平成20年12月13日(2008.12.13)私は肺炎に罹患した。発熱38.1℃〜39.9℃に達する高熱が続き、咳

漱、喀痰、四肢の節々が痛い。まづインフルエンザと考え一人でクイックビュー検査(インフルエン

ザの検査)するも、(-) タミフルを考えたが、見送りにしてフロモックス3T/dayを続けた。発熱はそ

の後も続き抗生剤をケテック300mg×2Tに換え、更に12月19日よりユナシンS静注用3g×2朝夕施行し

たが、解熱せず。
胸部X線撮影で右中肺野に肺門より中下野かけ、淡い浸潤巣あり、一見異型肺炎の

像に似ていると思ったが、寒冷凝集反応 16倍 マイコプラズマ 40倍未満で否定的であった。要す

るに肺炎に罹患、多種の新しい抗生物質を用いてもなかなか効果がでなくて、10日間の長期の治療に

もかかわらず解熱しなかった。抗生物質の効かない肺炎であった。

この時点で慧眼なる医師であれば、抗生剤の発達した現代、特殊な肺炎でないかぎり、肺炎は普通

2〜3日で、長くても5日以内で解熱するはずである。こんなに抗生物質の効かない肺炎はおかしいと

気付くべきであった。

検痰:α-Streptococcus(GPC) (+) TB菌(-) 特殊な細菌は検出されない。MRSAも、多剤耐性菌

アシネバクターの感染でもなかった。

◆検痰による
細胞診も陰性

2008年12月22日 S総合病院入院

    
CT検査:右肺下葉S6中心にS9-10にも浸潤影あり、大きさは明記されてないがS6に病巣があった

が、肺炎が器質化したものと考えられる。器質化肺炎ならば、抗生剤は無効の筈であるがケテック

300mg×2Tの内服はさらに5日間続けられた。
発熱は入院後すぐ下がったが主治医によるとX線上右

肺肺門部の後ろの陰影はやや縮小傾向あるも、消失はしていない。相当の日時を要するものと診断

される。

2008年12月30日退院主治医の意見は「胸部右肺下葉S6に陰影の残存があり、念のため外来で経

過観察していた。陰影は改善傾向であるが残存し、器質化が考えられた。」
ここで肺癌を見落とし

た。

2009.1.6:S総合病院 :外来 胸部X線(正面と側面) 検血:変化なし

2009.2.17:S総合病院: CTと検血結果変わりなしというだけで、S6の病巣については説明なし

放射線科医師のいないこの病院では右肺下葉S6の部位の撮影法を知らなかったのであろう。CT画像

に何も写っていない。肺癌はCT画像で検出されると書物には書いてあるがそれはS6の部位を正確に

撮影した場合である。
ここで正確にCT撮影が行われていればS6に大きさ1〜2乃至3cm位の肺癌が

検出されているはずである。これが誤診の元凶であると思う。

2009.4.14:S総合病院: X-Pと検血 右肺下野の陰影やや縮小傾向

2009.6.9 :S総合病院: X-Pと検血

X線検査と検血は続けられたが、不思議なことに呼吸器科医師でありながら入院中も外来でも病原

菌の検索と言う最重要項目である、そして医師の常識である検痰に関しては一切検査なしあった。

2009.7.11多少咳と痰があり、発病時の検査以来、S病院では入院中も退院後もいっぺんも検痰

をしていないことに気付く。喀痰の細菌検査、塗抹、培養と細胞診をファルコ(臨床検査所)に依

頼する。


岡本医院 喀痰の細胞診 判定:擬陽性・判断 Atypical cells

 細胞所見:炎症性背景に軽度の重積性を示す細胞の集塊を少数認めます、核腫大、核の大小不

同がみられ、核小体著明です。再検並びに精査を希望します。

2009.7.23 :ここでやっとことの重大さにきづいたS総合病院の呼吸器科医師は胸部X線撮影

再検とCT検査を施行した。単純撮影ではS6の病巣は始めから写ってないので前回
(平成21年4月)

と変わりなしであったが、CTで S6のあたりにやや陰影の増大あり、且つリンパの腫大があるよ

うである。詳しいことは説明なしというより説明できなかったのではないか。

肺癌の増殖速度桃栗3年柿8年肺癌10年癌細胞は非常に微細な存在で、肉眼では見るこ

とができない。1個の癌細胞の重さは約1ナノグラム(ng)ナノグラムは1gの10億分の1の重さであ

る。1cmというのは現在の画像診断能力で見つけることが出来る癌の大きさの最小単位としてい

いでしょう。癌細胞1つが1ナノグラムですから、1gの癌細胞の塊の中には10億個の癌細胞があ

ることになります。癌細胞の特徴として永遠に分裂増殖をくりかえすと言われています。つまり

、1個の癌細胞が2個に分裂し、2個が4個、4個が8個、8個が16個・・・と鼠算式にふえていきま

す。そして約30回分裂したところで癌細胞は10億個になります。そうすると、分裂周期が100日

ですから、最初の癌細胞1つから、約3000日、約8年かけて1cm,1gの癌に成長する計算です。そし

てさらに10回分裂して癌の重さが1Kg1000日。”癌”1Kgに育つと宿主の命を奪うとされています

ので、直径1cmの癌の発見から何も治療せずに放置すると2〜3年後に生体を死に至らしめる計算に

なる。実際、我々の臨床の現場で「がん」が発見されたときには、少なくとも1g以上あるのが普

通です。参考までに肺癌に関して言えば、1cm以下でみつかることは殆どなく、2cm以下で発見さ

れたものが「小型肺癌」と呼ばれています。直径2cmですから1g以上の重さがあるはずです。い

ずれにせよ、例外的に非常に発育速度の速い癌はあるものの、我々が治療している癌の゜多くは”

