第10話 かじって別れた七つのイカダ【1】

大海原を、順調に航海するイカダ…
「天気はいいし、風もいい。食いもんはたんまりあるし、心配ねぇ。ちくしょーっ、最高の航海だぜ!」
順調な航海に、ヨイショは上機嫌。仲間達も、気分よさそうだ。
「うん、これであとはノロイ島への手がかりさえつかめれば、言うことなしの万々歳であるな。ホホホ…おいガンバ、何か見えたかな?」
傍らのガクシャも、機嫌よく帆柱の上にいるガンバに声をかける。
「ああ、見える見える!すんばらしい波とよー、でっけー海がよ!ハハハ…」
と、こちらもノリノリだ。
「おーい。カモメよー知らねぇか?ノロイ島をよー…知らねぇか?ああ、そうかいそうかい」
一方。ガクシャはお手製のコンパスを取り出すと方角を計測。そして、忠太の地図を指し示しながら…
「まあ、我輩が見たところ、現在我々はこの方向に進んでいるからして、上手くいけば、ひょっとして、まもなくここに到着するはずですな」
それを見た忠太が、思わず嬉しそうな声を上げた。
「天狗岩だ!それはノロイ島への目印、天狗岩です」
「かーっ、ノロイへの目印。いよいよだな!」
ガンバも思わず声をあげた。
「はい、この天狗岩からまっすぐ陸にのぼって、カラス岳という山を越えれば…ここが、目指すそのノロイ島です!」
忠太が、目的の場所を指し示すのにも力が入る。
「まだ距離はだいぶありますが…目印の天狗岩さえ見つければ、ノロイ島へは…姉ちゃんやみんなのいるノロイ島へは…わあああ…」
突然、涙ぐんだ忠太は声をあげて泣き出してしまう。
「お、おい忠太、どうしたんだよ?」
ガンバが、びっくりして声をかけると
「嬉しいんです。皆さんのおかげでやっとここまでこれたかと思うと…」
そんな泣き崩れる忠太に対して、イカサマが
「ケッ、嬉し泣きはちっと早いんじゃねぇのかい、忠太よ?天狗岩はひょっとしたらの話じゃねゃか。しかも、ガクシャ大先生のよぉ…」
「おい、イカサマ!その最後の『しかも』とは、どういう意味であるかな?」
ガクシャが、たちまち食ってかかるが
「さあてねぇ…?」
イカサマは、涼しい顔。
「とにかくだ!久しぶりの素晴らしい航海だ。みんな、しっぽを立てろーっ!」
「おーっ!」
ヨイショの号令で、なかまたちは各々しっぽを立てる。独りガクシャだけは、少々コンプレックスを感じているようだったが…
順調な航海は続くが、やがて日が落ちて夜になった。仲間たちが思い思いに休む中シジンは帆柱の上で、独り酒を飲んでいた。
「いよいよノロイは近し、か…おお七匹の仲間たちよ、おお七匹よ…燃える心で果てなき旅の若者たち…できそうだ。今日こそいい詩ができそうだ…」
シジンは、気分良く酒をグビッと飲って
「ええ、果てなき…ええ、果てなき…はて?」

翌朝、海の様子が一変していた。
「へっ?どうなっての、これ?海が鏡みたいになっちゃったよ!」
ガンバは、その光景にびっくりしていかだを駆け回る。そして、海面に写る自分の顔で百面相をして遊びはじめた。独りはしゃぐガンバは
面白がって仲間を誘うが
「何が面白れぇもんか。魔女に捉まったってのによ…」
ヨイショ達は、憮然としている。
「魔女…?」
意味が理解できていないガンバに、ヨイショが続ける。
「そう。こういう死んだような海を、船乗り仲間じゃ『魔女に捉まった』って言うのよ」
「風も波もねえ…つまりよ、船は一歩も前へ進めねぇってことよ」
イカサマの言葉に、ガンバは驚きを隠せない。
「一歩も、って…じゃ、天狗岩は?」
「まあ、当分、おあずけで、やんしょうねぇ…」
手の中で、サイコロをもてあそびながらイカサマは、他人事のような口調で言う。
「そ、そりゃないよぉ!」
ガンバは、突然手でイカダを漕いで何とか動かそうとする。その飛沫を浴びたイカサマは
「止しな、止しない。ジタバタしたって始まんねぇよ!」
と、ガンバを止めようとするが…
「冗談じゃ、ないよぉ!こんなところで、モタモタできっかい!」
と、なおも飛沫を上げて漕ごうと手を動かしたり、後ろから必死にイカダを押し進めようとバタ足したり、帆に風を送ろうと息を吹いてみたり…
しかし、どれも効を奏さないしまいには、それを後ろで見ていたヨイショ達に半ば八つ当たり的に
「見てないで、手伝ったら!?」
これには、ヨイショとガクシャが少し呆れ顔で
「はいよ」
と、ガンバの上にわざとらしく乗っかると
「ふー、ふー、ふー、ふー…」
と、息を吹きかける真似事をする。それを見て、イカサマが音頭を取り始めた。
♪ ふた〜つ、ふた〜つ、なんでしょね〜
と、歌いだす。続いてシジンが
♪ おめめがふたつに、てがふたつ〜
さらにボーボが
♪ ふたつ、でたホイのでたホイのホイ、でた!
とうとう、仲間達が
♪ ネズミ横丁に〜 猫が〜出た〜 あんまりシッポが〜 長い〜ので〜
そして、その様子を見ていたガンバに忠太が声をかける。
「ガンバさん、歌いましょう。こういう時は、歌うのが一番なんですよ」
♪ さ〜ぞや〜 猫ちゃ〜ん シャバデュビデュビよ さのヨイヨイ
興が乗ってきた仲間達。ついにガンバも
「よーい!」
と、大声を上げると…
♪ 横幅〜 足りない〜 土管の〜 ホテル〜
と、歌いだす。
♪ ジャガイモ〜 カンヅメ〜
♪ ニンジン〜 シッポ〜
ますます乗ってきた仲間達は、海でひと泳ぎすることに。思い思いに楽しむ仲間達…その一方で洗濯を始めたシジンが、ひょいと帽子を取ると
独特の髪型が現れる。それを見た忠太は思わず
「ウフフ…始めて見た。面白い頭!」
シジンは、思わず恥ずかしそうに帽子を深く被った。
一方、海を仰向けになって泳いでいたガンバは何かにぶつかった。
「何だこれ…?ビヨヨヨ〜ン」
ブヨブヨしたそれは、クラゲだった。すぐに沈んだクラゲを追うように、ガンバは海の中へ。シッポをうまく回転させて進んでいくと、難破船が
沈んでいる。好奇心から、その中を早速「探検」するガンバ。すると、中に潜んでいた蛸に墨をかけられてしまい、むせ返ってしまう。
ガンバは、そのまま海面へと顔を出して仲間に声をかけた。
「へへ、面白ろかった〜よお、みんなこの下によお…あら?」
見ると、仲間達は自分の服を洗濯していた。
「へへへ…おーいガンバ、おめぇもたまには洗濯しろや。気持ちええぞー、へへへー」
ヨイショに声をかけられたガンバは
「やるかい!よーし、俺もやるぞぉ!」
イカダに近づこうとしたガンバに、さっと影がさした。びっくりして振り返ると、そこには巨大タンカーが、近づいていた!
「うああああっ…!」
突然、彼らに襲いかかる横波。なす術なく翻弄されるイカダ…!そして、海にいたガンバは、激しい波に巻きこれてしまった。

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