第8話:ボーボが初めて恋をした【1】

島に朝がきた。
黒いバケモンと戦うべく、森の奥に向かうガンバ達。彼らは、岩や木の陰に隠れながら慎重に近づいて行く。
「敵は真っ黒なバケモンだ、気をつけろよ」
「分かってるさ」
ヨイショの言葉に、ガンバがうなずく。先頭を行くガンバは、辺りを窺ってから合図を送った。だが、そんな彼らの背中をじっと見下ろす黒い影の
冷たい視線が…

その頃、海岸線を急ぐリス達の群れ…その中の一匹が、足を止めた。
「おい、イエナ何をしている?遅れるぞ」
「クリーク兄さん…」
「何だ?」
「あのひとたち、もう行ってしまったかしら?兄さんの言いつけ通りに…」
「あのひとたち?ああ、あのネズミ達か。こんな地獄のような島に、いつまでもいるほど馬鹿じゃないさ」
「そうね…」
「さあ、行こうイエナ。ザクリに気づかれないうちに、新しい隠れ家に移らねばならない」
「…はい」

一方、ガンバ達は森の奥まで来たがザクリは現れる様子がない。
「もうすぐ、ザクリの園とか言う湖に出ちまうぜ?」
いぶかるヨイショに
「ザクリの奴、昼寝でもしてるんじゃねえのかい?」
イカサマの、少々のんきな意見にガクシャが釘を刺す。
「まさか。そんなに甘くはないですぞ、ザクリは」
「私もそう思う。リス達の、あの怯え方を見ると…」
シジンの緊張した声に、イカサマは
「あいつら、臆病なのよ。それにあっしらはネズミでござんす。リスたちと一緒にされちゃたまんねえぜ」
その時、ボーボの呑気な声がその場の緊張を破る。
「あーあ、このキノコおいしいなあ…」
見ると、ボーボはキノコを頬張っている。
「ボーボ、いい加減にしろ!俺たちは今、ザクリとの戦いをおっぱじめようってんだぞ!」
怒ってキノコを取り上げたガンバは、それを口にして
「あ、ホントだ。おいしい!ハハハ…」
これには、仲間達も思わず「アーアー…」
「おいガンバ、ちょっと気の緩みすぎじゃねえか?」
ヨイショが少し呆れた顔で言うと、忠太も横から出てきて
「あ、あの…僕もそう思います。あのザクリと戦うことは、ノロイと戦うことだって言ったからだから…
でも、このままじゃザクリはおろか、ノロイだって…」
思わず泣き出す忠太に、ふたりは跋の悪い顔。
「ちぇっ、ちょっとオーバーだぜ、忠太よ…」
「と、とにかく油断は禁物ですぞ!」
ガクシャが気を引き締めていると、シジンの耳が気配をとらえた。確かに、森の中で何かが動いている!
「おい、ザクリだ!みんな、気をつけろ!」
木の根元に固まって、周囲をうかがうガンバ達…そんな彼らをあざ笑うかのように、黒い影が飛鳥の如く襲いかかってきた…!
ガンバ達はなす術がなかったが、黒い影は彼らを威嚇すると森に消えた。
「にゃろー、待てっ!」
ガンバが先頭切って、黒い影を追いかける。しかし、彼らは巨大な洞窟の辺りでザクリを見失ってしまう。
「ちきしょー、どこ行きやがった、ザクリー!」
そして、洞窟に注意が集まる。
「ここだ。この中に隠れたんだ…」
「うん、ちげえねえ。気をつけろみんな、何しろ奴は真っ黒だからな…」
洞窟の中を、慎重に窺うガンバ達…ところが、そんな彼らの背後から黒い影が飛び掛ってきた。
「うあああっ…!」
彼らは、洞窟の中に突き落とされてしまった。中は、泥地だった。
「ちきしょう、こんなところに落としやがって、ザクリめ…」
「おいっ、あれを見ろ!」
ザクリが、洞窟の入口に姿を見せた。
「狐だ…しかも、黒い狐だ!」
唖然とするヨイショ。
「へっ、キツネってのがバケモンの正体か。正体さえ分かれば、こっちのもんよ…」
ガンバは、立ち向かおうとするが…
「うああっ、身体が沈み始めたぞ!」
「いかん!ここは底なし沼だ!」
慌てる彼らを見下ろして、ニヤリと笑ったザクリは、彼らに背を向け高台まで走ると遠吠えを…!一方、ガンバ達は身体が次第に沈んで行くが
どうしようもなく、ガクシャもいい考えが浮かばない。
焦ってもがく忠太は、身体が泥沼に沈みかかったところを、シジンに助けられる。
「これ忠太、暴れるでない。暴れるとすぐに沈むぞ」
そんな中、独り冷静なイカサマが
「そう、身体を横にしてじっとしているんだい。いくらか時間が稼げるぜ」
それを聞いて、ガクシャがいい考えを思いついたと言い出すが、ヨイショ突っ込まれて、沈黙。そんな中、泥沼に沈みながらも必死に泳いだガンバが
岩壁にたどり着いた。
「おーいみんな、こっちだこっちだ!しっぽにつかまれ!」
「おう…」
仰向けになった仲間が、近づいてきた。彼らは、岩壁にしがみつき次々に上に乗って徐々に上へと登って行くが…イカサマが岩壁に手をかけた
つもりが、岩壁の穴に手を突っ込んでしまい彼が手にしたのは、何とコウモリ!
「ん…?う、うわああっ!」
慌ててバランスを崩してしまい、落下してしまう。何とか、コウモリにまとわりつかれながらも脱出した頃には、夕方になっていた。
「くそう…まんまと黒ギツネの罠に、はまっちまったぜ」
「鋭い牙、真っ赤な舌、氷のような眼…」
「と、とにかくこれは何か作戦が必要ですな」
「取りあえず、海岸に出ようぜ。この森の中で夜になったら、ザクリの思うツボだぜ。」

