網膜中心動脈閉塞症

        moumaku-heisoku     



昔から医者の不養生という言葉がありますが、私がまさにそのとおりです。医者ともあろう者が病気の問屋

になってしまいました。それも大病ばかりです。2003年に前立腺癌、2009年に右肺下葉S6に肺癌【扁平

上皮癌 】、そして今回は動脈硬化症に起因する左眼失明です。今年84歳になり日本男子の平均余命79

歳を越えてますので当然といえば当然です。

2010.年10月.27日起床時ベットから降りようとして転倒。すぐ立てず、気がつけば左眼に失明すぐ

神戸中央市民病院を受診したが、CTその他の検査に手間取り、最後に眼科受診した。

診断1.左網膜中心動脈閉塞症、 2.左総頚動脈狭窄  3.右内頚動脈狭窄

脳血管撮影で左総頚動脈に高度狭窄と右内頚動脈起始部に軽度狭窄を認めました。左総頚動脈のプ

ラーグはエコーとCTで高度の石灰化を認めました。脳血管SPECTでは安静時はほぼ左右差はなく、

負荷時にも血流低下は殆ど認めず予備能は良好でした。また、心筋シンチではRCA領域の軽度の虚血

を疑う所見でした。合同カンファレンスで現時点では内科治療を継続することが妥当との結論でした。

神戸中央市民病院11階北525号室?へ入院

2010.10.29核医学検査 IMP脳血流シンチ1日法

画像所見:1-123/MP脳血流シンチ(1日法)Restでは少し左MCA分画域がlowの傾向ですがAczでは

顕著な左右差はみられません。予備能は良好であり、Stage 1 Uは殆どみられません。

検査目的:L+ICAStenosis左 網膜動脈閉塞を10/27に発症、血行再建術を検討中

2010.11.5神戸中央市民病院退院

数年前より突然両眼にキラキラした模様の視力障害や視野の暗黒感、動揺感があり数分で軽快す

る。近所の眼科を受診するも、一過性脳虚血発作及び正常圧緑内障と診断された。
実際は網膜中

心動脈閉塞症の前駆症状一過性黒内障であった可能性が高い。2010.8.10の複視も前駆症状と考えられる。

又、同時に北村クリニックにて、MRIの検査を定期的に受けておりました。2007.3.29その時既に左頚動脈

分枝部の狭窄を指摘されていました。北村クリニックよりステントの適応ではないかとされステントの権威

坂井信幸先生に紹介さる

2010年8月6日神戸中央市民病院脳外科坂井信幸先生受診。左内頚動脈の狭窄は石灰化していてか

なり硬いプラーグと思われるので、軟らかいプラグより危険性はすく

ないであろうから、バイアスピリンで経過観察とすると診断された。

2010.8.10:複視:午後4時頃午睡

よりさめて複視に気付く。両眼では

ものが2つに見えるも、片目ではそ

れぞれ多少の差はあれ、正常に見

える。完全な両眼性複視であった。

片目では複視は消える。複視は眼球

運動を支配する神経、筋肉によるもの・・・神経麻痺、筋無力症、循環器系疾患・・・糖尿病、高血圧・動脈硬化

脳疾患・・・脳動脈瘤、脳腫瘍、脳神経障害など及び白内障で起こるといわれている。

血圧は134〜64mmHgPuls93深呼吸5回して112〜74mmHgPuls91で異常なし。約12時間後の8月11日午前

3時頃複視がなんとなくうすらいで消えていった。

8月11日昨日の両眼性複視はうそのように消えていた。

しかし今回2010年10月27日の左眼失明はそれが裏目にでた。左総頚動脈の分枝部の狭窄部に出来たプラ

ークが左内頚動脈から眼動脈を経て網膜中心動脈の閉塞をきたしたものと考えられる。

閉塞した網膜動脈は、治療しなくてもやがて血流が再開する。しかし、網膜の神経細胞が虚血状態に耐えられ

る時間は、長くても1時間ほどしかない。この時間内に動脈が再疎通しなければ、その後で血流が戻っても、も

