老年医学編「浦島老人との会話」

 寒くなりました。自動販売機も暖かい飲み物が増えてありがたいことです。先日、旅行先で缶入りのオニオンスープがあったので買って新幹線で飲んでみました。すると横に座っていた老人がじっと見つめて「それは暖かいのですか?」と聞いてきました。はいと答えると「ちょっと見せてください。」と言って飲み干した缶を見つめています。不思議なこともあるものだと思っていたら、「私は五十年前にカナダに移住して、今回久しぶりに日本に帰ってきました。おそらく最後だろうと家族と日本中を旅行しています。今はこんなものがあるんですね。」と感慨深そうに語っていました。お歳を尋ねると戦後すぐの生まれで私の10歳くらい年上でした。アメリカでは老年を迎えると夫婦で世界一周旅行を楽しんだ後はコーヒーを飲みながら家の窓から通り過ぎる人を眺めて終わりを待つと聞いたことがあります。俳人の松尾芭蕉も死ぬ前に奥の細道の大旅行をやっています。人生の終わる前に旅をするのは同じかもしれません。

 「80歳近くになってもお元気ですね。何か運動されていますか?」と聞くと「向こうは平地なので近くに山がない。車に乗って山に出かけて2時間ほど夫婦で歩く。雨が降っても雪が降っても1週間に1回は必ず山を歩く。歩かないとすぐ脚が弱くなるからね。」私も山を歩いていますと言うと何時間くらい歩くのと聞いてきて「うん、それでいい。」とかなりこだわりと自信を持っているようでした。健康の秘訣は脚を弱らせないことは間違いありません。最近夏は暑くて歩けませんという患者さんがたくさんいます。涼しくなったら歩きましょうと言っていますが、落ちた筋肉を回復するのは容易ではありません。老人の言うように脚が弱くなったと思ったら運動が足りません。少しきつくても自分にとって最善の、脚を弱らせない運動を続けることが大事です。

 久しぶりに日本に帰ってきた浦島太郎のような老人と色々とお話しできました。日本は魚が新鮮で美味しい。サンマは以前はもっと大きくて七輪で焼いて食べると美味かったと思うが最近小さくなったのかとか話が弾みました。確かに昔のサンマはもう少しふっくらしていたような気がしますが、いつの間にか痩せてしまったのでしょうか。

 「景気はどうですか。」「若い人は大変だね。家も持てない。最近中国からの移民が増えて地価が上がっている。市長も中国系になったからね。ホンコンや台湾ばかりでなく中国本土からもどんどん来ているよ。何せ世界一住みやすいらしいから。」日本も将来中国からの移住が増えるのか、それとも近攻猿交で中国にのみこまれるのか、しばらく中国中心に世界が動きそうです。

 駅に着いたので「楽しかったよ。」「よいご旅行を。」と言って別れました。ご家族と 「いや隣の人とね・・」と楽しそうに話していました。私も昔のことを思い出し、時間の経過と世界の広さを感ました。特に老いて健康を維持するためには強い意志が必要だということを教えられました。



2023年11月13日