彼らは、森を出て海岸まで着いて一安心。すると、ボーボの鼻が何かを嗅ぎつけた。
「どうした、ザクリか?」
「いや、このにおいは確かイエナちゃんです。イエナちゃーん!」
ボーボは、匂いのする方へ駆け出してしまう。
「イエナって、クリークの?」
「そう、かわいい妹よ。へっ、ボーボも年頃だぜ」
彼らがボーボの後を追うと、岩陰にリスたちが集まっていた。
「ホントだ、みーんないるぜ…」
「へへ、こりゃザクリのことは内緒だね」
「そうだな、罠にはまったなんてみっともなくて、言えないもんな」
ガンバとヨイショが、苦笑しながら話していると、イエナが彼らに気づいた。
「…ボーボさん!」
「えへへ、こんにちは…」
その声に、リス達が一斉に振り向いたがその顔は険しい。そして、クリークも顔を出した。
「よう、クリーク。また会ったな」
「ようどうしたい、隠れ家を移動するって言ってたけど、こんなところで何してるんだい?」
明るく振舞おうとするガンバ達に、クリークは厳しい表情で言った。
「忠告を無視して、とんだことをしてくれたな」
「えっ…?」
「なぜ忠告どうり、この島を出ていかなかった!なぜ、ザクリに対して余計なことをしたんだ!?」
「いや、俺たちはその…」
「ごまかしても無駄だ!これを見たまえ…」
そこには、無残な爪痕も生々しいリスの死体が…
「これは…?」
絶句するガンバ達。
「君達が、ザクリを怒らせた結果だ!ザクリは、我々が君たちをそそのかし刃向かったと 思ったんだ!
つまり、君たちのつまらない英雄気取りが、我々の仲間を殺したんだ!」
涙を浮かべて詰め寄るクリークの言葉に、ガンバ達は言葉もなく、ショックを隠せない。
リス達は、夕日に染まる海を背に悲しみの葬儀をしていたのだ。仲間の死体に、一つまた一つ石が積み上げられ
やがて彼らの墓標が出来上がった。
「…本当のことを言おう。僕たちは、ザクリの冬の食料なんだ」
「ええっ…?」
「冬の食料?」
「そう、島に冬がきて食料がなくなったときに、いつでも食える『食料』さ。だからこんな風に無駄に殺すことは、決してなかった。そう、せいぜい
年に4、5匹だ。それが、我々とザクリとの間の、長い戦いの末作り出された、この島のルールなんだ。
君たちは、余計なことをしたんだよ。だが、もういい…」
「おかしいよ…何かおかしいよ。結局は、ザクリの言いなりじゃないか!」
クリークの言葉に反論しようとしたガンバに、リス達の怒りの石が飛んでくる。
「生意気を言うな!ヨソ者のお前たちに、俺たちの苦しみが、分かってたまるか!」
「そうだ!早く島を出て行け!」
「でていけ!」「そうだ、出て行け!」
墓標に泣き崩れるイエナ。そして、ガンバ達に石つぶてが次々に飛んでくるが、彼らには抵抗も反論もできず…
「もういい、止めろみんな!」
クリークが、止めに入った。
「君達の航海の無事を祈る、さようなら。さあ、みんな隠れ家に急ごう!」
リス達が去ったあと、やっとの思いでガンバが顔を上げた。
「ねえみんな、俺たち間違っていたのかい?ねえみんな、俺たちはただの英雄気取りだったのかよう?」
「分からねえ、分からねえよ!何もかも!」
ヨイショが自棄になって、大声を出す。そして、水平線に夕日が沈み辺りが暗くなった…

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