───夢を見ていた。
青い空間を仰向けに漂って……いや、浮いていると言った方がいいだろう。
しかしゆっくりと、確実に沈んでいくのが分かる。
底の知れない空間。
掴むものは何もなく、体が下りていくのを感じるだけ。
そう、苦しくはないが、海で溺れて沈んでいくように……。
溺れる……沈んでいく…………
───バタン
不意に扉が閉まる音が聞こえ、同時に背中に何かが当たっている感触がした。
「ああ、そうか……ここが底なんだ」
思わず口から出た言葉。夢から覚めたはずなのに、視界が一面に青いために錯覚した。
学校の屋上のさらにハシゴを登った所で寝転がって空を見ていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
「誰かいるんですか?」
下から声が聞こえる。質問に答えるように体を起こすと、女の子が一人、長い髪を風になびかせながらこちらを見上げていた。どうやら下級生のようだ。
「やあ」
「こんにちは……」
先客がいたことに戸惑いながらも、彼女はハシゴをゆっくり登り、側に来る。
「何をなさっていたんですか?」
「夢を見てたんだ」
空を見ていた、とはなぜか言えなかった。
「どんな夢ですか?」
「青いだけで何もない場所に独りで浮いている夢」
「じゃあ雲になっていたんですね」
「雲?」
「はい、空に浮いている雲です。そう言えば今日は雲一つありませんね」
彼女の言葉で改めて空を見てみると、青という「色」しか見えない。夢で見た空間と錯覚するほど同じ青さ。夢の中の青は海だったのか、それとも空だったのか?
空を見て黙っていると、再び彼女が話し掛ける。
「『蒼穹』ってご存知ですか?」
「そうきゅう? ええと、空のことだったかな」
「はい、弓なりのように見えるくらい広くて蒼い空のことです」
蒼穹……蒼……今見ている空、そして夢の色はまさしく「青い」ではなく「蒼い」という感じだ。
「夢の場所はきっと蒼穹の真ん中で、そこに雲になって浮いていたんですね」
なぜそこまで人が見た夢に関心があるのかは分からない。蒼い空間に浮いていたという状況だけで彼女は空と雲を連想した。しかし、あの夢の空間はどちらかと言うと海のような感じだった。
もし、ここが「海の底」だとしたら「海面」は何て遠い所なんだろうか。人間はみんな、この海に溺れて沈んでしまったのかもしれない。
「ところで君は何でここに来たの?」
さっきから気になっている事を訊いてみた。すると彼女は微笑んで、
「空、飛んでみたいなと思って」
「まさか、飛び降りるつもりだったんじゃ」
「違いますよ、純粋に空を飛べたらいいなと思っただけです」
今度はクスクスと笑う。その笑顔で心が温かくなっている自分に気付く。
「屋上(ここ)なら周りが全部蒼い空になって、自分が飛んでいるような気持ちになれるんです」
風が強くなる。彼女は風上の方を向いて少し両腕を広げた。座っている自分がやや上向きに見るその姿は、本当に空を飛んでいるように見えた。長い髪が後方に浮き上がる。腕を下ろすと今度は海の中を海面に向かって泳いでいるように見えた。彼女が遠くへ……海面へ行ってしまう……。
「あ……」
「えっ、どうされました?」
彼女がこちらを向く。
「いや……何でもない……」
少し照れくさくなって目を逸らす。
「そうですか。でもご気分が悪いのでしたら、保健室へ行かれた方がいいですよ」
「大丈夫だよ」
一瞬、本当に彼女が遠くへ行って、独りで取り残されてしまうと思った。その姿は蒼い情景と完全に同化していた。
「隣、いいですか」
いつの間にか彼女がすぐ側に来ていた。
「えっ? あ、ああ……いいよ」
彼女が横に座る。
何をするのでもなく、ただ2人で青い……いや、「蒼い空」を見つめる。
「きれいな色ですね」
「うん、きれいな色だ」
それだけ言葉を交わし、また黙って蒼穹を見る。
「海底」から見上げる先にあるもの……海面は遥か遠くへ行ってしまい、「陸」と言う名の海底に沈んでしまったけれど今は、
「この瞬間(とき)に溺れている」
のもまた、いいかなと思った。
これは2001年12月、道化師の部屋様の企画「夢の空」に、管理人・塩まぶしが参加・投稿したものです。投稿作と全く同じで、一字一句変えておりません。
え〜、投稿から4年が経過したわけですが、今も直視出来ません。(苦笑) あの頃はインターネットを始めて半年も経っておらず、サイトも開設していませんでした。BBSで自分の書いた文に反応が返ってくる事が、とにかく新鮮でしたね。
ただ、意見を自分の言葉で書くBBSと違い、短いながらも「小説」という形で文章を書くことには、いささか抵抗がありました。何しろ学校の授業では、作文が体育の次に嫌いでしたから。(笑) ましてや人様のサイトで他の方の作品と一緒に公開されるなんて……自分で投稿しておきながら言うのも変ですが。(^^;)
プレイされた方ならお気付きでしょうが、PCゲーム「Air」(Key)の最初の場面をイメージして書きました。
今こうして自サイトで公開していても、照れくささは相変わらず残っております。企画して下さったClownさん、お時間を割いて読んで下さった皆様に感謝いたします。
2006-01-07 塩まぶし