特別編 「老いた、転んだ、そして解った」

 生きていれば歳はとるもので、65歳となり前期高齢者の仲間入りとなりました。すでに鬼籍に入った同級生もいる中ひとまずめでたいことです。最近は以前のようにスイスイ歩けませんが特に困ることもありませんでした。しかし、先日昔ながらの箱積みの八百屋さんで買い物している時に狭い通路の向こうからお婆さんが来たので、道を開けようと横にずれたら何かにつまづいて見事にひっくり返ってしまいました。以前転倒防止のために四股を踏みましょうと書いたことを思い出し、四股が足りなかったのかと思いましたが何か違うようです。ではなぜと考えて歩いていたら、交差点の信号が青になったので走って渡ろうとしたところ、今度は脚がもつれてオットットと転びそうになりました。とっさに四股の鍛錬を思い出し、股関節をグイッと外回しに固定して踏ん張って転ばずにすみました。それで解ったのですが、転倒防止に四股を踏むのは有効です。倒れそうになった時に時間と空間に余裕があれば四股を思い出して踏ん張れば倒れません。つまり今回八百屋で転んだのは時間と空間がなかったためです。

 そもそも高齢者の転倒の原因として挙げらるものは①加齢による身体機能の低下、②病気や薬の影響、③運動不足と言われています。今回転倒した原因は①の加齢による身体機能の低下、とっさに動けなかったためでしょう。

 筋肉を動かす筋繊維には2種類あります。早く動いてすぐ疲れる速筋とゆっくり動いて持久力のある遅筋ですが、老化で早く衰えるのは速筋です。歳をとると素早く動けません。ネズミの寿命は短く亀は長生きです。速筋を鍛えれば良いでしょうが、マスターズの短距離の記録を見ても加齢によって確実に遅くなります。そしてとっさに動くことは筋肉だけの問題ではなく神経も関係します。こちらも老化の影響を受けて反応が遅くなります。関節も動きにくくなります。結論として歳をとると複合的な原因で転びやすくなります。仕方ない。

 高齢者にとって転ぶと大怪我をするので転ばないことは生きる上での重要事項です。外来に来られる患者さんには工夫して努力しておられる人がおられます。毎日絶対転ぶものかと気合を入れて生活されている人もいます。ジムに行って鍛えている人もいます。四股の運動をしている人もいます。転びそうな危ない所は行かないという人もいます。家に手すりをつけた人もいます。薬が増えると転びやすくなるからと飲む薬を減らそうとしている人もいます。さまざまな努力をしつつ骨粗鬆症の治療をして骨を丈夫にして、もし転んでも骨が折れにくいようにすることが現時点でできる最善の方法のようです。

 今回転んで解ったのは、自分も高齢者となったからには転ぶことはあるということです。患者さんに向かって転倒して骨折しないようにお話しするのが仕事ですので、もし転倒して骨折したのでは面目がありません。日々抜かりなく緊張感を持って生活するとともに転倒防止について自らの身体を使って研究を深めていきたいと思います。


2022年11月24日