私が私を好きな訳


統計





今日の新聞に 昨年1年間の自死者の数が出ていた。


やはり 3万人以上の方達が亡くなられている


毎年3万人くらいの方達が亡くなられ、単純計算しても


過去3年の間に 10万人近い方達が亡くなられている。


圧倒的に男性が多く、その半数以上が50歳代の方達と書いてあった。


人口10万人に対して24人の方達が亡くなられている事も書いてあった。


その多くは 経済的な事情から、とも書いてあった。



目が痛い。


胸が苦しい。



ものすごく冷静に考えてみても、自死する人を 全く皆無にすることなんて


出来ないのだろうとは思うけど、


自死遺族として、心も身体もちぢこませて 卑屈な思いと 苦しさを抱えたままに


生きていかなきゃならない人達が 多く存在している事は事実なんだな。



こんな場を与えられた私などは まだ幸せものだ。



仲間を得る事も、自分の思いをネットの上で叫ぶ事も出来る。



つらい時は、心からの救いの言葉を届けてくれる人たちもいてくれる。




実生活では 精一杯働いて、笑えて、心からの会話が欲しい時は、ネットがあってくれる。



かなり、ネットに依存している感じもしないでもないけど・・・ははは。




だけど、


そんな手段もなく、ただ一人 じっと時が過ぎていくのを 


水面下の貝のように 過ごしている人たちだっているのだと思う。






私が5年間、そうやって過ごしてきたように。






その5年間を 無駄だったとも思わない。


少なくとも、たった一人で私は 全てを請け負って、自分自身の生き方をきめて来た。


そして 笑える力、生きる力、愛する力を もう一度 再生できた。


そこまでのことを ちゃんと一人で(とここでは言わせてもらう)こなせた自分が


愛しくもあり、褒めてやりたくもある。


そんな妙な自信が ある事も事実だ。←偉そうですみません。







だけどね・・・・








とてもとても、孤独だった。



たった一人で、弱音を吐く事も、泣く事も 人前では許されなかった。


聞いてくれる人もいなかった。




あの頃の辛さ、苦しさ、惨めさは、忘れる事が出来ない。



もっと早く、こんな場を知っていれば、又違った自分を作り上げる事も出来たのかも知れない。


あなた一人じゃないんだよ と 誰かにいって欲しかった。


うん、わかるよ と誰かに言ってほしかった。


怒涛のように荒れ狂う自分の心が 一体どこへ流れていってしまうのか


誰かに教えて欲しかった。



だけど 誰も いなかった。


夫がいなくなっただけでなく、同じ境遇の 同じ思いを分かち合える人たちさえ


私の周りにはいなかった。




私一人で、これからの未来を作っていくんだ・・・。



惨めさと 心細さと 悲しさと 寂しさと 大きな責任 


そして 孤独を抱えての再出発。



櫂となる心の支えもなく、海図も磁石もないままに


どこへ流れ着くかとも分からない小船に乗ったまま


ただひたすら 小船が沈まないように、これ以上大きな嵐にあいませんように と


祈りながら大海に乗り出してしまった様な日々だった。



・・・・・








そして


その頃の私と 同じような気持ちを抱えて生きている人たちは 確かにいるはずなのだ。


ネットという手段も持たず、孤独と一人向き合いながら


たった一人で 生き方を決めて、


たった一人で 答えを出して。





単純計算してみても 10万人の亡くなられた方に


妻であり、子であり、親であり、兄弟であり と


そんな遺族の方達が最低3人いたとしても30万人




そして 自死遺族の掲示板等で思いを発しておられる方達は


その中のわずか数百人にしか過ぎない・・・・。




この事を どう受け止めればいいのだろう。







一昔前に比べてみてら、自死による亡くなり方の、認知度は高くはなっているけれど


それでも、まだまだ一般的には「異質な事」として 認識されていると思う。


その事を話題にする時、人は声を潜める。


それから 当然のように出てくる「どうして?」の疑問符。


「どうしてそんな事を?」の疑問符は 当然 家庭環境、故人の仕事、諸々の


プライバシーに入り込んでいく。



事故や、病死であれば 「そうだったの。仕方ないね」の一言で済むところを。


自死遺族は「どうしてそんなことを? 何とかできなかったの?」と 追求される。



世間のそんな声に追いまくられるのは、辛くても まだかわしようもあるけど


自分自身の心の奥底からも聞こえてくるその言葉は 容赦なく自分自身を
追い詰めていく。


そして、自分自身の心をどんどん どんどん病気の方へ追いやってしまうのだ。








何も、聞かないで下さい。


私に関わらないで下さい。


私の事を知ろうなんて 思わないで下さい。


亡くなった私の夫の事に興味を持たないで下さい。



ただ、そっとしておいてください。


だけど、苦しいのです。


苦しくて苦しくて かなわないのです。


その事だけは わかって欲しいのです。



全てをさらけてしまえば、どれほど楽な事でしょうか。


そして、その事を受け止めて貰えたなら、どれほど幸せな事でしょうか。





・・・・





声にならない声


叫びたくても 叫ぶことの許されない言葉。





多くの遺族の方々の心の奥底に 閉じ込められたこの想いを


少しでも、解ってくれる人たちにめぐり合えるよう 


願わずにはいられない