裁判日記

裁判のこと 6



とりあえず、弁護士さんの話を聞いて、それからまた考えてみよう。



2月になったある日、5年ぶりに 弁護士事務所に伺いました。



5年ぶりに再開する弁護士さん達2人。



お二人とも、なんだか 優しそうな雰囲気になってるなぁ。

5年前は、クールなイメージだったけど・・・・。




一番最初の会話は


「落ち着かれましたか?」


「ええ、落ち着きました。」と私。




長いこと、音沙汰なしで、私達のことなんか忘れられたと思っていました。


取るに足らない訴訟だと 思われてしまったのだと考えていました。


不信感を持つのも疲れるから、忘れてしまおうと思っていました。




だけど、私が生計を立て直すのに一生懸命だった頃、


弁護士さん達は私の代わりに、生前の彼の事を、それはそれは詳細に、

調査されていたのです。



弁護士さん達の話し振りは 亡くなっている人の事を話しているようではなく、

まるで、彼が生きているかのような話し振りでした。



遠いところにいる彼の様子を 代弁してくれているみたいでした。



5年間、忘れようとしてきた私と対照的に、

5年間 彼の当時の様子を克明に浮かび挙がらせようとして来られたのです。




私以上に 

当時の彼の様子を 

彼の置かれた状況を理解してくれている人たちでした。



ああ、だから弁護士さん達は、亡くなった彼の事を5年間も考え続けてくれたから


こんなに優しく感じられるのかも知れない・・・とも思いました。



不思議な感じもしました。


生きている頃の彼を知っている と思ってて、実は何もよく分かっていない私と


彼が亡くなってから、私以上に彼の事を理解してくれている弁護士さん達



接点は彼が存在していたという事。






私は心の中で いつも自分を責めていました。



それと同時に 遺族の方達へも、後ろめたさもありました。



職場に対しては、恨みよりも、疑問のほうが少し多い感じでした。




だから、訴訟を起こしながらも 


5年の間に心の中には



職場に迷惑をかけてしまったのにこんな事しててもいいのかな。

一番ひどい事をしたのは私なのに・・・・。



こんな気持ちも、生まれていました。




でも

前日、送られてきた書類(事故に関わったさまざまな人の証言書)を読んでいたとき、

ふと感じた不安がありました。




・・・なんで みんな こんなに「私は知らない」「私は関係ない」と 言い続けているのかな。




当時の職場の様子は私には分かりません。




本当に、知らなかったの?

本当に、無関係だったの?

そんなはずは無いと思うのだけどな・・・。



そして、弁護士さん達の言葉。


「いろいろ調べて来ましたが、関係者が揃って、自分は無関係だと 言い続けているのです。

人間一人が、亡くなっているのに、この対応は・・・・・

 冷たい職場だったのですね。」




ああ・・・やっぱり・・・・。





5年前も、同じでした。


事故直後は、同情的な空気が漂っていたものの、

数日すると、なんとなく、対応が冷たい というか、冷静になった というか・・・。




そうでなくちゃいけないのかも知れないけれど、


とても、寂しく感じたのを覚えています。




当時の職員さんの、知り合いの方から、又聞きした話。




「あの事故の責任は、いづみさんのご主人に全部おっかぶせられたらしいよ・・・」




噂話なんて、まともに信じちゃいけないかも知れないけど、


悲しい悲しい・・・・でも・・・・そうなんだ。


死んでしまった人間は何も言わないから。


そして、彼はみんなの言うとおり 自分が悪かった と思って、死んでいったから。




「私は関係ない」「私は無関係だ」「よく知りません」「わかりません」
 




     多分 みんな正しくて みんな間違っている





無関係を主張する事で、みんなで少しづつ 彼を殺したんだ・・・・。






どきどきする気持ちを抑えながら、帰途に着き、

途中、お昼を食べるために立ち寄った喫茶店で、

いきなり、涙がこぼれました。




ぽろぽろ ぽろぽろ 

止めようとしても止まらなくて困りました。




5年間の間に、泣きたくなっても気を紛らわして泣かない術も身に着けたはずでした。



もっともっと苦しい思いや恥ずかしい思いも 乗り越えてきたはずでした。



でも、過去のそんな涙や苦しさは 自分のためのものでした。



自分の置かれた状況の つらさや悲しさで こらえ切れなくなった時の涙です。




でも、今流れている涙は 100%彼の事を思っての涙でした。


彼の事が かわいそうで可哀想で いけません。




たった一人で

誰にも相談も出来ず、

苦しんで 苦しんで

どんなにか、寂しかっただろう

どんなにか、悲しかっただろう
 
どんなにか、怖かった事だろう

ごめんなさい。ごめんなさい。

ぜんぜん知らなかったよ

私は、自分のことで精一杯で、ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。






ここで、多少の心の迷いも ふっつりと消えうせました。


「絶対、許せない」


出来のわるい嫁だったからとか、自分のことを棚に上げて とか。


言いたい人は好き勝手に言うでしょうけど、


もう 、そんな世間の人々の声なんてどうでもいい。



私が、ちゃんと守ってあげられなかったから・・・・という、

自分を責める声も心の奥から聞こえてくるけれど、

その部分はその部分。



一生かけても、この部分は、自分のトラウマになるだろうし、

立ち直れない部分だと思います。




でも、


「私が悪い、だから、責任逃れをしている人々に罪はありません」

にはならないと思います。




涙を拭いて、お店を出て、その足でかばんをひとつ買いました。


裁判の書類が入るくらいの大き目のかばん。



そして私は



5年前、じーちゃんが敷いてくれていたレールの上を、今度こそ じっくり歩いていくんだ。