No.1 骨延長にかけた夢

 整形外科は運動器と呼ばれる骨や筋肉などの病気やケガを主に治療する診療科です。患者さんの中には生まれつき手足が短かったり、事故などで短くなったりする人がいます。下肢つまり股関節から足の長さが片方だけ短いとうまく歩けませんし、上肢つまり肩から手の長さが短いと髪を洗うなど日常の生活に支障が出ます。そのような患者さんのご不便をなくすために骨延長という方法があります。松田院長と私(後藤)は、三十年近く前に防衛医大の骨延長チームで当時日本で最先端の診療と研究を行っていました。その頃の思い出話を紹介します。

 当時私は卒業5年目の専門研修医で後に松田整形外科の院長となる松田先生は卒業2年目の初期研修医でした。もともと防衛医大は初代教授の下村先生の指導で骨はいかにできるかという研究が盛んに行われていましたが、たまたま米国で骨の構成成分であるコラーゲンの研究で有名であった安井先生が大阪大学から着任されました。そして骨の延長研究をやろうと仲間を募られ、現在小手指で開業されている柑本先生と私、そして松田先生の四人で実験が開始されました。

 骨は非常に固い組織で全く形が変わらないように思われますが実は活発に造りかえられています。子供の骨の形と大人の骨の形を比べればわかりますが、基本的に成長にあわせて外側に新しい骨が造られているとともに内側の骨が削られて、全体として大きな骨となっていきます。上肢や下肢の細長い骨はその両端にある成長軟骨という部分で新しい骨がどんどん造られて長くなります。骨は軟骨の部分で伸びるのです。一方骨が折れると出血して血のかたまりである血腫ができます。外来に来られた患者さんが骨折しているかどうかは腫れているか出血しているかで想像ができます。骨折部位にできた血腫は時間とともに繊維分が増加し、その中に折れた両端の骨の間に橋を架けるように軟骨が造られます。この軟骨を仮の骨の軟骨として仮骨と呼びますが、この仮骨の状態で骨を両方から引っ張ると骨の長さを伸ばすことが出来ます。これを仮骨延長法といい、当時ロシアのイリザロフ博士が行っていたのでイリザロフ法と呼ばれています。安井先生はイタリアのバスティアーニ教授の開発した脚延長器を使ってウサギを用いた実験を計画しました。イリザロフ博士は細いピンで骨を串刺しにして両側から引っ張るやり方ですが、それでは骨の周りに丸いリングを取り付けねばなりません。バスティアーニ教授はスクリューのついた太いピンで骨を片側から固定して引っ張る方法なのでピンを固定する添え木のような金属(切り傷を創と呼びますが、その創の外で固定するので創外固定器と呼ばれます)があればよいので動物実験がより簡単に行えます。当時新築された防衛医大の動物実験棟でウサギに麻酔をかけて下腿骨に創外固定器を取り付けて骨を横に切り手術創を縫ってしばらく放置して軟骨ができるのを待ち、骨折部が固まる前に毎日少しずつ上下のピンの間を広げていって骨を長くしました。その様子をレントゲンで観察し、病理組織を作成して観察しました。安全にかなり長くすることができ実際に骨の短い人にも同様の手術で骨を伸ばせることを確認し、多くの患者さんの手足を伸ばすことに成功しました。

 現在は機械の進歩により骨の骨髄に太い管を置いて延長する髄内釘が主流になっていますが、この方法の開発初期において多くの研究成果を発表し、その論文は今でも引用されています。

 当時は昼には通常の診療を行い、夜に麻酔の器具や手術器具を準備して動物実験棟に集まり、夜遅くまで「今日は何匹手術しようか」と言いながら実験を続けました。「いつでも同じように手術しなければ正しい結果は得られない。そのために術者の立つ姿勢も、機械の持ち方も同じでなければならない。」など常に厳しい指導を受けながらウサギを手術しましたが、後になってみるとそのような経験は臨床医になって実際に患者さんを手術する際においても非常に貴重なものであると考えます。安井先生が大阪に帰られた後防衛医大での骨延長が行われなくなったのは残念ですが、医療技術の進歩により治らない病気もいつかは治るようになる、そのために若い医師は研究を怠ってはならないと考えます。
2019年09月05日