う神経細胞は機能してくれない。つまり、治療は緊急を要する。ところが網膜動脈閉塞症は、例えば心筋梗塞

の胸痛発作のような強い痛みなどの前駆症状にとぼしいため、殆どの人は急に目が見えなくなっても、時間を

争う緊急な事態だとは認識できない。眼科受診までに数時間から数日経過してしまい、結果的に多くのケース

で高度の視力障害が残ってしまう。私の場合、左眼の一部に断片的であるが明るい部分が残っていた。それに

一分の望みを託して漢方の目のツボ指圧、マッサージ、更に電子ハリによる治療を試みたが、何れも徒労に終

わった。一旦死滅した網膜細胞は絶対に再生しない、京大山中伸弥教授の再生医療iPSに期待するしかないの

だろう

MRI所見:2010年7月8日 北村クリニック

  左頚動脈分枝部の狭窄はさらに進行した状態です。画像からは危険性が高い状態です。

さいわい末梢の信号はたもたれていますが、そろそろステント処置が必要な所見でした。頭

蓋内主幹動脈には病的信号もなく、血流信号も良好で、動脈瘤や狭窄はありませんでした。

脳実質では明らかな占拠性病変や虚血所見は認めませんでした。基底核の動脈硬化所見

etat cribleや深部白質の加齢性変化所見UBOは少なく、皮質、海馬にも病的な萎縮はあり

ませんでした。

頚動脈はエコーで確認しましたが、末梢血流が危険域の2m/secに達する状態です。


MRI所見:2011年3月24日 北村クリニック

 左頚動脈閉塞類似所見

 左総頚動脈全体が低信号になり、内頚動脈も頭蓋内でかろうじて見えていますが、中大脳動脈

への連続性も乏しくなり、末梢皮質の信号も低下しています。低循環になった状態です。右頚

動脈分枝部でも狭窄を伴い、黒内障発作と関係している可能性は高いです。脳実質では明ら

かな占拠性病変や虚血所見は認めませんでした。基底核の動脈硬化所見etat cribleや深部

白質の加齢性変性所見UBOは血流信号に比べまだ良い状態を維持されています。側脳室拡

大はありますが、皮質、海馬にも病的な萎縮はありませんでした。薬のアレルギーが強いです

が、アンプラークの投与は如何でしょうか。下肢にしか認可はされていませんが副作用もほと

んどなくプレタールの代用薬として使うことがあります。

北村クリニックで薦められたアンプラークも私の特異体質のため皮膚掻痒をきたして飲めなかった。

私は不幸にしてプレタール、プラビックス、エパデール等殆どすべての抗血小板薬が副作用のため飲めない。

兎に角、にわか「森の石松」になった私は位置感覚、遠近感、が障害され、且つ私の利き目の左眼がやられたため、

脳にコントロールする中枢がないためか、石松みたいに刀を振り回すどころか、一人歩きすら困難になってしまった。

しかも既存の白内障のため、視力は最高で0.5しか見えない。且つ正常圧緑内障のため視野の狭窄もある。視力は

日によって変動もあり、完全失明の恐怖にさらされる事もあり、暗澹たる思いに駆られている。






  




   la campanella



La campanellaはイタリア語でちいさな鐘を意味します。
正確な発音はラ・カンパネッラですが、日本語で文字にする場合はラ・カンパネラと書くのが普通です。

作曲したのはニコラ・パガニーニ(Niccolo Paganini 1782/10/27〜1840/5/27)、
編曲したのがフランツ・リスト(Frantz Listzt 1811/10/22〜1886/7/31)です。

街に鳴り響く教会の鐘の美しい音色を天才・パガニーニが
ヴァイオリンで模倣したというのがラ・カンパネラの起源です。









        
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