑を棲み処とし、住民達が数世代を重ねる期間に渡って、その体躯と影響力とを増大させ続けました。1974年1月、スワンプシング(アレック・ホランド)という名で知られている植物の精霊がパーディションを訪れます。エイブラハム・モンローのひ孫であるジェイソン・モンローはムナガラーの意のままになる奴隷だったので、彼に支配されてスワンプシングを13号坑道へと誘い込みました。スワンプシングの肉体を吸収する事によって、ムナガラーは人類全体を支配するに足る本来の力を獲得するのです。スワンプシングはムナガラーの力に抵抗し、鉱山のその区画を崩落させて、大量の瓦礫の下に彼を封じ込めました。

「諸能力」の節より:

DCコミックにおけるムナガラーの姿は、DC Databaseの「ムナガラー」の項のGalleryにおいても見る事ができます。また「スワンプシング」第8話の表紙でスワンプシングへと伸びているのがムナガラーの触手です。

(余談ですが、「歴史」の項でスワンプシングが「植物の精霊」と書かれているのは、例えばウィキペディアの「DCコミック」の「1970〜80年代」の節等を読んでいただくと分かりますが、あのアラン・ムーアによる設定です。ジェイソンがエゼキエル老人の孫になっている事等もそれに由来しているのかもしれません。)


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