老年医学編「老人と山」

 秋も深まり、山登りに良い季節となりました。クマに気をつけながら低い山に登ってみました。暑い時期に山登りを控えていたので脚が弱って途中の展望台の椅子に座っていると降りてきた老人から「雨あがりの濡れたベンチに座っているとは、すでに人生を達観していますね。」と声をかけられました。これだから山登りはやめられません。平地では用もないのに声をかけることもないでしょうが、人がまばらな山の上では、見知らぬ人に声をかけやすいものです。「いや、とてもその域には達していません。それにしてもお元気ですね。幾つになられましたか?」と聴くと「いや、最近米寿になったとこだよ。この山は毎日のように登っている。」とのこと。山は途中に険しい傾斜もあり、毎日登っているというのは驚きです。よく見ると背筋がまっすぐ伸びて90近い老人にはとても見えません。「すごいですね。何か運動されていたのですか?」と聞くと「マラソンをやっていた。下に見える川の道を走っていたよ。今は河川敷に草や木が茂っているが、以前は流れが早くて石ころしかなかった」とのこと。「どうりで頑丈なわけですね。」頑丈!という表現が適切だったのか、思わす口から出ました。よく人生はマラソンに例えられます。速い遅いはあるでしょうが、完走するには自分に合った走り方でペースを守ることが大事だと思います。私自身いつまでかわかりませんが、自分に合ったやり方で行けるところまで行ければそれで良い。運の良い人と比べても仕方ありません。

 「ちょうどあのあたりかな、私が小学校四年の時にB29が爆弾を落としたんだ。」懐かしそうに呟きました。皮肉なことですが、戦争のことをはっきりと記憶していることは幸せなことだと思います。現在中東で激しい戦争が起こっていますが、現地の人は繰り返される砲撃、爆撃のことをいちいち記憶してはいないでしょう。それより現実に今日を生き延びるのが精一杯だと思います。日本は戦後長い平和が続いているからこそ戦争の頃の記憶を懐かしく語ることができる。そのような日常が続けば良いがと思いつつ、世界の各地で戦火が起っている、今日本もいずれそうなるかもしれない、そんなことを考えました。

 「私の若い頃は毎年のように海外に行って紅白歌合戦は見たことなかったよ。中でもエジプトは凄かったけど行ったことある?」「いえ、エジプトはないですね。」老人が壮年期の頃は日本の経済が強くて1ドル100円を切ることもありました。とにかく海外旅行が安くて猫も杓子も海外に行っていました。今は立場も逆転して円安で海外からたくさんの人が日本にやってきます。本当に何でも安いようでタダみたいだという外国人もいました。逆に海外旅行した人からは何でも物価が高くて大変という話を聞きます。長く生きていれば良いことも悪いこともあるのが常態であると理解できます。それに合わせて生活を変えなければなりません。やれ減税だ給付金だと騒いでいますが、借金が1000兆円以上あって、どの口で税収が増えたから還元すると言えるのでしょうか。選挙で負けて政権を失いたくないので他の党が減税というからには何らかのリップサービスは必要でしょうが、それだけではいけません。
 漢方にもとりあえずの症状を抑える「標治」ということは必要ですが、それだけやっていても病気は治りません。根本を治す「本治」の治療が必要です。そして薬がなくても大丈夫な状態を維持する養生を最終目標にしなければなりません。このまま「標治」つまり選挙民の不満だけを相手にしていると、将来大きな禍根を残すことになりそうです。我々も今までのような経済大国ではなくなっていくのですから生き方も見直さないといけませんね。ちなみに私が子供の頃は1ドル360円の固定相場でした。外国に行くのも大変で円の持ち出しも制限されていました。その後の日本人の努力で国は豊かになり円は強くなりましたが、その時期は終わったようです。これから中国はじめ他のアジアの国が栄えるようになるでしょうが、その中で日本はどのような国であり続けるか、長生きして見届けたいものです。

 「私は音楽が趣味でね。ウイーンによくオペラを観に行ったものだがあなたの趣味は?」と聞かれました。テレビ将棋の対局を見て棋士がA Iの示す最善手を指したら「正解」、違う手を指したら「ハズレ」と神様になったつもりで判定するのは楽しいですよとはオペラが趣味の人には言う勇気がありません。「特にありません。」と言ったところでつまんねえ奴だなあと思ったのか老人は「じゃ気をつけて。」と足取りも軽く降りて行きました。

 なかなか面白い経験をしました。私も傘寿くらいまで山に登って腰掛けている若い人に声をかけ、いろいろ思い出を話したいものです。




2023年10月30日