癌細胞”が身体の中に生じから実際に早期癌と言われる2cmの腫瘍になるまで、少なくとも数年は

経過しているとみてよいのです。つまり癌が塊として目に見えてわかるようになるまでに「数年」

の単位を要する。長いものでは10年以上かけてその存在が分かるようになる病気である。また、

”がん”はその存在を指摘された時でさえ、自覚症状がないのが殆どですから、癌細胞が身体の

中にひとつ生じた時点で「癌を自覚したり、発見することは不可能で、それこそ「神様」にしか

分からない。癌細胞が100万個あつまっても、まだ直径1mmである。「桃栗三年柿八年肺癌10年」

癌はそだつまでに結構時がかかるものです。1個のがん細胞が10億個に増えなければならない。

一般的には、癌の悪性度はその発育の速度が速いほど悪性が強いと判断されます。

癌の塊である腫瘍の増殖速度は、体積が2倍になる為に必要な時間で“ダブリングタイム ”とし

て測定されます。通常では、レントゲン写真やCT検査などで腫瘍の大きさを測定し推定されていま

す。

代表的ながんのダブリングタイムは、1〜3ヶ月と言われ、腫瘍の種類や原発巣か転移巣の違いによ

って大きく異なります。つまり同じ種類のがん細胞であっても、原発部の腫瘍のダブリングタイム

と転移して出来た腫瘍のダブリングタイムには違いがあり、通常では転移して出来た腫瘍の方がダ

ブリングタイムはみじかくなります。つまり転移腫瘍の方が大きくなる速度が速いと言う事です。

 一般に、細胞はどんな種類にあっても、増殖速度が速ければ速いほど抗癌剤や放射線に敏感にな

ります。病期分類では早期癌と言われる2cmの腫瘍になるまで、1個の癌細胞が10億個に増えなけれ

ばならない。発病時(2008.12.13)より病巣は一貫して右肺下葉S6一ヶ所である。始めからここに肺

癌が巣くっていたのは確実である。

第一に抗生物質の効かない肺炎であったこと

第二にPET-CTで4.5×6.0cmという巨大な癌腫になっていたこと
2009.7.28 岡本医院の喀痰細胞診疑陽性を示していることにあわてたS病院は気管支鏡検査を強行し

た。 気管支鏡検査のため、検査入院
2009.8.4:S総合病院受診気管支鏡検査:

 診断:非小細胞肺癌 未分化扁平上皮癌 
病期診断T2N1M0: UB

普通癌腫が3cmを越えるとランクが上がるのだが3cmどころかその倍以上に増大しているではないか。

8ヶ月かけて経過を慎重に観察してきたのではないのか?頭部:MRIおよび  PET-CTで病変を認めず。

肺門部リンパ腺転移あり、手術するなら右肺全摘と言われ、これを拒否、且つ抗がん剤も拒否神大放

射線科受診するも放射線治療はX線装置、待ち時間などよりS総合病院の方が都合がよいとのことで

ある。

★ 2009.8.10: PET-CT検査(先端医療センター):

右肺下葉S6の中枢側にB6気管支を閉塞するように4.5×6cm大ほどの腫瘤があり、FDGの強い集積を伴

っています。既知の肺癌で矛盾しません。臓側胸膜と接しています。周囲にはスリガラス陰影を伴って

おり、随伴する炎症性変化を反映していると思います。右肺下葉や左肺舌区に線状影があり、陳旧性

炎症変化と考えます。

右肺門部に1.5cm大ほどのリンパ節腫大があり、

FDGの強い集積を伴っています。リンパ節転移と考えます。

縦隔には数mm大の小さなリンパ節が散見されますが、非特異的腫大の印象です。
Impression  :右肺癌、右肺門リンパ節転移

左総腸骨動脈瘤      確定医:北○一○

 医師に誤診は憑物である。神ならぬ身ではとんでもない思い違いから知らず知らずに誤診を犯している

ものである。但しそれが患者さんへ善意の奉仕として、医師の全知全能を使ってよかれと行われた場合はある

程度までは許されて然るべきであろう。しかしそれが金儲けのために、患者を点数稼ぎの道具としか見ない医

師は徹底的に糾弾されて然るべきである。
.
昔、東京大学医学部名誉教授の沖中重雄さんは1964年、定年退官の年の最終講義で「私の誤診率は14.2%だっ

た」と報告した。この数字に医療消費者は「そんなに誤診していたのか」と驚き、医療関係者は「誤診率の低

さに驚嘆した」という。

私自身も何十パーセントか誤診をしてきたであろうから、誤診医を責める資格はないかもしれないが、少なく

とも呼吸器内科を専門とする医師が肺癌が念頭になく、検痰、細胞診を忘れ、自他覚症状もないのに、抗生剤

を乱用したのは点数稼ぎと責められても然るべきではないだろうか。

私自身も何十%か誤診をしてきたであろうから、誤診医を責める資格ないかもしれないが、私も既に84才、日

本男子の平均余命79才を越えている。一紀会という医科大学の同級生73名中すでに3分の2の50名 が亡くなって

いる。生存者23名も本当に元気な者はほんの数名に過ぎない。




                

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